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第22話 終わりにしよう……

「渚はどうして、αの俺とΩの自分を分けたがるんだ?」 「……え?」 「αであっても俺は俺だし、Ωであっても渚は渚だ。αとΩはただの性別だろう? 俺だから…じゃなくてαだから駄目? じゃあ、αじゃなければ良かったのか? だとしたら、そんな自分ではどうにもならない事で、俺は受け入れてもらえないのか? 大和は好きだけどαは駄目だって?」 「…………」  どっちも退かないから平行線を辿る言葉の応酬に内心では苛々しているのかも知れないけれど、語る大和の声音はとても静かだ。  俺は大和の顔を見つめた。続く言葉を待つ。 「確かに初めに感じたのは渚のフェロモンで、それに惹かれたのは否定しない。でも、渚を見て渚に一目惚れしたのは本当だし、運命の事を黙っていたのだって、αじゃない俺自身を見てほしかったから。渚が運命を感じていないのなら、好都合だと思った。バイトの日はα用の抑制剤の服用も忘れなかった」 「抑制剤?」 「ああ。αとΩは普段から微かにフェロモンを発しているけど、ほんのり感じる程度だろう? でも運命だからか、俺はいつも渚の甘いフェロモンをはっきりと感じていたんだ。理性を失う程じゃない。けど、俺から漏れるαフェロモンにもし渚が反応したら……。運命だと気づいてしまったら……。それはもう、俺達の関係からαとΩは切り離せなくなる。だからこその予防線だ。そうして少しずつ距離を詰めて、トラブルはあったけど、渚が受け入れてくれた時の俺の気持ち、解るか? まだ本格的な交際前なのに、一生大切に愛し抜こうって……」  最後のほうの声のトーンが小さくなる。  俺を見つめる大和の瞳が切なげに揺れているけど、俺は何も言えず、同じ様に見つめ返すばかりだ。  次々と吐露される当時の大和の心の内。それを知って、俺が何を言えるのか……。  大和の言葉が続く。 「発情期には会わない」 「……っ……」 「付き合う前に約束したよな」  俺は無言で頷いた。 「その約束に異論はなかった。付き合う以上はそれなりに下心はあったし、身も心も結ばれたいと思ってたけど、発情期は別だ。ラットになったαは目の前のΩを組み敷く事した考えられなくなる。そこに相手を気遣う余裕なんて無い。まるで性欲に支配された獣。  俺自身は発情期のΩに遭遇した事がないけど、身近にいるαの親族が話してた。多分、その人自身が経験した事なんだろうと思う。想像しただけで怖くなった。 だから発情期だけは会えないと思った。互いに『αとΩ』になってしまうから」 「…………」  ああ……。  大和はそんな風に思ってたのか……。  いつだって俺を『俺』として見て、自分はαではなく『大和』として御崎渚を愛してる……と——。  もっと早く知りたかったなぁ……。  ……ううん。知ろうとしなかったのは俺。  大和を信じられなかったのは俺自身。  言葉は無くとも、大和は態度で示してくれていたじゃないか。『渚が好き』だって。  一度だって、αだから……とか、Ωだから……とか、言わなかった。  大和の誠実さを知りながら、どうして信じられなかったんだろう。  結局、αとΩだという事を気にしていたのは俺自身じゃないか。  俺自身が大和の言動を信じていなかったから…。  大和を信じて、『あの時』迷わず大和に連絡していたら……。きっと大和なら、一緒に悩んで考えてくれていただろう。『責任』という形じゃなく、互いを尊重しながら『進める』道を……。  あの日、あの時、あの頃——。  俺達はもっと話すべきだった。互いの胸の内を語り合うべきだった。  ああ、本当に今更……だ。  大和は「戻って来てほしい」と言った。でも俺は、もう戻れないと思った。戻る気はないんだ。    不意に大和の手が伸びてきて、指で俺の目許を優しく拭った。その行動に驚いて自分の頬に触れれば、頬が濡れていた。どうやら俺は泣いているらしい。 「戻って来てくれ、渚。俺を捨てないで……」  懇願する様な大和の言葉に、俺は……。  それでも、激しく首を横に振った。  ごめん、大和……。  俺、怖いんだ……。  六年かけて作った『居場所』を手放して、大和と生きる事を選んで……。  大和は俺を「絶対に捨てない」って言ってくれたけど、『絶対』なんてないんだよ……。  Ωの俺にとっては、番えば大和から離れる事はないと思う。ううん。離れられない。  でも、αの大和は違うだろ?  αは『自由』に生きられるんだから。  でもΩは……。  いつαに捨てられるか……。どれ程深く愛し合っていても、いつか他に好きなΩが現れて捨てられるかも知れない妄想に、Ωは常に不安を抱き続ける。『今』が幸せであればある程、捨てられた時の絶望は大きい。信じていれば信じていたほど……。 若ければ、『今』だけを見て信じて、迷わず大和の手を取れた。でも、Ωの結婚適齢期はとうに過ぎ、俺はもう二十五歳。足掻きながらも独りで生きていく道筋を見つけたんだ。今更、その総てを無かった事にして大和を選ぶ事は出来ない。したくない。    ごめんな、大和……。  大和が前に進めないの、俺のせいだよな。  俺が何も言わずにいなくなって、大和はずっと俺の身を案じてくれた事を知った。俺がちゃんと別れを告げなかったから、俺の無事を信じて待っててくれたんだよな。  それなのに俺は……。  俺は何度、大和を傷付けてきたんだろう……。  なあ大和、終わりにしよう。  俺は大和とこれ以上、傷付け合いたくない。  俺達が交わる未来は……もう——  

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