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第50話 管理入院

 新生活を始めて一ヶ月が過ぎ、俺は今、妊娠九ヶ月目に入り、はち切れんばかりのお腹になっていた。  七月に入り、暑い日が続いていた。  夏の妊夫(婦)さんって大変だなぁ……って、身を以て体験している。俺は夏は好きだし、暑さには強いほうだと自分では思ってたんだけどなぁ。  大和と一緒じゃないと外出しないから、日中はずっと家に籠もってるんだけど、一日中クーラー点けてないと、間違いなく融ける……。クーラー点けてても、汗が出てくる、出てくる。太っている人の気持ちが解っちゃう。で、流れた汗が何処にいくのか……というと、お腹の上に溜まんの。初めて見た時は衝撃だった。暑いから薄着しようとすると、「冷えは妊夫の大敵!」とか言って大和が怒るしさ。極めつけは、腹帯! 大きなお腹を支える為にお腹が出始めた妊夫(婦)さんはしなくちゃいけないんだけど、それが暑さに拍車をかける。マタニティパンツと一体化したのもあるらしいんだけど、俺は晒タイプ。だって、毎朝嬉々として大和が巻いてくれるんだもん。幸せそうな顔しながら。あんな顔見たら、パンツ一体タイプが良いなんて言えない……。  電話で、朝陽も愚痴ってた。もうすぐ予定日の朝陽も、お兄様に言われて晒タイプなんだって。一人目から。で、お兄様が毎日巻くという……。  一ケ瀬家の伝統か何かなの?  そんな夏の寝苦しい早朝、俺は不意に目を覚ました。隣に寝ていた筈の大和がいない。薄暗闇の中、視線を彷徨わせていると、部屋のドアが開き、大和が携帯片手に戻って来た。電話をしていたらしい。 「起きてたのか。もしかして、起こしたか?」 「ううん。今起きた」  体を起こそうとする俺を大和が支えてくれる。大きなお腹がつっかえて、起き上がるのも大変なんだ。 「ありがと。電話かかってきたの?」 「ああ。兄さんから。生まれたって」 「……はっ? 生まれた? 生まれるじゃなくて?」 「そう。病院に運ばれてから三十分のスピード出産。陣痛が来てもすぐには生まれないだろうから、夜だし病院に着いてから連絡するつもりだったらしい。けど、いざ着いたら頭が見えてて、そのまますぐお産になったから、連絡する間もなかったって」  三十分……。それは超安産なのでは……。二人目以降は早い傾向があるのは知ってたけれど。 「男の子。朝陽も元気だってさ。生まれる前に連絡出来なくてごめん、って」 「それは仕方ないじゃん。でも、予定日もっと先じゃなかった?」 「ああ。二週間早い。けど、三千五百グラムのビッグベビー。予定日まで入れてたら四キロくらいになってたかも、って、兄さんが言ってた」 「大きな赤ちゃんだったんだね。でも、安産で良かった」  安堵する俺の頭を大和が撫でてくれる。 「まだ五時過ぎだけど、どうする? もう少し寝る?」 「大和は?」 「俺は起きるよ。あと一時間すれば起きる時間だし、今寝たら寝過ごしそうだ」 「ん~。じゃ、俺も起きる」 「分かった。ちゃんとお昼寝するんだぞ?」  んも~。大和は過保護なんだから! 口には出さず、リスの様に頬を膨らませると、膨れた頬にキスされた。 「おはよう、渚」 「ん、おはよ……」  慣れた手付きで手を差し伸べ、ベッドから出してくれる。自力で起きるのが大変になってからは毎朝の事だから、それはもう、自然な流れで……。  何だか介護されてる気分だけど、あなかち間違いではないような……。世の多胎児妊夫(婦)さん、あなたの旦那様はどうですか? 教えて下さい。 「お見舞いに行っても良い?」 「気持ちは解るが、あと三日待てないか? 三日後、健診だろ? その時では駄目か?」 「え~」    大和の言いたい事、解るよ。俺、一人で歩くの大変だもんね。