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第1話 予期せぬ再会
その日の佐伯 流星 はとにかく、何かとツイていなかった。
昨晩、最近ハマっている携帯ゲームをやりながら、そのまま寝落ちした。
充電器を刺すのを忘れたまま。
起床を知らせるはずのアラームは、当然鳴らず。
かろうじて出社時刻に間に合うようには起きられたものの、適当に引っ掴んだネクタイはスーツの色とイマイチ合わない。加えて、ハンカチ王子と名高い彼が、ハンカチを忘れる始末だ。
一旦気持ちを落ち着けようと休憩室の自販機で買ったブラックは、そろそろ梅雨に差しかかろうかという5月末のこの時分、アツアツのホットコーヒーだった。
「なんでまだホットあんだよ……」
気を紛らわそうとポケットに突っ込んだ右手は、空を掴む。どんなときもリセット、切り替えの役割を果たしてくれるハンカチが、今日は手元にないのを忘れていた。
「はああああああああああ。」
ひと際長く深いため息が、がらんとした休憩室に虚しく響き渡る。
「佐伯、今ちょっといいか?」
気を取り直してメールチェックに取り掛かっていると、背中から直属の上司、課長の小野田 蓮 から声が掛かる。振り返れば、小野田が自分のデスクから手招きしている様子が見えた。
小野田の隣には、見慣れない男性が立っていた。
細身のスーツを着こなすすらりとした体躯。腰の位置が高く、色素の薄い髪に白い肌。繊細そうな印象を際立たせる細フレームの眼鏡。遠目に見てもわかるほどの美形だ。
どこぞのモデルかよ。
「おはようございます、小野田課長」
ああ、おはよう。なんて、小野田と朝の挨拶をかわす最中も、流星 の全神経は小野田のデスクの隣に立つ美形の男に注がれていた。
「今日さ、朝イチで例のプロジェクトの打ち合わせ、あるだろう。その前に、お前には顔合わせしておこうと思ってな」
例のプロジェクトとは、先日、流星がやっとの思いで契約までこぎつけた、国産リキュールメーカーとの大型案件だ。ローンチまで約半年とかなり大がかりなプロジェクトとなるため社内のみではリソースが足らず、一部を外部に委託することが決まっていた。
「今回、Webデザイナーとしてチームに入ってもらう長濱 さんだ」
眼鏡のフレーム越し、約15年ぶりに相対する彼の瞳は、肌や髪と同じで色素が薄く、どこか儚げだ。
昔は眼鏡なんかしていなかったけど、もともと目が悪かったのだろうか。ちょっと痩せたかな。ああでも、15年も経つのに少しも変わらないんだな。お前は。
「長濱さん、こちらは本プロジェクトのチームリーダーを務めます、佐伯です」
「佐伯さん初めまして。この度、本プロジェクトにアサインいただきました、Lian Design の長濱と申します。約6ヶ月間の短い期間ではございますが、何卒よろしくお願いいたします」
流星がよく知っている彼にはとても似つかわしくない、やわらかな微笑で差し出された名刺。彼の言葉や態度に戸惑いつつも、確かに社会人としては“初めまして”の名刺交換を無事に終える。
――――
午前の打ち合わせを終え、大量のタスクを抱えて自分のデスクに戻る。今日はまともに昼食をとる時間もなさそうで、流星の手には、今度は冷たい濃いめのブラックとサンドイッチが握られていた。
ふと視線を移せば、一人、喫煙ルームに佇む長濱 の姿が見えた。顔合わせを兼ねたチームミーティングの間、たったの一度も、長濱が久々に顔を合わせた旧友としての姿を、流星に見せることはなかった。
人生で一度も喫煙者にはなったことのない彼だったが、拒絶にも似た長濱の態度がかえって気になり、煙くゆる閉ざされた扉の向こうへと足を踏み入れる。
「なあ、陸 」
呼びかけに、返答はなかった。
喫煙ルームは全面ガラス張りになっている。そして、さして広くもない個室だ。体を外側に向けて煙草を吸っている長濱が、入ってくる流星に気づかないわけはない。
「おい、陸って。……長濱」
中高の6年間呼び慣れた下の名前ではなく、名字で呼びかけて初めて、長濱 陸 は反応を示した。まるでスローモーションのようにゆっくりと顔を上げる。もちろん、名刺をくれたときのようなやわらかな笑みは、一ミリも浮かんでいない。
あの頃よりも少し大人びた顔立ち。でも、射抜くように人を見るまっすぐな視線は、当時と何も変わっていなかった。
「15年ぶりに顔合わせたってのに、かつての相棒にその態度は冷たすぎんじゃねーの?」
自分が吐き出した煙に目を細めながら、お前が相棒だったことなんかないと、陸は冷たく言い放った。
「すごい偶然だよな。デザイナーやってるなんて知らなかったよ。……元気にしてたか?」
その質問に、陸が答えることはなかった。見ればわかるだろうと、言わんばかりだ。
「お前さ、煙草吸わないんだろ?入ってくんなよ、匂いつくだろ」
「まあそう邪険にするなって、久々に会ったんだし。今日仕事終わったらメシでも行かね?」
最後の煙を大きなため息交じりに吐き出すと、まだ長い煙草を灰皿に押し付け、陸は無言で喫煙ルームを後にした。暗に仕事上以外のかかわりを望まないという冷ややかな態度の陸に、戸惑い放心する流星を残して。
「仕事とプライベート、あくまでも一線を引きたいってわけですか」
盛大なため息と共に、流星は誰にともなく、ひとりごちる。
正直流星にとっては、何かとイケてない今日一日が一気にバラ色に変わるくらいには、劇的な再会だった。この15年、絶対にあり得ないとはわかっていながらも、いつかこんな日が来ることを待ち侘びていた。
しかし現実は残酷だ。多感な学生時代を共に過ごしたあの日々が美しい思い出なのも、この15年、会いたくて仕方がないと奇跡の再会を持ち望んでいたのも、流星だけだったのだから。
陸にとってあの日々は、流星ごと消し去りたい過去だったのだろうか。それくらい、15年ぶりに顔を合わせた旧友の態度は、あまりにも冷ややかだった。
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