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1.運命の契約:3

 ラウロから口付けられた手をパッと引っ込めて、ニコラはドキドキと脈打つ心臓をどうにか抑えようと深呼吸をした。 「捕まる前に、この森の中に俺の装備品を隠しておきました。取りに行っても?」 「も、もちろん。あなたは魔法が使えるようだけど、武器がないと心許ないし……」  ニコラが頷くと、ラウロは横目に見ながら「主は武器の扱いは?」と質問する。ニコラは昔のことを思い出しながら、苦い顔を向けた。 「あまり……剣よりも弓のほうが得意かもしれません」 「では、ちょうどクロスボウを持っているので、そちらは主に」  今のところ、ニコラたちが逃げたことに兄たちは気づいていないようだった。ラウロが魔法をかけた衛兵が目覚めるのはいつ頃になるか――まだ騒ぎになっていないので、できるだけ遠くに行かなければならない。  そんな少しの焦りを感じながら俯いて歩いていると、前を歩いていたラウロの背中に頭をぶつけた。 「没収されていなかったようです」 「え? 何もないけど……」  ラウロが立ち止まった場所には、切り倒された木があるだけだった。どこを見ても武器などの荷物があるようには見えずニコラがきょろきょろしていると、頭上から小さな笑い声が聞こえた。 「魔法で隠してあるんですよ」  そう言ってラウロがスッと指を動かすと、倒れていた木がなくなった代わりに荷物が現れた。 「わっ、びっくりした……!」 「ふ。主の反応は新鮮で面白いですね」 「だって、僕の周りにはそんなことをする人はいなかったから……」  ラウロに笑われると、なんだか恥ずかしくなった。世間知らずだと呆れられているかもしれないと思っていると、ニコラの目の前にクロスボウが差し出された。 「扱い方は?」 「い、一応……」 「あとで狩りをしてみましょう。その時に使い方を教えます」  クロスボウはニコラに、剣は自分の腰にラウロは収めた。そして小さなポーチを一つ身につけると、彼の『荷物』はそれが全てだった。 「荷物って、これだけ?」 「これだけあれば十分です」 「少なすぎない……? 着替えとか、そういうのは?」 「すべて“ここ”に詰まっていますよ」  ラウロは小さなポーチを指差す。彼には悪いが、それは女性が持つような小さいバッグとほとんど変わらないもので、必要なものが入っているとは思えなかった。  ――やはり、からかわれているのだろうか?  いくら切羽詰まっていたからといっても、素性も分からないの話を簡単に鵜呑みにしすぎたかもしれない。  ニコラに武器を渡したということは少なからず敵意はないと思われるが、野生動物しかいない森の中で知らない男と二人きりという状況は危ないのではないかと、ニコラの頭の中に警報が鳴り響いた。 「このポーチには魔法がかかっていて、中に色々と収納できるんです。見ていてください」  ラウロがポーチの中に手を差し込むと、中から出てきたのは肉塊だった。それは到底ポーチの中に収まるような大きさではない。ニコラが呆気に取られているとラウロはポーチの中から次々と衣類や予備の武器たちを取り出した。 「空間魔法というのがかかっていまして、ある程度はこの中に仕舞うことができます。食材も入れておけば腐ることはないので重宝してるんですよ」 「そ、そんなすごい代物をどこで……?」 「昔、商人が譲ってくれました。このポーチの存在は誰にも言っていないので、主と俺の秘密に。今はもう奴隷の身ですので、こちらは主に渡しておきます」  そう言って、ラウロは不思議なポーチをニコラに渡した。  魔法が一般的ではないリンメロ王国に生まれたニコラは、ラウロの行動に驚かされるばかりだ。ラウロ自身がどこの国出身なのか分からないが、国が違えば文化も違うものだと目の当たりにした。 「そのポーチの中には、オメガ用の抑制剤もあります。必要であれば使ってください。念のため、どこかの町についたら追加で調達しましょう」 「……その必要はないかもしれません」 「必要ない、というと?」  ラウロの言う通り、ポーチの中にはオメガ用の抑制剤が入っていた。ニコラはポーチをぎゅっと握りしめ、思わず俯く。ラウロが不思議そうに見つめていて、ニコラは乾いた笑みを見せた。 「もう何年も、発情期が来ていません。だから多分、抑制剤はなくても大丈夫」 「だとしても、万が一ということもあります。主を襲わないと誓いますが、俺はアルファなので……お守りだと思って、すぐに取り出せるようにしていてください」  ニコラの発情期は、屋根裏部屋に閉じ込められてから数年後からぱたりと止まったのだ。医者にかかることもできなかったので、屋根裏部屋に放置されていたいくつかの本を読んで『きっとストレスだろう』という結論に至った。  かれこれ五年以上は発情期と無縁の生活を送ってきたので、これからもきっとそうだろう。もしウルガルの皇帝に嫁いでいたとしても、子供を宿すのは難しかったかもしれない。  定期的に侍女が抑制剤を部屋に運んできたが、中身を全部捨てて使ったフリをしていた。ニコラの兄であるアルディスやヴェインも知らないことなので、このことがバレたら「やっぱり役立たずだな」と言われ、殺される可能性もある。  そう考えるとやはり、ニコラはこのまま遠くに逃げない限り安全とは言えなかった。

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