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23 首長

 ディーウィットの靴を用意するとは、なんとキーニが作るという意味だったらしい。  分厚い革をどこかから調達してくると、ディーウィットの足の形に合わせて型を取り、切り取り縫い合わせていく。あまりに鮮やかな手つきに、ディーウィットは目を丸くして見ていることしかできなかった。 「履いてみろ」 「は、はい」  自分で履く前にキーニの手が伸びてきて、膝下までの長靴を履かされる。長さがあるのは、背の高い草木の中を歩くからだそうだ。ぎゅ、ぎゅ、と指で隙間を押された。革は分厚くはあるが、意外と柔らかいものだ。 「問題ないか?」 「はい」  キーニの器用さに感心しながら頷いていると、何やら出入り口の方が騒がしくなってくる。キーニとディーウィットが同時に振り返ると、ひょっこりと顔を覗かせた人物がいた。 「キーニ?」  キーニにどことなく雰囲気が似通う、キリリとした印象の中年女性だ。鮮やかで細やかな模様の服を纏い、額からはディーウィット同様額飾りをぶら下げている。もしやキーニの母親だろうかとディーウィットが慌てて居住まいを正そうとすると。 「……『ムウェ・ラデ』!」  キャー! と口を押さえながら興奮気味に近付いてきた女性の勢いに負け、ディーウィットは後ろにひっくり返りそうになった。 「ディト、危ない」  キーニはひょいとディーウィットを持ち上げ自分の胡座の上に乗せると、女性に向かって責めるような声色で言う。 「◇▲※■!」  すると次に顔を覗かせたのは、厳つい顔立ちの大柄な中年男性だった。こちらはキーニと同様下半身に布を巻き付け、更に別の大判の布を肩から斜めがけにしている。幾つもの石が連なった、重そうな首飾りを首からぶら下げていた。男性の目が大きく見開かれる。 「『ムウェ・ラデ』……!」  こちらもだ。庇護される者という意味ではないのだろうか。違和感を覚え、キーニに尋ねた。 「あの、キーニ。お二人とも僕を見て『ムウェ・ラデ』と言うのは」  途端、キーニが苦虫を噛み潰したような顔になる。じろりと恐らくは両親である二人を睨みつけると、早口で告げる。 「◎▼♪■※、△◇◯◎!」  何を言っているかさっぱり分からないので、ディーウィットは雰囲気と口調や反応で推測するしかない。キーニの言葉に女性の方はとにかくはしゃいでおり、男性の方は腕組みをし唸っている。暫くして男性がこくんと頷くと、ようやくキーニが状況を説明し始めた。 「ディト、紹介する。この二人は俺の父と母だ」 「あっ、はい!」  ディーウィットが慌てて立ち上がると、二人が寄ってくる。キーニの母親はディーウィットの両腕に触れると、片言の帝国語で言った。 「ナマエ、ナニ?」 「あ、ディーウィットと申します! 息子さんには大変お世話になりまして……っ」 「ディーットモ、ウチノムスコヨ!」 「え? あ、あの」  きゅ、と小さな身体で腕ごと抱きつかれたディーウィットは、どうしていいか分からず固まる。すると父親の方が母親の肩に手を置いた後、ディーウィットを見下ろしながら言った。 「帝国とはかなり勝手が違うから戸惑うことも多かっただろう。それにしても、他人に興味を示さなかった男がこれほど入れ込むとはな」  父親の方は、流暢な帝国語を喋った。それにしても、他人に興味を示さない? 一体誰の話だろうか。 「父様」  キーニが注意を促すように短く呼ぶ。すると父親は厳つい顔をくしゃりとさせ、豪快に笑い始めたじゃないか。 「ははは! 分かった分かった、そう睨むな!」 「あ、あの……」  全く以て状況が理解できない。ディーウィットがキーニと父親の方を交互に見ていると、キーニが腕の中にディーウィットを引き込んだ。 「ディトと二人、明日帝都に向けて出発する」 「そうか、リャナンにたまには顔を見せろと伝えてくれ」 「分かった」  男同士頷き合う。父親と母親の二人は「では少し休んでくる。また後ほど」と言って居間から出ていってしまった。  ぽかんとしながら、ディーウィットは掠れ声でディーウィットを繋ぎ止めている人物に向かって問う。 「あの……二人ってどういうことですか?」  キーニが思い切り眉根を寄せた。 「どうもこうも、お前ひとりではジュ・アルズを抜けることは叶わない。俺が共に行く以外辿り着く方法はないぞ」 「え、ええっ!? でもそんな、何から何までお世話になる訳には……っ」  ひとりで見知らぬ土地を進まなければならない不安は勿論あった。だが、これ以上キーニの手を煩わせてしまっていい訳がない。 「お前は俺の『ムウェ・ラデ』だ。俺が行くのは当然のことだ」 「ですからその『ムウェ・ラデ』とは」  ディーウィットの質問に、キーニはやはりフッと目を逸らす。どうしても言いたくないらしい。  ぎゅうう、とキーニの腕に力が込められていく。 「俺も用事がある。先程父様が言っていたリャナンとは、帝都に嫁いだ俺の姉のことだ。あいつに、というよりあいつの夫に会ってしなければならないことがあるから問題ない」 「キーニ、でも」 「反論は受け付けない。この話はこれまでだ。若しくは行くのをやめるか?」 「それは……っ」  行き方を教えて貰えなければ、自分ひとりの力で帝都まで辿り着くのは実際問題不可能に近い。  キーニが、ディーウィットの肩に顔を埋める。 「ディト、俺を頼れ」  どうしてこの人は、ここまでしてくれるのだろう。キーニからしたら、ジュ・アルズのことを何も知らない、何もできないひ弱な侵入者でしかないだろうに。 「ディト、俺を頼ると言え」  耳元で苦しそうな声で囁かれ、ディーウィットは泣きたい気持ちでいっぱいになってしまった。この男は、どこまでも深く優しい。これ以上彼に頼ったら、離れる時に身を引き裂かれるほどの痛みを覚えてしまう。それが何よりも恐ろしかった。  だがこうなってしまった以上、ディーウィットに選択肢は残されていない。  せめてこれ以上好きにならないようにしたいと願いながら、手はディーウィットの思いとは裏腹にキーニの背中に回されていく。苦しいほどに抱き締められる幸せに、泣きそうになった。 「……キーニ。あなたを頼らせて下さい」  涙声にならないよう、必死に感情を抑えながら口にする。 「よく言えたディト、俺の『ムウェ・ラデ』……ッ」  キーニは幸せそうな溜息を吐いたが、それに対しディーウィットは何も答えることができなかった。

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