朝陽は俺と同じ病院で出産した。何でも、朝陽のお母さんは産婦人科医で、その病院に勤めてて、お母さんに自分の所で産めって言われたって。前の二回も。しかも担当医。朝陽は、 「産婦人科医とはいえ、母親にお尻を見せるなんてイヤだったけど、母さん、怖かったんだよ~」 と言いながら、思い出たのか身震いしていた。  暴力的とかではなくて、α女性だからか、圧が凄いんだとか。ちなみに、お父さんは同じ病院の外科医だという。「僕は普通の主夫なんだけどね」と言って笑ってた。 「……分かった。じゃあ、後で電話する…」  大和の心配も解るので、俺は頷いた。  後で電話で「おめでとう」を言おう、と思いながら、俺はベッドを下りた。  ✩ ✩ ✩ 「かわい~!」  赤ちゃんを見た時の俺の第一声。  三日後、自分の健診を終わらせてから、産婦人科病棟の朝陽が入院している部屋を大和と訪ねた俺は、お祝いの挨拶をした後、ベビーベッドですやすやと眠る生まれたての命を見て、感極まった声を上げた。勿論、声のトーンは少し落としてね。  その横では、大和が『祝儀』を渡している。 「朝陽、可愛い子をありがとう」  俺は至って真面目に言ったんだけれど……。  大和と朝陽は顔を見合わせてから、揃って苦笑。  ……なんで? 「渚、お前の子じゃないぞ?」   ………。ああ、そういう事。 「解ってるよ? でも、子供って『宝物』じゃん? 流石に知らない人相手には言わないけど、家族の産んだ子は俺の子も同然じゃん?」 「「…………」」  あれ? 俺、変なこと言った……?  施設ではみんな俺の子だと思ってお世話してたから……。あれ? おかしい? 「じゃあ、渚の双子ちゃんも僕の子?」  朝陽が言った。力強く頷く俺。 「え、それは勿論! お父さんとお母さんとは線引きが必要だけど、その家に生まれた子は家族みんなの子供。みんなで育てればいいんだよ」 「そっかぁ。だったら僕達、子沢山だね」 「渚らしい考えだな。そうだな。生まれた子は家族みんなで育てればいい」  二人が同意共感してくれた事が嬉しい。  その時、赤ちゃんがぐずり出した。ベッドからそっと抱き上げる朝陽。赤ちゃんに語りかける。 「煌斗(きらと)、良かったねぇ。お父さんとお母さんがいっぱいだよ」 「もう名前付けたのか?」 「うん。男の子だって判ってたから、雄大がね。 煌斗。煌めくに北斗七星の斗」 「煌斗君かぁ。良い名前」 「ありがとう」  その日は三十分程、朝陽の部屋で過ごし、あまり疲れさせてはいけないから…とお暇した。俺もちょっと、しんどかった、座ってても…。  帰りの車の中、大和が運転する車の助手席のシートを少し倒して座り流れる景色を眺めながら、健診時に先生に言われた事を思い出していた。 『次の健診の時は入院の準備をしてきて下さい。いつお産が始まっても大丈夫な様に管理入院しましょう』  俺はそっとお腹を撫でた。  確かにお腹ははち切れんばかりに大きくなったけれど、予定日までまだ一ヶ月以上ある。双子は早産になりやすいって聞いたけど、一人一人はまだ小さいのに、大丈夫なのかな……。  少し前まで迷ってた出産方法は、結局、帝王切開にしてもらう事にした。俺の場合、経過も順調で胎児は二人とも頭位だから通常分娩は出来なくもないし、病院側も双子の通常分娩の実績はあるらしいけれど、何日も大和と相談して、帝王切開に決めたんだ。赤ちゃんにとって一番安全な方法って言われたから。  俺は子供達に、「ママ、頑張るから、少しでも長くお腹の中にいて、大きく元気に生まれておいで……」と、心の中で『お願い』した。  それから一週間後の健診の日。  俺はそのまま帰宅する事なく、管理入院した。  妊娠週数三十五週ー。

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