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お兄ぃ
休日のスーパーは混雑していた。だだっ広い駐車場に、車がすき間なく並び、空いているスペースを見つけるのは骨が折れた。
「ママ、あそこ! 空いてるよ!」
「え! どこどこ?」
長男のただくにが、後部座席から身を乗り出して、指さした手を母親の理恵子に示した。
「ほんとだ! くにたん、でかした!」
理恵子はすぐに車を停めると、くにたん呼びはやめろよぉ、というただくにの主張をさえぎって、
「よしちか寝ちゃってるから、悪いけど、車で待っててくれる?」
と言った。
助手席には弟のよしちかが座っている。さっきまで起きていたのに、今はすっかりおとなしく眠っていた。
理恵子はただくにが絶対にスーパーに行きたがると思って、なだめる覚悟をしていたが、いいよ、とあっさり快諾したので笑顔で「ありがとね」と言った。
「それじゃ、ママ行ってくるから」
理恵子がいなくなったのを確認すると、ただくには後部座席の左側から中央に移動して、よしちかの寝顔を眺めた。すやすやと眠る天使のような弟の顔をまじまじと見つめる。
あどけない寝顔が、最高に愛くるしかった。ただくにはいとしさで胸いっぱいのこの気持ちを、どうすればいいのかわからず、弟のほっぺたを引っ張ることでまぎらわすことにした。ただくには、弟に向けた愛情を、いつもいたずらすることでごまかすことにしている。
ふに、とやわらかい感触が、後ろめたさを増強させる。ん……と、よしちかが起きだして、ただくにはあわてて手を引っ込めた。
「お兄ぃ」
まゆげを八の字にして、ふせた目をしばたたかせる。寝ぼけまなこで、ママは?と問うた。
「買い物に行ったよ」
おまえのせいで、車で留守番だよ、という皮肉を込めて、ぶっきらぼうに答えた。本当は、二人でいるのもそれはそれでいいと思っていたのに、なんとなく八つ当たりだ。
「お兄ぃ、怒ってる?」
スルーすればいいものを、よしちかは声のとげとげしさを指摘した。
「怒ってない」
「怒ってるじゃない」
「怒ってないっつってんだろ」
不毛なやりとりがめんどくさくなって、上半身を背もたれにつけた。前に座っているよしちかの姿が見えなくなる。
よしちかは、なんで怒るの、とか、意味がわからない、とか、最初はぶつぶつ言っていたが、窓から見える買い物に向かう客や戻ってくる客を眺めているうちに、気がそちらに向けられた。
よしちかは純粋で素直だ。頑固で少しひねくれた、いじわるなただくにとは正反対だった。
だからだろうか、二人は他の家庭の兄弟に比べて特別仲がよかった。
よしちかは兄のただくににべったりで、どこへ行くときもただくににまとわりついて行った。
よしちかは人見知りで、家族以外の人間の前ではいつもただくにの背後に隠れて様子をうかがっていた。誰にでも堂々と振る舞うただくにを、よしちかは子どもながらに尊敬していた。
人見知りする場面以外にも、何かと頼りにしてくるので、ただくにも、まんざらではなく、顔をしかめつつマメにめんどうを見ていた。
あるとき、公園で二人が遊んでいると、途中で仲良くなった同い年くらいの子どもに、お互いのことを、「ちかちゃん」「くにたん」と呼び合っていることを、おかしいと指摘された。兄弟なら、上の子が下の子の名前を、下の子は、「お兄ちゃん」と呼ぶのだと。
ただくには、なんとなく、「お兄ちゃん」という一般的な呼び方が気に入らなかった。かといって、また指摘されるのはしゃくにさわるので、
「ちかちゃん、これからはおれのこと、お兄ぃって呼んで。おれはちかちゃんのこと、ちかって呼ぶから」
と、どうでもいいことのようで、以降、揺らぐことのない決め事を言いつけた。
しばらくして、遠くの木陰にいたよしちかが、
「お兄ぃーーー‼」
と笑顔で駆け寄ってきたとき、つくづく呼び方を「お兄ぃ」にして正解だと思った。
