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第58話 あの日見た光は#1
「傷心旅行、もしくは駆け落ち旅行になるんじゃないかって危ぶんでたから、晴れやかな気持ちで来られて良かったあ。天気も気分も晴れやかだね。雪積もっとるけど、降ってはないし」
「あははっ、そうだね。昴と旅行に行くときって、一度も悪天候に当たった記憶がないな。晴れ男だ」
一月二十五日、土曜日。今日は昴の誕生日旅行の日だ。旅行先は昴の実家がある長野。午前十時少し前に電車が駅に到着し、駅の外に出ると山の澄んだ空気と歴史を感じる宿場町に出迎えられた。
以前に一度来た時と同じ駅だけれど、前回来た時は夏だったから記憶とは景色ががらりと違って見える。道路は除雪されているけれど、道の脇や軒先は雪化粧で真っ白い。町を囲う山々も白に覆われ、太陽の光が反射して銀色に光っていて綺麗だ。
今の気温は二度ほど。コートを羽織り、マフラーを巻き、手袋も着けてとかなり着こんでいるけれど、覆い隠せていない頬がひやりと冷えている。外気が肌を刺すように冷たく、吐いた息は白く色づく。
荷物を抱えて駅すぐそこのレンタカー屋に向かい、予約していた四駆のSUVに乗り込んだ。誕生日くらい理月が運転したかったけれど「地元民に任せて」と言われ、本日の運転手も昴だ。窓から外の雪景色を眺めたり、運転する昴の横顔を眺めたりしているうち、最初の目的地へと辿り着き車を降りた。シンプルで綺麗な二階建ての家だ。
昴がインターホンを鳴らして「昴でーす、開けてー」と声を掛けると『はいはい、ひとっきり待ってなぁ。お父さーん、お母さーん、昴くん来たよー』と女性の声が聞こえてくる。すぐに玄関ドアががちゃりと開いた。
「昴くん、はるかぶりねえ。いらっしゃい――あらまっ、なに、えっらい男前連れてきて! 男前を連れてくるなら、先に言ってくれないとわにるわあ」
「初めまして、藤原理月と申します。昴さんにはいつもお世話になっております。これ、つまらないものですが、よろしければ皆さんで召し上がってください」
昴の叔母に出迎えられて、持参した手土産を差し出した。気さくに「あらまあ、ご丁寧にありがとうございます。どうぞ、上がって上がって」と言われ、玄関に上がった。廊下すぐそこのリビングへと向かう。現在昴の祖父母は長く暮らした家を離れ、昴の叔母家族と住んでいるらしい。
「じーちゃん、ばーちゃん、はるかぶりー。りっちゃん連れてきた。この後スノボ行くから、仏壇に手合わせたらすぐ出ちゃうけどー」
「昴、また大きくなったかや? 理月さん、遠くてえらいところまで、わざわざありがとうね」
「まさかぁ、背は変わってないよ。ばーちゃんが縮んだんじゃないのー」
「昴のお祖父さま、お祖母さま、お久しぶりです。今日は少しだけ、お邪魔いたします」
お喋りな昴の祖母と、人好きのする笑みを浮かべている祖父に挨拶して、リビングから続いている仏間に向かう。仏壇には昴の両親の写真が飾られていた。蝋燭に火を付けて一礼し、線香に火を灯して香炉に立てた。手を合わせ、心の中で挨拶する。
絶対に昴を幸せにします、と伝えて、また一礼して下がる。昴も同時に手を合わせていたが、理月が下がった後もまだ長々と念を送っている。少しして昴も下がり、理月に向けて笑みを浮かべた。
「そういや昴は、明日が誕生日だったろう。何か欲しいもんでもねえか?」
「あははっ、じーちゃん、ありがと。でも、欲しいもんぜーんぶ手に入れちゃったもんで、今は何が欲しいって特にないよ」
「ほいじゃ、野菜くれるわ。たくさんあるでね。おい、光子さん、昴に野菜くれて」
「あんた、誕生日に野菜なんて、昴がおやげねえ」
「野菜嬉しいけど、電車で来とるから持ち帰れないって。気持ちだけで十分だよ。野菜はまた今度ちょうだい」
昴の祖父母は二人とも今年で九十歳のはずだが、頭もはっきりしていてピンピン元気で仲が良い。祖父母の前で少しだけ方言を話しながら孫をしている昴を微笑ましく眺めてしまう。
