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カミングアウト

 十二月に入り、石田諒哉とレストラン雪月花に行く約束をした。  石田は、蒼の高校時代の友人だが、学生時代の時はお互いのことは知らずに過ごしていたので、上京してから友人となったという方が正しい。  二十歳の時に新宿二丁目のバーで知り合った。何の気なしに話した内容が、同郷で、しかも同じ高校だとわかりすぐに仲良くなった。  仕事や恋愛の相談や愚痴などを話す仲になっていて、気の知れた友人として連絡を取り合っていた。  当然、悠のことも、石田に話していた。  「蒼の好きな人も気になるけどな。そのレストランて、最近人気あるらしいじゃん。連れてってよ」  石田は身長も高く、肩幅もある、彫の深い派手な顔は一見堅気に見えないが、製薬会社の営業で真面目に働いている。  食べることが好きで、営業職ということもあるのか、いろんな店を知っている。蒼も一緒に行くことがあるが、どれも美味しい店だったことを記憶している。  「空いてる日教えてといて。 予約しておくから」    そして、予約した日になった。  クリスマスまであと一週間という日だ。ネイルサロンもクリスマスと年末に向けて繁忙期に入っている。石田も年末は忙しそうにしていて、ようやく日程の調整がついた。  待ち合わせしている、駅前には大きなクリスマスツリーにイルミネーションが灯り、大勢の人で賑わっている。  ほとんどが、男と女のカップルだ。同性同士もいるが、それは友達なのか恋人なのかは一見してわからない。  自分がゲイだと隠しているわけじゃない。ネイルサロンのお客さんも知っている人はいる。聞かれない限りは、言わないだけ。カミングアウトすることで、余計な気遣いをされたくない。  石田と合流して、レストラン雪月花に向かう。  年末は忙しいとか。そんな他愛のない話をしていく中で、蒼は、どうしても石田に伝えなきゃいけないことを話した。 「諒哉、これからいくレストランのスタッフ、悠も、俺がゲイということを知らない」  石田は、歩みを止めて、蒼の顔をみる。 「え? 両思いなんじゃないの? 前に聞いた話の感じだと、そう思ってたんだけど」 「確かに、好意を持たれてるという気はする。気にかけてもらっているし……、でも今までの話から察するに彼はノンケだ。たまたま、何かの拍子に興味が湧いただけの相手から、いきなりガチのゲイ告白はキツいと思う」  俺に興味があるというだけでも嬉しい。それなられそのまま現実は見ない方がいい。 「とにかく、余計な事いうなよ」  石田の方が背が高いので、下から凄むように念を押した。 「わかった。わかった」  子供を適当に宥めるような言い方に不安が残ったが、これ以上は何を言っても同じだ。石田は、人の話を聞かない。  そろそろレストラン雪月花に着く。友達を連れていくのは初めてだ。なぜか妙に緊張してしまう。  少し後ろに歩いていた石田が、――俺が見定めてやるよ。という言葉を発していたが、蒼の耳には届いていなかった。  レストランの中に入ると、いつもの受付をしてくれる夢ではなく、悠が立っていた。 「蒼さん、いらっしゃいませ」  いつものように、優しい笑顔をくれる。ふと後ろにいる石田にも当然のように、ようこそと丁寧に挨拶をした。オーナーとしての凛とした姿がかっこいい。悠に特別な感情を持っていなくても、素直にかっこいい男だと思う。  どうだ俺が惚れた男はかっこいいだろう。と石田のことを横目でみやる。悠のことを見ながら、石田の口の端がふっと上がった。  ――ん? なにか嫌な予感がする。  こちらへどうぞ。悠が席に案内してくれる後ろから、突如、石田の声がすぐ近く頭上に響いた。「蒼、おいで」そう言って、石田の手が蒼の腰を抱きエスコートしだした。 「……お、おい、お前……ふざけるな」  振りほどこうとしているが、腰の手をどかそうとしないどころか、強く自分にひきつけ歩みを進めた。悠にその様子を見られ焦る。視線が冷たく刺さるようで、気が気でない。  通された席に石田と向かい合い座る。 