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㈡如是
天翰は大鍋で米をたっぷりと煮て、艾粥をこさえた。その緑 いどろどろを十一は味見して、顔をしかめた。
「山賊の飯ぁ精進料理じゃねえんだ。肉を入れろ、肉を。源家 は肉を食ってたから平家に勝てたんだぞ」
銀鴟の請売 りだった。十一は粥に塩漬けの猪肉 をたっぷり放りこみ、くつくつと煮た。掘立小屋の土間に、えもいわれぬ匂いがただよう。十一は椀によそって、天翰に突きだす。
「食え」
沙弥 の戒律が肉食 を禁じているのは知っていた。天翰は肉粥を見つめていたが、五日の空腹には勝てず啜った。ぱっと顔が輝く。
「おいしい」
にかっと十一は笑った。「だろう。もっと食え」
「おっ、うまそうだな」
簾を捲って、百舌が顔を出した。十一は天翰の鬘をぽんと撫でる。
「こいつが煮たんでさ。で、そいつは?」
百舌は町人風体の童 をつれていた。年の頃は十二、三と見えたが、頬はやつれ、唇は荒れ、手は皹 だらけで、酷い姿 だ。それでいて、始終にこにこと笑みを浮かべるので、かえって薄気味悪かった。
「名めえは喜々須 ってことにしてやれ」
百舌はいった。喜々須は椀ごと丸呑みする勢いで粥を平らげた。お代わりは? と天翰が尋ねると、こくこく頷いて椀を差出した。
山賊どもが続々と戻り、肉粥にありついた。大鍋はあっというまに底をついた。きょうの夕餉 は妙にうまかったと、みな口を揃えた。夷虎がいう。
「お日羽の汁は天下一品だな」
「あっち の汁もな」
百舌が茶化した。天翰は耳を染めて顔を伏せた。
山賊五人は盃を傾けつつ、新参にあることないこと吹きこんだ。夷虎の法螺まじりの武勇伝。牙良が棟梁の手を金槌で潰して大工をやめた顛末。百舌が片目を失くした因縁話。銀鴟の白拍子との痴話――話がシモがかってくると、牙良が天翰を抱き寄せた。
「おゝ、ちょうどいいところに女 がいたぜ」
銀鴟が牙良を張り倒して、天翰をさらった。唐棣色の衣を捲りあげ、天翰の魔羅と陰嚢を新参に見せた。さすがに喜々須もにこにこをやめて、ほうけたふうになりゆきを見ていた。
膝立ちの美童の背に添うように、銀鴟は押入った。毎夜のことに、天翰はもう泣きも喚きもしなかった。ただゆさぶられながら、せつない目で十一を見つめた。十一は見つめかえした。銀鴟は天翰の首をねじって、唇をねっとりと吸った。
百舌が膝行 って、天翰の衣をほどいた。妖しく白い肌に、ぷつりと尖った乳首と、赤く熟れて蜜を滴らせた魔羅。ごくり、誰かが生唾を呑んだ。百舌が美童の乳首を吸って、もう一方を捏ねた。あゝ、と天翰が身をよじる。おのれの魔羅にふれようとして、百舌にひょいと両手を押さえられる。
「お日羽。おれは教えたよな。それはおめえのだが、おめえのじゃねえんだ。勝手にさわっちゃなんねえ。そういうときは、どうするんだ?」
天翰は泣きそうに十一を見てから、顔をうつむける。そのあいだも、銀鴟が容赦なく腰をたたきこみ、百舌が頸 から腋 から胸乳をねぶる。天翰はぶるぶると腿を震わせて、とうとう口にする。
「……ま、魔羅を、……てくださ……」
「魔羅が、なんだ。はっきりいってみな」
「……魔羅を、しごい……てください」
「そうだ、よくできたな」
百舌は口づけをくれると、三つ指で天翰のそれをつまむ。妙枢 を隈なく責められて、天翰は身をくねらせ、おゝん、おゝん、と高く咆える。盛りの獣 じみた、凄絶な声。きいいいいっと胸が引き攣れる気が十一はする。十一は手酌で呑む。まるで呑み競べのように淡々と、ひたすら呑む。
