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1.社畜アサバ・セナ、異世界転移先は宝物庫!?R18描写なし

 徹夜をすると、人の判断力は泥酔したときと同じくらいに下がるという。自分の周りに綿を一枚巻かれたような鈍った感覚の中で、ぼーっとそんなことを考えていた。  180cmのひょろりと伸びた体でくたくたのスーツに身を包んだ、誰が見ても社畜と分かる風体の男だ。身支度の時間短縮のために短く切られた髪は、よく見ると寝ぐせで毛流れがおかしいし、着ているスーツの襟も袖も何となく薄汚れている。ギリギリ、人ごみに紛れることができますという外見を整えただけのサラリーマン。それが浅羽セナ、32歳の独身男である。  本日で土日の休日出勤を含めた連続10日間の残業を終え、終電で自宅最寄りの駅まで何とか辿り着いた。それなりに込み合った電車の中では座ることもできず、体力も気力も底をつきかけている。ゲームで言えばHPもMPもゲージは真っ赤だ。欠伸を一つ漏らして、自宅への道に足を踏み出した。 「うぅ゛……、眠い……」  今にも意識を失いそうなほどの眠気に纏わりつかれていても、自宅に着いてすぐに眠れるわけではない。持ち帰りの資料を読んだり整理したりと仕事は続く。ようやく眠れるのは明け方の3時間ほどで、起きればまた慌ただしく最低限の身支度をして家を飛び出す。だから休日は寝て過ごすばかりで、学生時代の趣味だったゲーム機やソフトは埃をかぶって部屋の隅に放置されて久しかった。さらにはそんな貴重な休日に呼び出しがかかることさえあり、ゆっくり休むことすらも難しい。何年も前から、セナはそんな生活を続けていた。  仕事を辞めたいと何度も思った、たった今も現在進行形で思い続けている。けれども、職を失えば収入がなくなる。収入がなくなれば、一人暮らしの生活を維持できなくなる。それを考えると、辞表を出す決意はなかなかつかなかった。忙しすぎて転職活動を行う時間も体力的な余裕もなかったのもあるし、かと言って無職になって実家に帰るのは両親に心配をかけるようで嫌だった。  最寄り駅を出ると、夜の暗さに瞼が自然と重くなる。無理やり目を開きながら、コンビニで栄養ドリンクでも買って帰ろうと歩いていた、その時だった。 「え……」  ――――強い光。  突然目も開けていられないほどの白い光が、セナの体を包み込む。次いで、鈍った頭に突き刺さるようなクラクションの大きな音。急ブレーキの甲高い音も混じって迫ってくる。  セナが現状を把握した時には、もう全てが遅かった。  バチンッ!!とコードを抜かれたゲームのように、セナの意識は途切れた。  目を開けた時、体は妙にすっきりしていた。久々によく眠って、休息をとった体が勝手に覚醒したような爽快感だ。頭は急速に回転を始め、五感で周囲の情報を得ようとする。  頬に当たる柔らかい毛の感触、血腥い匂いと湿った空気、薄暗い視界。それらを認識したセナは、跳ねるように飛び起きた。滑らかに回転し始めた脳裏に、最後の記憶がよぎったからだ。 「俺事故ったよな!?」  叫ぶように言って膝立ちになり、度重なる不摂生で削げ落ちた頬に手を当てる。痛みはない。そこから首、肩、腕、胴回りを触りながら見下ろしていく。くたびれたスーツがよれるだけで、痛みは細い体のどこからも感じなかった。勿論、動かない場所もなく、ケガらしいケガもない。 「え、何で……え?なんだこれ」  両手を床について、それがさっきまで頬を埋めていた柔らかい毛皮だと知る。大きな毛皮の上に自分が寝ていたのだと理解し、また顔を上げて周囲を見渡す。  広がっていたのは、石造りの壁と床。窓が一つもない部屋の光景だった。四方にある壁の中で扉は一つだけで、とても重そうな金属の扉だ。扉の側には、ランタンが吊り下げられている。オレンジ色の光はチラチラと頼りなく揺れて、その光が照らす範囲は狭い。