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第34話 ノクターンM45#1

『僕は、りっちゃんのことが好き。愛してる。恋愛的な意味でね』  そんな自分の言葉を思い返しながら、昴はコンサート会場の楽屋で花を見詰めていた。  楽屋花はたくさん届いていたけれど、そのうちのひとつが理月からのものだ。フラワーアレンジメントのスタンディングブーケで、青、紫、水色の薔薇、青紫、白、黄色のスターチスなんかで彩られている。宇宙や星をイメージしているのだろう。  メッセージカードには『新曲楽しみにしてる』と綺麗な字で書かれていた。出逢って十二年半が経っても、そんなたった一言で胸がぎゅっとする。頑張ろうと思える。  あれから二週間が経つ。その間、いつも通りに過ごしている。相変わらず、理月は手に触れても、頬に触れても、髪に触れても嫌がることはない。この二週間のうち、無理矢理口唇を奪ってしまいたいと何度思ったことか分からない。十二年半の間、夢の中でなら何度もしてる。勿論、キス以上のことも。起きてがっかりするところまでがセットだ。  本当なら、コンサートの後に言うつもりだった。けれど、慌てて思わず言ってしまった。長い長い時間を掛けて準備してきて、一世一代の告白を成功させる予定だったのに。  理月の仕事の足を引っ張りたいわけでもないし、駐在に行くなと言う気は無い。だけど、友人関係のままで同居を解消してしまえばどうなるかは目に見えている。  公演は十六時から。もう少しで公演開始時刻だ。心を落ち着けて、すうっと息を吸って吐く。コンクールでもオーケストラへの参加でもソロコンサートでもそう緊張するタイプでは無いけれど、今日の公演は昴にとって二十七年の人生でも一番規模が大きく、特別なものだ。流石に緊張もする。    完全に私情を挟んでいるから純粋に応援してくれているファンの方には若干申し訳無く思わなくもないけれど、理月と出逢っていなければきっと今自分は今日この場に居ない。ステージ上で公開告白なんてことはしないから、心の中で理月を想うくらいは許してほしい。 「日向さん、ステージのセット完了しました。開演まで残り十分、よろしくお願いします」  ホールスタッフの男性から声を掛けられ「はい」と短く返し、全身鏡の前に立って外見をチェックする。  髪型は前髪を掻き上げ額を出して大人らしく。服装は宇宙っぽさをイメージして、上下紺青のタキシード。蝶ネクタイと中のベストはジャケットより暗い青色だ。靴は黒の革靴。なんだか結婚式っぽい。  カッコイイって思ってもらえたらいいなあ、と思っているうちステージに向かう時間となり、ステージ下の奈落へと向かった。床下からステージの上へ迫りで登場して、観客席をぐるっと見渡す。  本日の観客は一万人。大きなドームだ。センターステージになっていて、四方八方にお客さんが入っていて、大歓声で出迎えられた。カメラが回っていて、頭上に大型モニターが設置され、どこからでも演奏や顔が見える形になっている。ついでに言えばステージが回転する。    日曜とは言え、クリスマスイヴの日にこれだけお客さんが集まってくれるとは凄いなあ、としみじみ思う。目は良い方だけれど、理月の姿だってここからじゃいまいち見えない。とは言え、座席の位置はちゃんと確認してあるからどこに居るかは把握しているけれど。  ピアノの椅子を引いて腰掛ける。鍵盤の上にそっと手を翳した。十本の指で白黒の鍵盤を弾いていく。  一曲目はまず、モーツァルトの『きらきら星変奏曲』。理月と出逢った日に弾いた曲だ。弾き始めればお客さんの声は静かになって、ピアノの音だけが大きなドームの中で響く。    演奏に入ってしまえば雑念は消えて、弾くことに夢中になった。一万人が入る大きなドームで弾くというのは、音の響きだとかもやっぱりかなり普段と違う。  二曲はベートーヴェンの『月光』を第一楽章から第三楽章まで。これも出逢った日に一緒に弾いた曲。二曲続けて弾いたところで、MCの時間に入った。簡単に挨拶をして「今日はクリスマスイヴですねー」なんて雑談を始める。 「きらきら星変奏曲は、昔からずっと、僕の大好きな曲です。幼い頃に僕の母がきらきら星を弾きながら僕の昴って名前の意味を話してくれまして。あ、テレビとか配信でも言ってるから知ってる方も居ると思いますが、僕の母は作曲家なんですよー。みなさん、夜空に昴って名前が付いてる星の集団があることは知っていますか? 清少納言が『星はすばる』とか書いてるのが有名かな。そう、昴って名前の由来は星なんですねー。ちなみに、父の方は天文学者です。この曲を弾くと、亡くなった両親のことを思い出します。他にもたくさん、思い出が詰まってる曲です」  ぽつぽつと話を続け、理月が居る方向へと視線を向ける。遠いながらも理月の姿が視認出来て目を細めた。 「月光は、高校で出逢った友達が大好きな曲で、よく一緒に連弾していました。僕の出身高校は男子校なので、友達も男性なのですが、ピアノがすっごく上手な友達で……僕は今でも、その友達が弾くピアノが大好きです。彼は初めて一緒に連弾した時に、僕に対して実力がある、才能があるって言ってくれました。その上『近い将来、今世紀で一番有名なピアニストになる』とか、めちゃくちゃ大きいことを言ってくれまして。でもめっちゃ真剣に言ってくれて、僕も本気にしちゃったんですねー。元々ピアノは大好きで暇さえあれば弾いてましたが、以降はそれ以前よりも真剣に、ものすっごく頑張りました。心から大好きな、僕の恩人です」  出逢ったあの日を思い返して昴はふにゃっと笑う。  はっきり言わせてもらうと、このコンサートは一万人の中のたった一人に捧げる構成だ。思い出の曲を目いっぱい詰めている。理月の表情はステージの上からでははっきりとは窺えないから、どんな表情で聞いているのか分かりかねる。  MCの時間を終えて、三曲目にはショパンの『ノクターンOp.9-2』を昴が編曲したもの、四曲目にはドビュッシーの『月の光』を昴が編曲したものを。ノクターンは大学頃に国際コンクールで弾いた曲。優勝した時は、理月も自分のことのように喜んでくれた。  月の光は、理月が好きだからたまに弾いていた。ダブルミーニングだ。理月が『月の光』を好きだから、昴が理月を好きだから。    またMCに入り、五曲目、六曲目、七曲目と連続で弾いた。この三曲は自分が過去に作曲したオリジナル曲でCD化もしていて、動画配信サイトにアップしたMVは各二百万回以上再生されている。    八曲目の前に、最後のMCの時間となる。マイクを握って、現在は止まっている回転ステージの上をぐるっと歩きながら話し始めた。

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