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05 電話の向こう

 ずっと幼馴染として過ごしてきた俺たちが恋人同士になったのは、まだ夏の暑さが残る10月初旬だった。あれから順調に、俺たちは恋人らしい日々を過ごしてきた。  けど、遊んでばかりもいられなかった。志望校のS大学に合格するためには、模擬テストの結果をもう少し上げておきたい。  幸い、すでに進路が確定している泰雅がそばにいる。泰雅だってやらなきゃいけないことはあると思うけど、勉強を見てくれるという言葉に甘えて、俺は浮かれる気持ちを抑えながら必死に勉強した。  時々息抜きになるからと、いつもの公園や、ちょっとした買い物に出かけた。そんな些細なことも、俺にとっては十分なご褒美だった。 「圭太、ご飯できたわよー」 「はーい、今行くー」  俺はノートパソコンをパタンと閉じて、うーんと伸びをした。  うちの学校は、対面でもオンラインでも好きな方を選べる。俺はサッカーもやりたかったから、登校することが多かった。けど二ヶ月ほど前にオメガと診断されてからは、オンラインに切り替えた。  第二の性についてはまだ解明されていないことも多く、その一つが『転化』という現象らしい。  最初は驚いたけど、すぐそばに泰雅もいてくれるし、今ではネットで情報検索もできる。おかげで、少しずつオメガとしての生活にも慣れてきた。 「あ、母さん。明日定期検査で、病院に行ってくるから」 「お母さんも行った方がいいかしら?」 「大丈夫。多分泰雅が一緒に行ってくれるから」 「そうなのね、本当に助かるわ。泰雅くんがいてくれたら安心ね」 「だろ? だから母さんは心配しなくても大丈夫だよ」  俺はごちそうさまと言って食器を片付けると、自分の部屋に戻った。お風呂前にもう少し勉強をやっておきたいんだ。  机の前に座り、よしと気合を入れたタイミングで、スマホが鳴った。  画面を見る前に、相手は泰雅だとすぐわかった。まぁ、他にかけてくるやつも少ないんだけど、なぜか泰雅からの連絡だけはわかるんだ。 「もしもし、泰雅? どうした?」 『いや、特に用事はないんだけど、勉強頑張ってるかなって思って』 「ふふ。ありがとな。なんか最近めちゃくちゃ調子がいいんだ」 『そうか。でも無理するなよ』 「大丈夫。……なんとなくずっと調子が悪かったのは、転化の影響だったのかもしれないな」  俺は、高校三年生になった頃から成績も下がり、サッカーでも不調が増えた。実力を発揮できなかった結果、大学のスポーツ推薦のラインに届かなかった。  その時は理由がわからずヤキモキしたけど、今は病院にちゃんとかかり、薬も飲んでいる。そのおかげかすこぶる体調がいい。  でもまぁ、泰雅と両思いで恋人になれたことが、一番の好調な理由だって俺は思っているけどな。 「今でもいい感じだけど、もうちょっと頑張っておきたいんだ。泰雅にあまり会えないのはつまんないけど、俺、頑張るからな!」 『がんばれ、圭太なら大丈夫だ。また来週くらいに時間取れるから、一緒に勉強しよう』 「おうっ! いつもありがとな」  俺は電話の向こうの泰雅と、エアでハイタッチをした。 「そうだ。明日病院なんだけど、付き添い大丈夫?」 『ああ、問題ない』 「じゃあ、いつもの時間に待ってる」 『夜更かししないようにな』 「オッケー、大丈夫大丈夫! 泰雅、おやすみ!」 『圭太、おやすみ』  通話終了ボタンを押したあと、スマホに表示された泰雅の名前をそっと撫でた。泰雅の俺を見つめる視線を思い出して、一人ニヤニヤしてしまった。 ◇  今日は一ヶ月ぶりの病院だった。検査結果は良好で、オメガとして安定していると言われた。それを聞いて俺も泰雅もほっと胸を撫で下ろした。  オメガとして生活していく上で、避けては通れないのが『発情期』いわゆるヒートだ。三ヶ月に一度程度やってくるが、俺にはまだその兆候は見られない。オメガフェロモンの数値は安定しているけど、転化したばかりなので、いつ来るかはわからないと先生に言われた。  ベッドにゴロンと横たわり、天井を仰いだ。 「ヒートかぁ……」  冊子を読んだり、俺なりに調べているけど、ずっとベータとして生きてきた俺にはいまいちピンとこない。  ヒートが来るのは明日かもしれないし、数ヶ月先かもしれない。突然やってくるのか、じわじわ症状が出るのかもわからない。  いつ来るのかわからないのが、一番怖いかもしれない。  俺は気づいたら、泰雅に電話をかけていた。 『圭太? どうした?』 「なぁ、ヒートってどんなだろうな……」 『ベータでもオメガでも、俺は圭太が好きだ』 「なっ、なんだよ急に!」 『未知のことで不安かもしれないけど、俺がそばにいるから大丈夫だ。……ずっと一緒だ』 「そうか、そうだよな。……泰雅がいるから、大丈夫だよな」 『ああ……』  泰雅は相変わらず言葉足らずだ。頭の中でたくさん考えて考えて、やっと言葉にするから、話が一気にぶっ飛ぶんだ。  でもそれが、泰雅なりの優しさだ。俺が欲しいと思っている言葉を、いつもくれる。  オメガ初心者の俺にとって、まだ知らないことはたくさんある。経験してないこともたくさんある。でも、泰雅と一緒に乗り越えていけば、怖いものなんてないんだ。 「そのうち来るよな。まぁ来たらそのとき考えればいっか!」 『そうだ。そのほうが圭太らしい』 「おう。なんか心配して損した気分だ!」  なんか一気に心が軽くなって、俺はスマホの画面を見つめた。そして電話越しの泰雅を思い出しながら、俺はニヤリと笑った。 「泰雅、愛してるぜ!」  電話の向こうで、泰雅が少しだけ慌てたような気がした。  俺は満足しながら、「おやすみ」と言って通話を終了した。

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