淫らな三つ巴に牙良が加わり、四つ巴になり完成する。銀鴟の腹のうえで撞木反 りの天翰、その胸乳を牙良がねぶり、魔羅を百舌がしゃぶる。恍惚の美童はしかし、ときおり正気に返ったかに十一を見つめる。十一は、ただ酒を呷る。おれには、あいつを救えねえ――
「おい、十一。おめえはひとりで甕を空にする気か」
夷虎にいわれたのはおぼえている。だが、そのあとのことは、おぼろげだった。十一は、初めて正体を失くした。
山賊どもの大いびきのなか、朝の鳥が鳴いた。割れそうな頭の重さに、十一は呻いた。十一の手を、天翰の手がとった。昨夜 の痴態がうそのように、天翰はきちんと鬘と衣を着ていた。
「これを」
薄墨色の紙包を、十一はひらいた。褐色の粉末。
「なんだこりゃ」
「四苓散 だ。朮 、沢瀉 、猪苓 、茯苓 。二日酔いにはこれが一番だと和尚さまがおっしゃっていた」
「生臭坊主かよ」
十一はつまんで嘗 めた。うげえ、と思わずいった。苦い。天翰は白湯の椀をわたした。十一は粉薬を含んで、鼻をつまんで白湯で飲みくだした。しばらくすると小便がでて、頭痛はかなりましになった。
朝靄が晴れて、日が照った。四照花 の木蔭 で天翰は、経本を押頂 いてからひろげた。九十九 折りの黄紙に、鮮やかな楷書の墨痕。ほうと十一は息をついた。
「きれいな筆 だな」
「虞淵どのは寺でも指折りの能筆であった」
「ぐえん は、どんなやつだった」
野の陽炎 を見るかに天翰は、遠い眼差 をした。
「優しい兄のような。私には親も兄弟もない。赤子の時分、寺の門前に棄てられていたのだそうだ。そんな私に、虞淵どのはよく目をかけてくれた。もし兄がいたならばこんなふうだろう、といつも思っていた」
十一は経本を手にとった。漢文の経は、十一にはとんと読めなかった。きっと、優秀な僧だったのだろう。
「おれぁ数しかわからねえ。この百 と千 は読める。あと、おめえの天 の字も読める。天かん のかん は、どんな字だ」
天翰は小石を拾って、地べたをひっかいた。天翰 。
「うん、むずかしい字だな。おれのは、やさしい」
十一も小石で地べたをひっかいた。十一 。
「十一どのの名はおもしろい」
十一 のとなりに、天翰は書く。士 。
「これは士 。立派な男という意味だ」
「なるほど。だが、おれはこっちだろう」
士 の下に十一は書く。土 。天翰は笑う。
「私が天 で、そなたが土 なるか。おもしろい」
天地 、と天翰は書いた。なるほど、と十一は思った。
「十一どのの名は、慈悲心鳥のことか」
「じひしんちょう?」
「十一 、十一 と鳴く鳥がいるだろう。あれを寺では慈悲心 、慈悲心 とききなすのだ」
「そんなありがてえ鳥じゃねえ。十一番目の子だから、十一だ。百姓ぁ子だくさんだから」
「十一人兄弟であったか」
「いゝや、六人兄弟さ。赤ん坊のうちに死んだり、里子に出したりしてな。おっ母が生きてりゃ、もっと多かったかもな。おっ母は弟の十二 を産んだときに死んじまった。十二の面倒は、おれが見たんだ。その十二も死んじまった。寛喜 三年の大旱 んときにな」
飢饉 の年が続いたのちの大旱魃 だった。大地が干割 れ、作物が枯れ、川が干あがり、井戸も涸れた。渇きを癒すには、生木を齧 るよりしかたなかった。
「お水くんろ、お水くんろ、ってさ。十二は赤ん坊だから、ききわけがねえ。おれは井戸の底に少し残った泥水を掬ってきて飲ませた。そしたら、急に苦しみだして、吐いて、瀉 して……あっというまだった。兄弟が目のまえで死ぬのは、初めてじゃなかった。けど、それは勝手に死んだんだ。なかば寿命さ。でも十二は、おれが死なせた。おれが、殺したんだよ」
「十一どの」
花奢な手が袖をつかんだ。十一は微笑した。