「あーそうだ。僕、りっちゃんと付き合ってて、だから結婚とかしないし曾孫も見せられないもんでさ、期待してたら悪いなーと思って、一応言っとくー」
「そんなこと、見りゃあ分かるだに。昴が生きて幸せなのが一番よ。ねえ、あんた」
「おう、俺と光子さんより長生きしてくれりゃあ、それでいい。昴は頼りねえから、理月さん、昴をよろしく頼みます」
祖父母に関係を話す、なんて聞いていなかったから、さらっと昴が言ったことにも驚いたけれど、祖父母がなんてことのないようにさらっと返したことにも驚いた。昴のおおらかな性格はきっと祖父母譲りなのだろう。
「はい。昴さんのことは、僕に任せてください。必ず幸せにします」
「りっちゃんのことは、僕が幸せにするね。りっちゃんが僕を幸せにして、僕がりっちゃんを幸せにする……幸せの永久機関が完成しちゃうなあ。僕もしぶとく長生きする予定だけど、じーちゃんばーちゃんも元気に長生きしてねー」
いや、永久機関は存在し得ないし、そもそもお互いの愛情という外部エネルギーが作用して幸せを相互に与え合うのだから厳密に言えば永久機関とは言えないんじゃないか――と脳裏に過ぎったけれど、昴が幸せそうだし、自分も幸せだから、やっぱり永久機関と呼んで良いのかもしれない、などと能天気に考える。
それから二十分ほど滞在し、祖父母と叔母に玄関で見送られて叔母の家を発った。
「昴の家族はあったかいね。みんなおおらかでさ。僕と付き合ってるって言っても、なーんも驚かないし」
「でしょー。田舎の方が偏見があるとか、年が多い世代の方が偏見があるとか言うけどさあ、結構アテになんないもんだよ。まあ、そういう傾向がある、っていうのは認めるけど、人それぞれだよね。りっちゃんのお父さんだって結局認めてくれたし」
スキー場に向けてナビをセットして車が走り出してからすぐ、看板が先に見えてきた。看板が立つ位置を曲がり、スキー場に続く坂道を登っていく。雪が残る急勾配でもスタッドレスタイヤを履いた四駆SUVの乗り心地は快適で、次に車を買うときは四駆にしようとふと思う。まあ、駐在でしばらくアメリカ暮らしになるから、三年は先の話になるだろうが。
そう、会社も継ぐし、駐在も行くと決めている。あと三ヶ月後から、三年三ヶ月先まで日本に居ない。せっかく交際を認めてもらえたのにすぐさま駐在というのは難儀なものだ。今までを思い返せばそれくらいどうってことはないけれど、昴に負担をかけてしまうことが申し訳ない。
「――はあ、着いた着いた。スノボ久々だから、良いところ見せられるか不安だなあ」
あれこれ話しているうち、あっという間にスキー場まで辿り着いた。駐車場からはゲレンデが見えている。一面真っ白な雪で覆われた銀世界だ。
「昴、前に日帰りでスノボ行った時まったく同じこと言ってたよ。それで結局、めちゃくちゃ上手かったっていう」
「好きな子にカッコ悪いところ見せたくなくて不安なの。ハードル下げとけば上手く出来たときにカッコいい~って思ってもらえるじゃん」
「失敗しても可愛いし、上手く出来ればカッコいいよ。でも、怪我だけ気を付けて。安全第一でね」
「勿論。僕が怪我なんかしたらりっちゃん泣いちゃうもんね」
更衣室でウェアに着替え、リフトに揺られて山の中腹まで登った。見下ろせば、白銀の斜面が陽光を反射して眩しい。息を吸い込むと、冷気が肺の奥まで沁みた。
最初は慎重に滑っていたが、昴が「りっちゃん、見ててね!」と手を振ってからは、まるで雪と一体化したように滑り降りていく。スピードも姿勢も美しい。冬の太陽を背に、昴が笑って振り返るたび、自然に笑みが零れた。
結局、怪我ひとつせずに何本も滑りきり、午後にはロッジで温かいココアを飲みながら他愛もない話をした。
昴が笑うたび、雪の粒が髪に落ちて光っているのが妙に綺麗だった。
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