セナの背後にある反対側の壁までは届いてないようで、振り返っても暗くてよく見えなかった。暗闇に本能的な恐怖を感じ目を反らすと、毛皮のすぐそばに金貨がいくつも転っているのに気付いた。 「なんだここ……」  自分は部屋のど真ん中に倒れていたようだ。毛皮の側には宝箱から溢れた金貨があり、宝箱の中には金貨だけでなく財宝も無造作に詰め込まれている。金貨には見知らぬ紋章が彫り込まれており、どこかの国の通貨であることは分かるがセナの知っている国ではなさそうだ。 「ダンジョンの、宝物庫……?」  扉が一つで、中には金銀財宝。昔培ったゲームの知識で呟いた言葉が妙にしっくりきた。そうなると、扉の先は容易に想像がつく。そう、ボス部屋だ。  ゆっくり立ち上がり、セナは足音を立てないように気を付けて扉に近づいた。隅っこが少し錆び付いた重量感のある金属の扉だった。取っ手を掴んで押すと、やはり見た目通り重かった。体重をかけると扉はほんの少しだけ開く。隙間が開いて、隣の部屋の様子が覗けそうだった。 「やっぱり……」  身を屈めて覗いた先に広がる光景に、セナは思わず声を漏らした。慌てて口元を押さえ込んだが、幸いにも部屋の向こうにまでは聞こえなかったらしい。それらは、こちらには気づかず部屋の中を徘徊している。  見上げるほど大きな体躯、緑色の肌、下顎から上に突き出す2本の牙。血に染まった棍棒を片手に毛皮の腰巻を付けただけの半裸の大男。ファンタージー小説やゲームの中に出てくるゴブリンの親玉のような生物が、部屋の真ん中にいた。その周りには同じような緑色の肌をした小柄な生き物が数匹、やはりうろうろと部屋を動き回っている。 「っ……」  扉を開けたせいで空気の流れが変わったのか、こちらに強い匂いが漂ってきた。生臭いような、汗臭いような刺激臭に息を止めて扉を閉める。そのまま、部屋の真ん中の毛皮まで戻って胡坐をかいて座り込んでから止めた息を吐き出した。 「夢じゃ、ないのか……?」  車に轢かれかけたのは覚えている。が、体に衝撃があった覚えはない。気が付いたらこの場所にいて、体にケガはなく、むしろ睡眠をとったおかげか妙に元気だった。明晰夢というものなのか、だが今までそんなものを見たことはない。気絶するように眠って、夢も見ずに飛び起きるような日常だったからだ。 「っあ、会社!仕事!?」  今が何時かは分からないが、体の調子が良いのなら盛大に寝過ごした可能性は高い。焦ってスーツのポケットをまさぐった。スマートフォンを探すが、ポケットには何も入っていない。 「あ、カバン……」  通勤カバンに入れているのを思い出し、絶望感に肩を落とす。無断欠勤、の文字が頭をぐるぐると回る。しかしふと、この状況なら出社など到底無理では?と思い至った。恐らく失踪扱いになるはずだ。このまま帰れなければ、部屋も蛻の殻のまま。実家に連絡がいっても、セナはどこにもいないことになる。もう怒涛のように仕事に追われることも、上司や先輩に怒られることもない。それどころか顔も合わせない。  感じたのは途方もない解放感だった。 「やった……!もう会社行かなくていいんだ……!」  思わず両手を突き上げて声を上げるが、視界に入った石造りの壁を見て我に返る。今のセナは自分がどこにいるのかすら分からないのだ。分かったとしても、ここが今までセナのいた日本でない可能性が高い。そもそも、出入り口が一つしかなく、しかもその先には凶悪そうな大男たちがいる部屋しかない。話が通じるようには到底見えず、どうぞと通してくれそうな感じもない。ここに閉じ込められたまま、どこにも行けない。 「ははは……、会社より命の心配か……ぅおわっ!?」  肩を落としたまま空笑いをするセナは、不意に足に巻き付く何かに強い力で引っ張られて後ろに倒れ込んだ。

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