「十二が死んでも、おっ父 もお兄 らも、けろっとしたもんだった。むしろ、口減らしになってよかったってな肚なんだ。生きるのがあんまり苦しいと、人は人でなくなっちまう。獣 になっちまうのさ。おれは生きるのが心底いやになった。それで、夜の山に入った」
死に場所を探していた。なのに、風に草木 が騒ぐたび、夜の禽 が啼くたびに、小便をちびりそうな気持ちがした。泣きながら母を、弟を呼んだ。
「死にきれなくてさ、山を何日もさまよった。そんなとき、銀鴟のお頭に拾われた」
死んだら終 えだ、地獄も極楽もこの世のモンだ、と銀鴟は説 いた。奪ってでも生きろ、地獄も極楽も味わいつくせ、それでこそ人生だ、と。
「そうでなきゃ、おれは今ごろ舎利こうべ さ。だから、おれにとっちゃお頭は、親よりも大事な人だ。つまらねえ話をしたな」
天翰は首を振って、経本の偈を指差した。
「私がまず唱えるから、十一どのも唱和してほしい。そなたの母上と、十二どののために」
ふたりの声が合わさって、朗々と響いた。衆生見劫盡大火所燒時我此土安穩天人常充滿園林諸堂閣種種寶莊嚴寶樹多花果衆生所遊樂諸天擊天皷常作衆伎樂雨曼佗羅花散佛及大衆。まるで意味のわからぬ響きが、それでも美しく感ぜられたのは、かたわらの小僧のせいかもしれなかった。
「あっしがいたのは、柳楽屋 ってえ酒屋でさ」
木蔭の光の豹紋にまみれ、喜々須はにこにこといった。この数日、たらふく食べたおかげで、まともな見てくれになってきた。小屋の裏手、山賊どもは首を突きあわせていた。喜々須は枝で地べたをひっかく。間取図だ。
「これが小町 の店 。間口四間 、奥行三間 。人は二階で寝起きしやす。亭主と女房と、下郎が五人。これが酒室 。間口四間 、奥行六間 ってとこでしょうか。冬に仕込んだ酒甕が、ざっと九十、秋には飲み頃だ」
「九十も運べねえだろ」
夷虎がいった。百舌のあきれ声。
「おめえは酒池肉林でもしようってか? 十 もありゃたくさんだ」
牙良がばか笑いした。銀鴟がいう。
「いっぺん下見に行かにゃなんねえな」
「そうですね。けど、あっしは面が割れてるんで」
喜々須は一同を見まわす。銀鴟は尋ねる。
「おめえは誰が行けばいいと思う」
「銀鴟のお頭と百舌の兄ぃは目立ちすぎる。夷虎の兄ぃは……」喜々須は困り顔。「まあ、アレです」
「アレたぁなんだ」
夷虎は嚙みついた。十一は頭を指差す。
「ここがたりねえ、といいてえんだろ」
あゞ? と夷虎が睨んだ。喜々須はいう。
「店 を下見に行くなら牙良の兄ぃと、十一の兄ぃが適当でしょう。牙良の兄ぃは大工あがりだから建物 に強そうだし、十一の兄ぃはまともに見える」
銀鴟は百舌に頷いた。使えるやつだ、と。喜々須がいう。
「この女房が見栄っぱりで、衣に草履に簪 にと、とにかく金を食う。亭主もばくち狂いで、借財をごまんとかかえてる。銭をちらつかせりゃ、いうこときくでしょうよ。ところで、いざ柳楽屋を襲うとなったら、店 の者はどうしやす」
「朝まで気づかれねえのが一番だが、気づいて騒ぐなら殺す」
銀鴟はいった。喜々須はにこにこする。
「できたら皆殺しがいい。それがだめなら、亭主と女房だけ殺すんでもいい。殺すのは、あっしがやりやす」
「機会があればな。勝手はするな」
銀鴟は笑わない目で釘を刺した。牙良がいう。
「下見はいいとして、盗みの当日はどうする。六人で行ったら、誰がお日羽を見てるんだ」
夷虎がいう。「おれが残ろう」
「だめだ」
銀鴟と十一が同時にいった。十一はいう。
「おめえはみだりがわしいことしやがるからだめだ」
「十一、おめえもだ。また妙な気を起こされちゃ困る」
