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4 乗船

 ディーウィットが乗っているのは客船ではなく、貨物船だ。  帝国とアーべライン王国を往復する定期船で、月に二回の頻度で決められた港に寄港する決まりとなっている。  ディーウィットが佞臣によって手配された雇われ兵士数名と共にこの船に乗り込んだのは、命令からわずか十日後のことだった。なお、皇帝への親書を持った使者は、これのひとつ前の定期船に乗っている筈だ。  仮にも皇配にと望むのなら、帝国側からの迎えがあるのではないか。親書の返信を渡したのなら、返事を待ってから行動に移した方がいいのでは。そうは思ったが、父に「今すぐ旅立つのだ!」と命じられれば、従う他ない。  雇われ兵士らはいつ何時も見張りを怠らず、ディーウィットが甲板を散歩している間も、少し離れた後ろをついてきた。護衛という名のあからさまな監視だ。航路を半分過ぎたほどの時点で、ディーウィットはすでにうんざりしていた。  勿論、これが彼らの仕事なのは理解している。目を離した隙にディーウィットの身に何かあれば、彼らの命も危うくなるからだ。ディーウィットが辿り着かねば、代わりにデアーグが帝国に向かわねばならなくなる。王家がそれだけはなんとしてでも避けたいだろうことは、深く考えずとも分かっていた。  ただ、ディーウィット自身は、自暴自棄になったり世を儚んだりするつもりは毛頭なかった。国を守る為には、這ってでも帝国に辿り着く必要があるからだ。死んでいる場合ではない。だが、色素が薄い外見に、大して肉のついていない男にしては大分華奢な身体つきは、ディーウィットの意思に反して儚げに見えてしまうらしい。  雇われ兵士らに「間違っても死のうなどと考えないで下さいよ」と繰り返し言われる日々。その度に「僕は死ぬつもりなどない」と答えても、ちっとも信じている様子がないのが悔しい。  アルフォンスにも「振り返ったら消えてしまっているのではと恐ろしく感じることがあります」と言われたことはあったが、そこまで簡単に死にそうに見えるのか。納得がいかない。 「はあ……」  溜息を吐きつつ、甲板の縁までくる。腕を乗せて、風に靡く白金の髪を手に取った。  忌まわしい色だが、あえて伸ばし続けたのには理由がある、己に対する戒めの為だ。視界に入る度に、自分の命は人の手によって生かされたものなのだと思い出すことができるから。「思い出せ、忘れるな」という言葉が脳内に木霊していると、時には甘えて弱音を吐きたくなる心に鞭を打つことができた。  この色のせいで、何人もの人間が人生を狂わされた。その彼らに「強く生きて下さい」と言われたディーウィットの命は、ディーウィットのものであってディーウィットのものではない。だから死ねない。何があっても。  ……それにしても。  ディーウィットは背中に不躾な視線を感じ、今度は遠慮なく大きな溜息を吐く。  だからといって、何を言われても構わない訳ではない。 「見ろよ、あの後ろ姿。あんな華奢な腰で、好色と噂の皇帝のモンを受け入れられるのかねえ。段々と心配になってきたよ」 「確かに痩せすぎだな。しかし唆られる後ろ姿だ」 「だよなー。あーあの細い腰を掴んで腰振りてえー! 俺の手形をがっつり付けてえ!」 「馬鹿、声がでかい! 聞こえたらどうする!」  もうとっくに聞こえている。  離れているから聞こえていないと思っているのだろうが、風向きのせいで一語一句全部聞こえてくるのだ。見えないのをいいことに、ディーウィットは思い切り顔を顰めた。  最初はあそこまで露骨ではなかったが、彼らも慣れない船旅で欲求不満が溜まっているのかもしれない。少しずつディーウィットを見る目に妖しさが含まれるようになってきているのは、感じ取っていた。  風で服が身体に張り付く甲板に出たのは失敗だったかもしれない。だが、ただ部屋に引きこもっていても陰鬱としてくるだけなことも事実。  彼らは呑気に続ける。 「皇帝が羨ましいな」 「あー、俺も一度試させてもらいたかった……」 「駄目かな? 誘ったら案外いけないかな?」 「馬鹿! 聞こえたら拙いって言ってんだろうが!」  下卑た忍び笑いが聞こえてきた。「聞こえているぞ」と振り返ったら、彼らはどういう反応を示すのだろう。だが、そうすることでこちらから誘っていると思われたら拙いことになる。腹立たしいが、必要以上に彼らに近付くのは危険だった。あと半月ほどの我慢だと、やり過ごすことに決める。  再び意識を前方に向けた。  帝国と祖国を結ぶ定期船を設ける契約を、帝国だけに有利にならない条件で締結したのは過去の自分だ。  右も左も分からず、関税の掛け方から商談まで、必死で勉強して漕ぎ着けたものだけに、感慨もひとしおだった。  まさかその定期船で自分が運ばれることになるとは、思ってもみなかったが。 「……最後にいい経験ができたと思おう」  祖国に残せた自分の足跡。血の繋がった家族には感謝されずとも、自分を守り育ててくれた人々の足しになれたのなら本望だ。  ディーウィットは瞼を閉じると海風の香りを鼻腔いっぱいに吸い込み、兵士らが「風邪を引きます。戻りましょう」と声をかけてくるまで、その場に佇み続けた。

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