「諒哉、お前、さっきのなに?」  小声で責めるが、何が? というようにとぼけた顔でメニューをみている。 「おすすめは牡蠣か。食べようぜ。お前も好きだろう?」  ああ。と同意する。石田は食べることが好きな奴だ。  よくバーに現れるけど、あまり酒も飲まない、というか弱い。どちらかというと食べてる方が多い。メニューを見て興奮気味に話す。 「ここいいな。単なるオシャレだけのレストランかと思いきや、この料理とか美味しそうだな」  喜んでいる石田を見てホッとする。とりあえず店を気に入ってくれたようで、嬉しかった。    出てきた料理は全て美味しかった。 「食べたー。うまかったー」  背もたれに寄りかかり、満足気に話す石田の顔に、蒼も満足気にグラスのワインを飲み干した。石田が食べる分、蒼はいつものように酒担当となりボトルのほとんどを空けている。 「だろ? 美味いだろ? ここの料理、それに合う酒を提供してくれるし、最高なんだよな」  いつもよりハイペースだったせいか、酔いが早い。気持ちの良さにボーっとする。顔がアツい。 「蒼、珍しいな、顔赤いよ」 「お前の分まで飲んでるからな」  気の合う友達に、自分の好きな人の話をすることで、妙な恥ずかしさもあって、余計に酔いが回っているような気がする。  悠が、席へ近づいてきた。 「蒼さん、お食事済みましたら、カウンターに移動されますか? 少し飲んでいかれますか?」  蒼の返事を遮り、俺もいい? と石田が答える。  ポーカーフェイスの悠が、丁寧に応える。 「ええもちろん。では、いつものお席へどうぞ」  顔は笑ってるように見えるが、なんだかいつもと違って怖い。  バーカウンターでは、いつものように愛嬌の良い笑顔の前田が迎えてくれた。  かわいい子がいるね。石田が小さくつぶやく。  その言葉に蒼はギョッとした。うさぎのような小型の動物が、狼に狙われている様が目に映る。  小柄で大きい瞳をしている前田のような顔は石田のタイプだ。  お酒を注文して、前田が離れたのを見計らい、声を潜めて石田に言う。 「諒哉、彼は、ノンケだからな。余計なこと言うなよ」  わかってるよ。と蒼の耳元で小さく笑いながら、ささやいた。  息がかかった耳を手で押さえ、石田をつっぱね睨むと、にやけた顔をして簡単に謝られた。  軽くため息をつき、ふとカウンター中に視線を向けると、夢がこちらをみていた。お互い、目があったところで夢が背を向けた。  さっきの視線は、今までも経験したことがある。五年前に、付き合っていた人と出かけていたときだ。公共の場でイチャイチャしていたわけではないが、単なる友達とは違う距離感があったのだろう。カフェで隣の席にいた女性が、連れていた友達に何か話し、好奇な視線を向けられた。  それに似ている……。昔の出来事を思い出していると、前田に声を掛けられて現実に戻された。 「蒼さんの友達ですか? バー担当してます。前田純太です。お二人、仲良いですね」  その言葉に気をよくした石田が、蒼の肩を抱く。 「そう。仲良いんだ。高校の同級でね」 「へぇー。俺と悠、あ、うちのオーナーとも高校の同級生なんですよ」  前田は、いつもの調子で、はなしを弾ませてくれる。 「長い付き合いですね?」 「うん? いや、高校の時は、実はお互い知らなかったんだ。こっちに出て、あるとこで知り合ってさ、な? 蒼」  ま、そうだな。と頷く。こっちはひやひやしているのに、石田は、楽しそうに話している。 「この前の試食会の時に蒼さんのこと色々聞けて楽しかったですよ。彼女さんはいないみたいですけど、どんな人がタイプとか。そういう話しも聞きたかったな」  カウンターに肘をつき、「へぇー」と前田と蒼を交互にみてくる。何かを仕掛けようとしている顔だ。そう感づいた蒼は次の石田の言葉を制しようとしたが遅かった。 「俺さ……ゲイ、なんだけど、純太くんみたいに、可愛い子タイプなんだよな」  石田の視線が前田から、他に映った後、蒼をとらえた。石田の手が蒼の頬に触れ親指で唇をなぞる。 「蒼は? どんな人が好きなの?」  