銀鴟がいった。天翰をおぶって寺に行こうとした件のことだろう。喜々須がいう。
「いっそ、つれていっては?」
「それもだめだ」
十一はいった。天翰に悪事の片棒など担がせるもんか。
「ひとりで留守番させりゃいい。おい、お日羽」
銀鴟が呼ばった。小屋から天翰が転げでた。夕餉の支度をしていたのか襷掛 で、手に里芋の皮がついている。
「近えうちに、おれらは留守にする。逃げようなどとゆめゆめ考えるなよ。おめえがいなくなったら、そのときは十一が死ぬ」
天翰の澄んだ目の奥を、さまざまな情念が流れたかに思った。こいつを地獄に引きずりこんだのは、おれだ。たとえ天翰が逃げて、銀鴟に殺されるとしても文句はいえねえ。
ふたりきりになったとき、天翰はささやいた。
「待ってろと、なぜいわぬのだ」
「おれがいえた義理じゃねえや」
天翰は涙を溜めて、十一の衿をつかんだ。
「私が待たぬと思うのか」
こつん、と額を肩に乗せてくる。きゅうっと胸が攣れて十一は、天翰の鬘に頬を寄せる。
町に来るのは久しぶりだった。牙良のあとについて歩きながら十一は、小町大路 のにぎわしい市を眺めた。大路の両脇に茅葺 の庇 がつらなり、老若男女が物を売りさばく。青物や根菜、鳥獣や魚介、反物や履物。売物の牛が尾をゆったりと振り、人足の父子 が荷車を牽 いていき、隙を縫うように町人の子らが遊ぶ。娑婆 だ、と十一は思う。
「よそ見するな。牛の糞 ふんじまうぞ」
牙良はいって、ひとりで笑った。以前、実際に踏んづけたことがあった。十一はむっと口を結んで、少し先の地べたを見つつ足を動かす。
町はずれの柳楽屋は、こぎれいな白漆喰の土倉 だった。水晶の屑でも混ぜてあるのか、漆喰壁がきらきらする。人がひっきりなしに出入りしている。酒を購 う客、空の甕を運びだす下郎、御用聞きに来る商人 。表手で様子をうかがったのち、十一たちは藍の暖簾 を分けた。喜々須のいったとおり、間口四間 、奥行三間 というところだった。座敷の奥に階段が見えた。烏帽子に小袖の若い男が揉み手する。
「へい、ご用でっしゃろか」
牙良は満貫 の銭差 を振って、銚子を突きだした。
「ここで一等うめえ酒をくんな。ほんとにうまけりゃ、次は甕ごと買おう」
「ほ、甕ごとどすか」
亭主の吉蔵 であると男は名乗り、その場にあるだけの甕をひとつ一つ味見させた。
「同じ米、同じ甕で同じように仕込んでも、このとおり、まったく同じ味にゃならしまへん。酒は生きモンやさかい」
「たしかに。土倉の酒も見せてくれ」
吉蔵は細い目を瞠 いた。「おそれながら、あそこの出入は店 の者に限っとりまして」
「おれはここで一等うまい酒がほしいといったんだ。うまけりゃ、いくつでも甕を買ってやる。それとは別に礼もはずむが」
牙良は満貫の銭を振った。吉蔵の目に欲の色。むこうで客を相手する女房をうかがい、揉み手して声をひそめる。
「しゃあないどすな。どうかご内密に」
女狐みたいな男だ、と十一は思った。
「いや、うまかった。いい気持ちだぜ」
帰りの大路、満々たる銚子をゆらして牙良は笑った。十一はいう。
「おれが来るまでもなかったですね」
「そうでもねえさ。その場を知ってると知らねえとじゃ、心構えがちげえ。十一、場数を踏め。あゝ見えて銀鴟は、おめえを買ってんだぜ。ありゃ、でかく育つ、ってな」
お頭が? 十一はつんのめりかけた。牙良が目をむく。
「どうした、糞 ふんだか」
「ちげえ。草鞋が」
十一は右足をあげた。草鞋の鼻緒がもげていた。
市の商人 から、草鞋を六文で購 った。見世台 にならんだ草履、下駄、板金剛 。小ぶりな草履に目が留まる。天翰の足に合いそうだ。草色の鼻緒のそれに、十一は三十文を払った。
