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1 ディーウィット・アーベライン

 アーベライン王国の第二王子であるディーウィットには、王家に色濃く出る筈の特徴が出なかった。  燃えるような赤髪に、新緑の瞳。これが由緒正しい王家の血である証明となる。だが、ディーウィットの髪の色は白に近い金髪だった。瞳の色だけでも似通えばよかったが、残念ながら夜空のような濃紺をしており、こちらも王家の特徴は一切ない。  本来なら、王妃は不貞を疑われるところだった。だが、アーベライン王家の特徴を全て受け継ぐ双子の弟、デアーグを同時に産んだことで冤罪を免れる。  自分を守ってくれたのは第三王子のデアーグであり、危うく王妃の座から転落させるところだったのは第二王子のディーウィットだ。  ディーウィット自身に一切の咎はない。だが、王妃はデアーグばかりを可愛がり、兄のディーウィットのことは厭うようになっていった。  父である国王も、兄である王太子も、自分たちに似ていないディーウィットはいないが如く扱った。臣下の何名かは、過去にディーウィットと同じ特徴を持つ王族がいたと王家の系図と共に説明をした。だが、すでに心が離れた彼らの耳には届かなかった。  幼いディーウィットは家族の誰にも抱き締められることなく、不憫に思った乳母と僅かな忠臣の手によって育てられていった。  ◇  アーベライン王国は、小国ながらも豊かな国だった。  理由は、とある宝石が採れる為だ。  闇のような黒い石だが、光に翳すと中で白金色の粒が夜空の星のように光り輝く。通称『夜の光石』と呼ばれている宝石は、海を挟んだ向こう側で栄える帝国で人気を博し、高値で取引されていた。  国は豊かだ。だから金はいくらでもあるのだと言い、王家は湯水のように散財した。まともな国策はなく、金にものを言わせた場当たり的な対応ばかりだった。  それでも、『夜の光石』が潤沢に採掘できている間はよかった。場当たり的な対応でも、資金さえあればなんとかなっていたのだから。  だが、栄光はいつまでも続かないものだ。『夜の光石』に頼り切っていたアーベライン王国の経済には、陰りが見え始めていた。 「はあ!? こんなものは予算に入ってなかった筈だぞ!」  二十歳のディーウィットは、書類が山積みされた自身の執務机の上で頭を抱え、項垂れた。癖など一切つかない腰まである白金の長髪が、背中から前に滑り落ちていく。 「先日陛下が、お気に入りの歌姫に劇場を作ると約束をしたそうで」  答えたのは、紺色の髪をした騎士服の若い男だ。 「アルフォンス。約束をしたまでは百歩譲っていい。だが、何故施工が開始されている?」 「陛下が指示を出されていたそうです」 「なんてことだ……完全に予算外だぞ。こんなの無理に決まってるじゃないか」  ディーウィットが、深海より深そうな溜息を吐く。アルフォンスと呼ばれた男が、苦虫を噛み潰したような表情で返した。 「勿論、臣下の者も再三陛下を説得はしたのですが……」  ディーウィットは、今度は背もたれに背を預けて天を仰ぎ見る。派手な顔立ちの他の王家の者とは違い、穏やかで儚げと言われる顔立ちを、アルフォンスは心底申し訳なさそうな顔で見つめた。 「こちらでお止めすることができず、不甲斐ないです。誠に申し訳ございません」 「いや、アルフォンスのせいではないが……。頭が痛いな」  アルフォンスは、元はデアーグの護衛騎士として城に上がった者だ。デアーグは、見目麗しい男を周囲に侍らすことを好む。その為、騎士団の中でその精悍さと美貌から人気が高かったアルフォンスを、自身の護衛騎士として所望したのだ。  だが、アルフォンスは実直な男だった。これまでの人生で鍛錬しかしてこなかった男は、浮いた言葉のひとつも言えなかった。チヤホヤされることが当たり前になっていたデアーグは、「僕のことが嫌いなんでしょ! もういいもん!」とアルフォンスを放逐。  勅命で騎士団を辞めさせられ、訳の分からないまま護衛騎士も首になったアルフォンスを憐れんだディーウィットが、自分の護衛騎士兼事務官として拾い上げて現在に至る。  ディーウィットは別の資料に手を伸ばした。再び頭を抱える。 「……また採掘量が落ちたのか」 「ええ、残念ながら。北の鉱山は次々に廃坑に追い込まれています。あちこち掘り返した結果、落盤事故も多く発生しており、国として対応を求められていますが……」 「劇場なんて作ってる場合じゃないぞ」 「仰る通りです」  アルフォンスも溜息を吐いた。  これまで潤沢な資金のお陰で雑な国策でもなんとかなっていたが、ここ数年『夜の光石』の採掘量が徐々に落ち込んできている。執務を厭った国王並びに王太子が「なんとかしろ」とディーウィットに丸投げしてから、早五年。気付けば殆どの決裁をディーウィットが行うようになっていた。  まともな臣下はいるが、国王に擦り寄っておけば自身の利になるのが分かっている佞臣は、王家と一緒になってディーウィットを嘲笑うだけ。その中には外省の者もいて、自国に不利になるような雑な交渉を行っても、さも自分は素晴らしい交渉をしたと吹聴するような者ばかりだった。  このままでは、国は衰退の一途を辿るのは間違いない。  ディーウィットは自分で交渉を行うべく、世界の公用語である帝国語を学び、近隣諸国の言葉を学んでいった。国王と王太子はさすがに帝国語は最低限は扱えたが、なんせやる気がない。ディーウィットは寝る間も惜しんで必死に学び続けた。  その甲斐あって、赤字に転落しかけていた国家予算をようやくトントンまで持ってこられたのが、つい先日の話。そこに降って湧いた劇場建設の話に、ディーウィットは虚無感を覚えていた。  そんな時、執務室の扉が叩かれる。すぐさま、アルフォンスが応答した。 「なんだ」 「国王陛下より、ディーウィット殿下に今すぐ王の間に来るようにとのご命令です」 「……父上が?」  ディーウィットとアルフォンスは、顔を見合わせる。  常日頃、可能な限り顔を見せるなと言い渡されているディーウィットだ。国王の決裁が必要になる度に訪れていたら、玉璽を渡されて「それを渡すからいいだろう」と言われたくらいには厭われている。本来は国王しか触れることのできない玉璽を手にしたディーウィットは、自身の父親のあまりに低い管理意識にさすがに苦言を呈そうとし――やめた。言っても無駄なことは、もう分かっている。  だが、国王も自分たちが一方的にディーウィットを毛嫌いしていると周囲に思われるのは得策ではないと、どこかで理解しているのだろう。表向きは「ディーウィットの方が近寄って来ないのだ。反抗期が長引いていて困る」と言っているらしい。  ディーウィットとしても、政務が滞るのは不本意だ。その為、ごく一部の古くからの臣下しか知らない王家の真実は、一番近い部下のアルフォンスにも伏せたままでいた。  アルフォンスは実直で穿った考えを持たない人間なので、「金遣いの荒い家族と意見が対立している」と勝手に理解してくれているのが有り難い。 「……すぐにいくと伝えてくれ」 「は、畏まりました」  使いの者が立ち去ると、ディーウィットは執務で疲れ切った身体に鞭を打ち、立ち上がった。

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