可愛くて可愛くて仕方がなかったが、照れくさくて、「ちか、どこ行ってたんだよ」と肩を小突いてごまかした。
考え事をしている間中、よしちかはずっと窓の外を見てひとりごとをつぶやいていた。
おもちゃを持ってくるのを忘れてしまったので、車の中は暇だった。
せっかく二人きりなので、二人でできる、楽しい遊びがしたかった。
ただくにには、遊びなのかは判断がつかなかったが、密かにやってみたくて仕方がなかった、ある欲求があった。
それを実行に移すべく、ただくにはよしちかに声をかけた。
「ちか。……べろとべろくっつけてみない?」
振り向いたよしちかが、不思議そうな顔をする。
「べろって、舌べろのこと?」
んあ、と言って、よしちかが自分の口を大きく開いて、舌を突き出してきた。
あぁ、ピンク色に震える、うねうねとした、粘膜的な生き物……。
その舌はすぐに引っ込められたが、ますますくっつけたい、あわよくば吸い付きたい衝動に駆られた。
「そうだよ。イヤ?」
「そうじゃないけど……。なんか、……でも、なんで?」
よしちかの頭の上にはてなマークがいくつも見える。理由を聞かれるとは思わなかった。
「いいから。ほら、さっきみたいに、べろ出してみろよ」
顔をぐいっと近づけて、半ば無理やり促した。よしちかはおずおずとためらいがちに口を開き、ゆっくりと舌先を前に突き出した。
ぷるぷると震えるピンク色の舌を見下ろしながら、自分の舌先を近づけてゆく。心臓がドキドキして、体が熱くなっているのがわかる。
ちょん、と舌先同士が触れ合った。
とたん、驚いたよしちかが舌先を引っ込めた。
照れくさいのか、へへへ、とはにかみ、上目遣いで見上げてきた。
「もっかい」
ただくには自分の舌を突き出し、よしちかの顔に近づけた。
よしちかは「ひゃあ」と言って、無邪気に笑っていながらも、小さな口を軽く開け、ただくにの舌先に答えるようにくっつけた。
そしてそのまま、ただくには左手でよしちかの小さな頭を後ろから押さえ、引き寄せて強引に舌をねじ込んだ。
「んぅ⁈……ん……んー!……んん……」
ぬるぬると自身の舌を縦横無尽にかき混ぜる。ただくには容赦しなかった。よしちかのすべてを味わうように、唾液が垂れるのもかまわず、夢中でよしちかをむさぼった。
よしちかは、兄の豹変ぶりに戸惑ったけれど、ぬるぬるとうごめく舌の感触に意識を向ければ、たちまちふわふわとした気持ちよさが勝ってなにも考えられなくなった。
ぷちゅ、くちゅ、と淫らな音が車内に響く。お互いの吐息もあいまって、えも言えぬ興奮が身体中を巡った。
「ん、んん! んーー‼」
気づくとよしちかが、顔を真っ赤にして限界をうったえていた。
口を離してやると、端からつうっと糸を引き、とろんとした目は潤んでいて、それを見るやいなや、身体の奥がずくん、とうずいた。
はぁ、はぁ、と肩で息をするよしちかを食い入るように見つめる。深い口づけの感触は当然のことながら、もう二度と見ることはないだろうよしちかの乱れた姿を目に焼き付けておきたかった。
「ちか、ママ達には内緒だぞ」
息を整えたただくにが念のためくぎを刺した。こくこくと素直にうなずくよしちかを見るに、この行為がいけないことであることを、なんとなくわかっているようだった。
「……これ、なんていうの?」
余韻に浸っていたら、ふいによしちかが尋ねてきた。
ただくには、少し考えてから、
「ちゅうのすげーやつ」
と答えた。
「ふうん」
よしちかはなにか言いたそうに視線を落としたが、そのまま体ごと前を向いてしまった。
「あ、ママだ」
スーパーの出入り口からカートを押しながら出てくる理恵子の姿が見える。
「お兄ぃ」
呼ばれてよしちかに顔を向けると、こちらを見つめてくるよしちかの瞳にぶつかった。
「またやろーね」
そうつぶやいたよしちかの、色を含んだ微笑みは、そこがふるりと期待するほどに艶めいていた。
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