牙良は苦虫を嚙み潰した顔。「やめとけ、やめとけ。おめえがアレをいじらしく思うのはわかるがな、そんななぁ今だけだぞ。じきに髭やら尻毛やらが生えて、男くさくなっちまう。そのうち女の尻を追っかけはじめる。おめえだって知れば女のほうがよくなるさ」
だが、そんな天翰も、そんなおのれ自身も、十一はまるで思い描けなかった。
「まあ、そうなるまえに冬が来りゃ……」
ついでのようにつぶやいて、牙良は黙った。
「冬が来れば……なんです?」
牙良は苦笑し、大路の牛糞を跨いだ。
十三夜の月下、十一は身震いした。耳が痛いほど深閑とした夜半 の町中。月明に柳楽屋の漆喰壁がきらきらする。
酒室の白漆喰の観音扉に、牙良は鑿 と金槌を使った。海老錠が繋いだ金具を、漆喰ごと削りとろうというのだ。半刻 ほどで牙良はやってのけた。喜々須がつぶやく。
「すげえ」
「へへ、大工の腕は悪くなかったんだぜ」
牙良は扉の片方からばきりと金具をもいで、あけ放った。銀鴟が顎で合図する。十一は踏みこんだ。高窓から差す月明り。ずらりと揃った常滑 の甕。下見のとき目星をつけた甕の蓋には、偽名の木札が置いてある。山賊どもは一口 ずつかかえて、大路へと持ちだす。
「これで冬いっぱい呑めるぜ」
十二口の甕をならべた荷車を牙良が牽き、百舌が押して運んでいった。
がぢゃん、酒室で甕の割れる気配。がぼん、がぢゃん、と立て続けに音がする。この大ばかが、と夷虎の声。十一は駈けこんだ。砕けた甕からひろがる酒。
「潰れちまえ、こんな店 」
金槌を振りあげた喜々須は、夷虎に羽交い絞めにされた。銀鴟の声。
「おい、喜々須。人が来るぜ」
「来たら殺す」
喜々須は嚙みつく勢いだった。いつかの狂った山犬のようだ。十一はいう。
「殺すほどの恨みなのか」
「亭主が店 の金をくすねてたのを、あの男、あっしになすりつけやがった。あっしに行き場がないのを知っていて。下郎に折檻されて、女房に飯を抜かれて、あっしは死ぬところだった。あんな男を親のように思ってたなんて。許せるわけがねえ」
銀鴟の手が、太刀へ伸びる。とっさに十一は鞘ごとの刀を振るった。大甕が真っ二つになり、酒の波が草鞋の足を洗う。
「なら因果応報だ。そうでしょう」
十一は銀鴟にいった。黄金 の目が細くなる。十一は固唾を呑んだ。おもむろに銀鴟は甕を持ちあげ、甕の列へ投げつけた。いっぺんに四つ砕けて、派手な音が室 を満たした。銀鴟はいう。
「みんな割っちまいな」
夷虎は喜々須を手放して、片っぱしから甕を金槌で叩く。
「南無・阿弥・陀っと」
誰ぞおるんか、と表手で人声。銀鴟は匕首 を喜々須に握らせた。
「それで殺 んな」
喜々須は頷いて、酒室を飛びだした。
酒室の甕があらかた陶片と化したのち、十一たちは外へでた。庭のまんなかに下郎と吉蔵が伏せていた。影のように黒い血溜り。喜々須の姿はなかったが、誰も行方を探そうとはしなかった。山賊三人はてんでに夜に散った。全身が酒くさく、それだけで十一は酔えそうだった。
夜明け前。峠の掘建小屋から、人影が転げでた。裸足の天翰は、何かを胸に抱いて飛びこんできた。十一はいったん抱きとめて、それから天翰の抱えたものを確かめた。小ぶりな草履、草色の鼻緒。天翰の泣きそうな目。十一はたまらなくなって、しゃにむに天翰を掻き抱いた。
日が昇った頃、喜々須は血を浴びて帰ってきた。
「店 に忍びこんで、持てるだけ持ってきやした」
懐 からごろごろと満貫の宋銭 がでてくる。銀鴟は勘定して、者どもの働きに応じて分配した。十一のぶんは、夷虎よりも一貫多かった。夷虎の不満の色。
「その一貫はお日羽のだ。甘 え瓜でも買ってやれ」
