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45 『ジュ・アルズ』
その後。
キーニの膝の上で皇帝や皇后と会合するというなんの刑罰かと思う出来事もあったが、皇帝との今後のアーベラインについての話し合いは滞りなく終了した。
皇帝の命令で帝都に留め置かれていたアルフォンスも皇帝と会談し、帝国の宰相の下にいる優秀な人材を貸してもらえることになった。勿論、アーベライン国王が抵抗できないよう、これまで見逃していた様々な案件を差し押さえ、言うことを聞かねば国として終わるところまで手を回してからである。
つくづく帝国に逆らわなくてよかったと、ディーウィットは心から安堵した。
デアーグだが、最初は皇配になることを諦めていなかった。だが皇后リャナンがデアーグの話を聞いたことで、是非デアーグの性根を叩き直したいと目を輝かせてしまう。
キーニが「お前の弟が精神崩壊しないことを願おう」と真顔で言っていたのに対し、ディーウィットは引き攣り笑いを返すことしかできなかった。
デアーグの滞留が決まり、アルフォンスの帰国の日程も出たところで、ディーウィットは渡しそびれていた手紙をようやくアルフォンスに渡すことができた。
乗船前の港で、晴れ晴れとした笑顔のアルフォンスがディーウィットに向かい深々と頭を下げる。
「ディーウィット殿下、見ていて下さい。私はこの先、殿下が案じられていたアーベラインの未来を必ず明るいものにしてみせますから」
「うん。期待してるよアルフォンス」
固い握手を交わす。ディーウィットは手を離そうと力を抜いたが、アルフォンスはがっしりと握ったまま離そうとしてくれない。
「ア、アルフォンス?」
最後に二人で別れの挨拶をしたいというディーウィットの願いを渋々聞き入れ、少し後ろで見守ってくれているキーニの視線が、背中に突き刺さっているのを感じる。
アルフォンスは満面の笑みを浮かべた。
「ディーウィット殿下。もしキーニ殿の束縛に耐えられなくなりましたら、すぐにご相談下さい。私はいつでもディーウィット殿下を受け入れる準備は整えておきますから」
「! ディト! その男から今すぐ離れろ!」
背後から飛んできたキーニが、眦を吊り上げる。
ディーウィットはクスクスと笑いながら、もう片方の手でアルフォンスの手をゆっくりと引き剥がした。
「アルフォンス。僕はこの人を愛しているんだ。だから僕はもう大丈夫。君は君の幸せを見つけて欲しい」
アルフォンスは目を見開いた後、眉尻を垂らしながら苦笑する。
「殿下に屈託のない笑いをさせてくれるのは彼なんだってことが、今のでよく分かりました」
「うん。彼は僕の太陽――『ジュ・アルズ』だから」
「ディト、嬉しいことを言ってくれる」
即答するディーウィットに、キーニが後ろから羽交い締めにしてこめかみにキスを落とした。キーニは、アルフォンスを見てにやりと笑う。
「安心しろ。ディトは俺が一生大事にするからな」
「――殿下のことをよろしくお願い致します」
アルフォンスが涙を滲ませながら、同じく笑顔で頷いた。
「では殿下。またいつかお会いしましょう。それまでお元気で」
「うん、アルフォンスもね」
アルフォンスは一礼すると、その後は一度も振り返ることなく、定期船の中に消えていった。
船がゆったりとした速度で出航する。
全身に浴びる海風は冷たいものだが、ディーウィットを包みこむキーニの体温はいつだってディーウィットを温めてくれるからちっとも寒くない。
やがて船影が水面の向こうに消えると、ディーウィットは顔を仰け反らせ愛する伴侶を見つめた。キーニは、いつもと変わらない熱を帯びた目でディーウィットを見つめ返している。
ディーウィットはもう自分の色が嫌いではなくなった。何故なら、愛するキーニが好む色だからだ。あんなにも厭っていた色は、今では大好きな色になった。
「キーニ、僕、貴方と出会えて幸せです」
キーニが男臭く笑う。
「死ぬ瞬間も同じことを思えるよう、全身全霊で愛そう。約束だ、俺の『ムウェ・ラデ』」
「……はい」
二人はどちらからともなく顔を近付けると、優しい口づけを交わしたのだった。
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