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第10話

 結局、買うものはすべてロイが決め、デパートでの買い物は終了した。  そして次は昼食を食べに行くということでまた車に戻された。  ルーカスは疲労困憊していた。街を見に行きたいと言い出したのは自分であるが、ルーカスの考えを越えたものばかりを見せられていた。  車はルーカスをカルヴァの東に連れて行った。議事堂があったあたりとは違い、そこはもともと商社ビルが建ちならんでいた場所であるが、いまは保護政府の総司令部が置かれ、ダン帝国の旗が至る所に掲げられていた。  車は減速し、ひとつの建物の前につくられた小さな噴水を回り、入り口につくられた屋根の下に停車した。  ロイは素早く車を降り、代わりに乗り込んできたのは軍服を着たバートンだった。  ルーカスは目を見開いた。 「え……?」  バートンは唇で弧を描いて言う。 「そこのレストランに食事を用意させているよ」 「仕事……は?」  ルーカスの問いにバートンはため息をついた。 「どんなに忙しくとも、食事を摂る権利くらいはあるさ」  バートンは今日も美しい。  しかし、その顔には疲労の陰が濃い。ここのところ、彼は邸宅にも戻れないほどの激務をこなしているのだ。彼はもう一度ため息をついたあと、ルーカスの肩に手をまわして引き寄せた。 「まして、生き別れていた息子と水入らずで食事を摂る権利くらいあるはずだ。行こうか。ダン帝国から鶏肉を仕入れさせたんだ」  ルーカスはおそるおそる目だけを動かしてバートンを見た。漆黒の軍服の胸元には金色の階級章が付いている。軍事に疎いルーカスであっても、それが立派な階級を示すものであろうことはわかった。いよいよ、この国の支配者がバートンであると思い知る。  ルーカスの背中に冷たいものが走った。  車はまた小さな噴水を回って大通りに出た。昼時である。大通り沿いの食事処に漆黒の軍服が列をなしている。彼らは一様に健康そうで逞しい肉体をもっている。  ルーカスが目を落とすと、自分の手が見えた。カルヴァに来て12日が経った。  毎日3食饗される日々はルーカスの手を痩せた孤児のそれから変貌させていた。ルーカスはしばしその手が自分のものであると信じられなかった。肉がついたそれは血色がいい。  靴磨きの薬でいつも皮がむけて赤くただれていたが、いまはそれも使用人が献身的に手入れをしてくれたおかげで治ってしまっていた。  ルーカスはデパートの支配人の痩せた顔を思い出した。そして、また大通りにいる軍人たちを見た。  ルーカスの額にどっと汗が吹き出した。  食事はカルヴァが一望できる9階に用意されていた。  サラダ、鶏肉のソテーと海老のスープ、ナピの香草焼き、そしてパンが並んでいる。  バートンはそれらを食べ終えると料理人を呼んでさらに卵料理とフルーツを運ばせた。  彼はそのすらりとした体格からは想像できないくらい大食漢のようだった。  ルーカスはあまり食欲がなかった。とはいえ、残すというのも失礼だと思い、必死に噛んで飲み込んだ。カントット人の料理人が作ったらしいそれらはルーカスの舌によく馴染んだ。しかし、ルーカスの脳裏にはずっと罪の意識があった。  ずらりと並んだ料理。これはいま飢えと貧困に苦しむカントット人の食事ではない。  ルーカスはバートンの迎えを受けてからというもの、まともな食事にありついたことで腹が満たされていた。  腹が満たされると、頭がまわりはじめる。いまルーカスは冷静に自身のおかれた立場を俯瞰していた。  呆れるくらいたっぷりの食事に、甘いお菓子、やわらかい衣服と、ダン帝国人の使用人。ルーカスは与えられたそれらが怖くなっていた。この生活は、ほんとうにルーカスが享受していいものなのだろうか。  ルーカスはつぶやいた。 「僕、カントット人なのに……こんなのって……」  そのつぶやきをバートンは聞き逃さなかった。バートンは尋ねた。 「料理が口にあわないかい?」 「そういうわけでは……ないんですけど……」  ルーカスは覚悟を決めた。彼は強く言った。 「僕、村に戻ろうと思うんです」 「なぜ?」 「……僕は……」  ルーカスは大きく息を吐いた。 「せっかくですけど……僕は……カントット人です。それに、父親はノウだけです」  ルーカスは間髪を入れずに続けた。 「せっかくよくしてくれているのに、ごめんなさい」  沈黙が落ちた。すがすがしいほどの青が窓の外に広がっている。ルーカスはぐっと顔をあげてバートンを見続けた。  バートンは小首をかしげた。 「なにか思うところがあるのかい?」 「ごめんなさい」 「謝罪させたいわけじゃないんだ」 「僕はあなたを親だと思えません」  バートンは冷静だった。彼はテーブルに両肘をついて指を組み、その上に顎を乗せた。 「それでもいい。君はいま一人で暮らしているんだろう? 保護する者が必要だ」 「でも、もう十八歳です」 「十八歳はまだ子どもだ」 「カントット国の徴兵は十八歳からでした」 「それは非常時だからさ」  バートンの声音は低く、落ち着いた響きをしていた。  決して彼はルーカスを責めない。  ルーカスは言葉に詰まった。  バートンは畳みかけるように言った。 「私のところにいなさい。欲しいものがあるなら用意させよう。私にいままでの埋め合わせをさせてくれ。……私を助けると思って」  バートンはまだ何か言いたそうにしていたが、彼の副官らしい軍人がやってきて、バートンはため息をついて仕事に戻っていった。  ルーカスは彼が去ったあと、胸を抑えた。そこには痛みがあった。

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