ありがたき仕合せに存じまする、と十一は懐に収めた。天翰が喜々須の血をふいて、着替えさせた。銀鴟がいう。
「喜々須、これで晴れておめえは〝梟〟の一味だ。こんどは銭に免じて見逃すが、もし次に手前勝手なことをしやがるなら」
銀鴟はさっと太刀を振った。鞘ごとのそれが喜々須の頸に当たる。
「わかったな」
へい、と喜々須は頷いた。銀鴟はにやりとした。
「おめえは十一につくんだな。こいつが甕を割らなけりゃ、とっくにおめえは首無しだ」
ぶるり、と喜々須は震えて、銀鴟と十一に頭 をさげた。
天翰は甘い瓜よりも、書物を欲しがった。どんなものが適当かわからず十一は、大町 の書肆 で『竹取の翁 』を購 った。天翰はよろこんで、十一に読んできかせた。十一は天翰の鬘を撫でた。
「おめえを拾ったのも竹籔だったな」
「そうであった」
「おめえも月に帰 っちまうのか」
天翰はうつむいて黙りこむ。帰りたい思いはあるのだろう。けれど、天翰のいない暮らしなど、考えたくもなかった。十一は天翰の鬘をはずし、じかに坊主頭を撫でた。わずかに伸びてきた髪の、ざらりとした手ざわり。
夜な夜な、山賊どもは宴を催した。酒ならいくらでもあった。そして、烏帽子の三人は天翰を嬲 った。女のように屈服する天翰を、十一は盃を片手に見つめるばかりであった。天翰は見つめかえした。それに気づくと銀鴟は、遮るかに天翰の唇を吸った。
群れ来る蜻蜓 。山の風に秋の気を感じた。峠の沢で十一は、天翰と喜々須とともに椀を洗った。二人が来てから、こなすべき日々の雑事はかなり楽だった。
「十一の兄ぃは、お日羽の姐さんを恋 い忍んでいるのでしょう」
だしぬけに喜々須がいった。十一は危うく銀鴟の銚子をとり落としかけた。天翰も目を丸くした。喜々須はにこにこと鍋の焦げつきをこすった。
「あゝ、その顔は図星ですね。お日羽の姐さんも、満更じゃねえんだ」
「何がいいたい」
「いいんですか、姐さんを好き勝手にされていて」
いいはずがない。けれど、銀鴟たちに意見できるほど十一の立場は強くなかった。喜々須だってわかっているはずだ。この童 は聡い。
「のう、喜々須どの。あまり十一どのを困らせるな」
「烏帽子を戴けばいいんでさ。一人前になりゃあ、お頭たちも十一の兄ぃを無下にはしがてえでしょう」
「烏帽子を」
あの三人の誰かに、烏帽子親を頼めばいい。ただ、頼んですんなりきいてくれるだろうか。
十一は小屋の裏手へと向かった。そこで烏帽子の三人はよく次の仕事の相談をしていた。
「始末するのは、いつでもいい。すっかり色気づいちまいやがって、おもしろくねえ。女房づらしやがるのも気に食わねえ」
銀鴟の声に、十一は足を止めた。百舌と牙良がいう。
「だが、お日羽の飯はうまい。尻の塩梅 もいい」
「たいした由 もなく殺しゃ、十一はおめえを恨むぜ。いいのか」
「あれは知りすぎた。雪の頃に仕事なんざやってられっか。むだ飯食いはいねえに越したこたぁねえ」
心の臓があばらを叩いた。十一は気配を忍ばせて、そこから離れた。
沢まで走った。天翰は男たちの褌を、岩に叩きつけて洗っていた。血相を変えた十一を見て、腰をあげる。
「どうしたのだ」
十一は抱きすくめた。小鳥みたいに温かい花奢な肩。腕をゆるめて、天翰の顔を見すえた。右頬に泥をなすった跡。秋空みたいに澄みきった明るい瞳。こいつを殺させるもんか。十一は告げる。
「天翰。頼みがある」
秋の虫の音色。灯台の火と炉の火に、山賊どもの影がバケモノじみて伸び縮みする。宴が始まってすぐ、十一は銀鴟にむかって手をついた。十一の背後で、天翰も手をつく。
「お頭、お願 えがござります」
銀鴟は眉を動かして、盃を呷った。「なんだ」
