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プロローグ

 俺は転生者だ。  どうやって転生したのかはまったくわからない。気が付いたらこの世界でぽけーっと天井を見上げていた。俺は身に降りかかった不思議に驚いて、思うように動かない小さな手足を懸命に動かした。しかし、その動作は新しい両親にミルクとおむつの催促だと勘違いされただけだった。  そう、俺は赤ん坊になっていたのだ。  俺は小さくなった頭をひねって、前世の記憶をたどった。  俺は平凡なサラリーマンだった。エリートでもなく、落ちこぼれでもなかった。もちろん、転生させてくれるような神さまと知り合いでもない。ただ、歩いているところにトラックが突っ込んできたことだけは覚えている。  俺はしばしトラックにぶつかったあとのことを思い出そうと頭を捻ってみたが、その先のことはわからなかった。  どうすることもできなくて、俺は新しい両親を観察した。母はピンク髪のかわいい系である。対照的に、俺の父は地味な顔立ちをしている。  俺はこの両極端な両親を見て心の中でガッツポーズをした。  ——これは、いわゆるハーレムの世界に転生したのでは……?  ピンク髪のかわいい女と地味な男の組み合わせ。日本ではありえない夫婦。つまり、そういう世界と相場が決まっているのだ。平均的な日本人ならみんな知っていることだ。  駄目押しのように、母は毎日、俺のミルクを間違えたり、何もないところですっ転んだりする。彼女は忙しく表情をくるくると変え、ばたばたと走り回る。ドジっ子にちがいない。  父はそんな母をあきれながら見守っている。やれやれ無自覚系にちがいない。  ゲンセンという場所に住んでいるらしいこの夫婦の家には次々と美男美女がやってくる。  彼らは両親にそれぞれ粉をまいていく。  俺は俺の予想が正しいと確信した。  俺はほくそ笑んだ。  これから始まる俺のハーレム物語が楽しみで仕方なかった。  ある日、俺がいつものごとく仰向きで寝かされていると、精霊がこちらを覗き込んできた。精霊というのは魔族の中で一番厄介な種類だ。彼らは人間をからかうのが好きで、この世界の人間社会において奇怪な出来事があったとすると、だいたいがこの精霊たちの仕業だという話だ。しかし、このときの俺はそのようなことを知る由もない。  精霊というものは美しい人間の男の姿をしている。その姿で人間たちを油断させるのだ。  俺の目の前に現れた精霊も例にもれず、美しい紫の瞳に銀の髪をしていた。彼の整った鼻筋を月の光が滑り落ちていく。  俺は多くの人間がそうだったように、精霊に心を開いた。俺はふにゃふにゃと赤ん坊らしい笑みを浮かべて、目の前の銀髪に手を伸ばした。 「……」  精霊はその美しい紫の水晶体いっぱいに俺の黒い瞳と黒い髪を映した。 「だぁ!」  俺が声を上げると、精霊ははっと顔を上げてあたりを見回した。そして、俺の両親が駆けつけてくる気配がないのを察すると、おそるおそる両手を伸ばし、俺の小さな体を抱きあげた。  赤ん坊とは妙な生き物で、腹が満たされているときに抱きあげられると笑わずにはいられないのだ。  きゃっきゃと声を上げる俺に、精霊が笑いかける。俺は美丈夫の胸に抱かれてご機嫌だった。  彼は俺を連れて家の外に出る。月夜だった。風が心地よく吹いている。俺はゆるゆると瞳を閉じた。  こうして俺は精霊に誘拐された。

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