石田のことを恋愛対象として見たことないが、かっこいい外見に、色気のある仕草にのまれてしまった。  しばらく石田と見つめう状態になってしまったことが誤解を招いたようだった。 「え? まさか、蒼さんも?」  一瞬、なにを聞かれたのかわからなくて、前田の顔をじっと見つめてしまった。おそらく自分の顔には、困惑か、恐れのような複雑なものが滲み出ていたのだろう。  視線があった前田は、自分の言葉選びを間違えたことに気づき、はっと口元を抑えていた。 「まさか……じゃなくて……えっと」しどろもどろになって、どうすることもできない表情をして黙ってしまっている。  否定する空気でも、冗談と笑い飛ばす空気でもない。  目の前のグラスを飲み干す。しばらくグラスを見つめて腹を決めた。 「俺も、ゲイなんだ……」  自嘲気味に笑いながら、顔をあげたあと、あっと小さく息をのんだ。カウンター内の前田の後ろに悠の姿が目に入る。  悠に聞かれた。どうしよう。頭が真っ白になる。怖い、逃げだしたい。  本能的にこの場から去ろうという気持ちから席を立とうとしたが、石田に腕をつかまれた。  逃げるな。といっているような石田の目が怖かった。  前田は黙ったまま、顔色を青くさせていた。  何かフォローになることを言わなきゃと思っても声が出ない。なんて言えばいい?  悠が前田の背後から小声でなにか言い、前田をバーカウンターから出ていかせた。かわりに夢がカウンター内に入り、接客している。悠は、なにもなかったように笑顔を向けた。 「申し訳ございません。少し席外します。ごゆっくり。お過ごしください」  バックヤードに消えていった悠の背中を見ながら、蒼のため息が溢れる。 「こんな気遣いさせたくないんだよ」  とつぶやいた。  昨日の夜に、悠からメッセージが届いていた。お詫びと、またレストランに来てほしいという内容だった。  自分の性癖について恥じていることはないけど、カミングアウトすることで、過度な気を遣わせてしまうのが嫌だった。  前田は素直な性格だ。それに普通だ。『まさか』なんて言葉は誰だって言ってしまう。それが失礼な事だとは思わない。  だけど予期しない出来事を生んでしまったことに、申し訳なさと、受け入れてもらえないという怖さがつきまとう。否定的なことは何もいわれていないのに、否定された気持ちになってしまう。  こういう事は今までも何度かあったけど、今回は特別怖い。  深いため息をしてメッセージに返信をする。 『こちらこそ、突然のカミングアウトで困らせてごめんね。僕は傷付いてないし怒ってもいない。これからお互い忙しい時期になるから、落ち着いたらまた店に行くね』  何回も読み直して端的に伝えたいことを書いた。  また会えるだろうか。あの店に行っても大丈夫だろうか。  いろんなことを考えてしまうが、店が開いている間は忙しさで、深く考えないで済んだ。  そして、あっという間にクリスマスイブがきた。  最終のお客さんが帰ったのは夜の八時過ぎ。片付けは、そこそこに疲れているスタッフを帰す。 「明日もあるから、ゆっくり休んでね」  エリカも望も疲労した顔を隠さず、挨拶をして帰っていった。  残りの片付けと掃除をしている中、あの夜の出来事を思い返す。悠や、前田の表情は、嫌悪でもなく、ただ驚いてるというものだった。  片づける手を止めて椅子に座り、しばらく、ぼっとする。  今までも、友達やお客さんに自分がゲイだと知られることはあった。驚く人、嫌悪を表す人、下世話な興味を抱く人、たくさんの反応がある。  俺と同じように店を経営していて、そこで働いていれば、いろんな人と出会うだろう。個人的に嫌悪感を抱こうとも、店の客としては受け入れなければならない。断れば、それは単なる差別だ。  大好きなお店ができて、そこに行けなくなることは、とても悲しい。  そのお店で働く大好きな人に気を遣わせるのも、しんどい。  悠が俺の気持ちを知ったら。どんな反応をするんだろう。迷惑か。  ため息がこぼれる。

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