「おれと呑み較べしてくだせえ。もし、おれが勝ったら、そこの天翰を頂戴したい」
山賊どもがばか笑いした。百舌がいう。
「なんだ、その坊主を女房にでもしようってか」
「へい。そうしようと思っておりやす」
女房にしてしまえば、天翰をどうしようと十一の勝手のはずだった。ほとぼりが冷めたころに、離縁というかたちで房州の寺に帰してやれる。
銀鴟は笑った。心から愉しそうに。「もし、おめえが負けたら、そのときはてめえでそいつの首を刎 ねろ。それなら勝負してやる」
十一は天翰を顧みた。天翰は、ただ頷いた。
「ふん、そいつのほうが肚が据わってら。おい、夷虎、喜々須、甕ごと持ってこい」
手つかずの甕が二つならんだ。喜々須が蓋をとり、柄杓で銚子に注 いだ。百舌が銀鴟に、牙良が十一に酒をつぐ。両者は一息に呷った。夷虎が声を張る。
「ひとぉつ」
満々とつがれる酒。これは水だ、ただの水だ、と十一は念じた。あらかじめ天翰の酔いざましの薬は呑んでおいたものの、どれほど効くかは計れなかった。天翰は十一の背に手を置いて、小声で読経した。
「百八」
杯を重ねても、銀鴟は変わらなかった。この人が酒で乱れるのを見たことがない。その底知れなさに、十一は寒くなった。
「あゝ、まどろっこしい。盃はやめだ」
銀鴟は喜々須から柄杓を奪い、甕からじかに呑んだ。十一は水甕の柄杓をとってきて、銀鴟に倣 った。
「二百十四」
「おい、次の甕を持ってこい」
銀鴟が拳で口をぬぐった。夷虎と喜々須がそれぞれ甕を持ってきて、蓋をとった。ときおり外へ小便を垂れにいくほかは銀鴟も十一も、ただ淡々と汲んでは呑んだ。
「三百三十六」
天翰の読経は続いた。その涼やかな細面を見ると十一は、正気に戻れる気がした。おれは人だ、獣 じゃねえ。
「四百五十九」
それは唐突だった。柄杓の酒を呑みほしながら銀鴟は、白目をむいてひっくりかえった。
「銀鴟!」
百舌と牙良が叫んだ。助け起こそうとする二人を、銀鴟はうるさそうに払った。
「畜生め」
銀鴟はくっくと笑った。十一と天翰は手をついた。
「お頭。約束です。天翰を頂戴します」
「畜生め」銀鴟は大きな手で、おのれの顔を撫でた。「よし、おれがおめえの烏帽子親んなってやる。ついでに祝言もあげちまえ。ただし、お日羽を逃がすんじゃねえぞ。そいつは知りすぎてる。二度とよそで暮らせねえようにするんだ。それだけは譲れねえ」
約束どおり、銀鴟は十一の烏帽子親になり、十一は蒼鴞 という烏帽子名をもらった。
峠の越に、新たな小屋が建てられた。しっかりと戸がついて、地板 まで葺 かれた立派なものだ。牙良の計らいだった。山賊どもの根城からは、歩いて四半刻もかからぬ距離だ。
ふたりで過ごす、ふたたびの冬。烏帽子を戴いた十一は、かたわらの天翰を撫でた。天翰の髪は肩まで伸び、禿 のようだ。女の衣を着ていれば、男とは誰も思うまい。紅梅色の衣に、十一は手をかけ、紐を解いた。衣摺 れ。
天翰の白い背に、淫慾魔羅観世音 という入墨 。これが銀鴟がつけた条件だった。天翰は僧侶にも堅気にも戻れなくなった。ただ、山賊の女房として生きるほかはない。十一は入墨を撫でた。うぶ毛のなめらかな肌。
「おれを、恨んでいるか」
「えゝ、恨んでいますとも」
天翰は躰ごと振りかえり、十一の頸に両腕をかけた。清水のように澄みきった目で、紅を差したかのごとき唇で、嫣然 一笑する。
「生涯かけて償ってくださいまし」
天翰は口づけた。幼い女房を褥 に横たえながら、地獄に堕ちてもいいと十一は思った。
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