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第9話
樹木園とはその名の通り樹木を集めた庭園である。
ただの庭園と違う点は、それが景観を目的としていない点である。
樹木園はさまざまな地域の樹木が集められ、それを所有する貴族の地位を誇示する役割を持っているのだ。
シャテニエ家が所有している樹木園はグランド・ブリエールと名付けられている。
ここには国中、世界中から集めた三十種類以上の樹木が並べられている。これはフラヌ国において二十本の指に入るほど大規模なものである――。
という話をティユルから聞かされて、俺はすくみ上った。
「え、もしかして、その世界中から集めた木の世話を、俺がするの……?」
ティユルは眉根をきゅっと寄せた。
「……お前が自分でそう言ったんだろう!?」
「それはそうだけど。え、大丈夫かな?」
「知らないよ!」
場所は俺が新しく与えられた使用人用の階下の部屋である。小さい部屋だが、豪奢な部屋よりも居心地がいい。
ティユルはベッドにシーツをかけたり、クローゼットに使用人の服を入れたりと手伝ってくれている。
甲斐甲斐しいのは相変わらずであるが、彼の言葉遣いはすっかり砕けている。これもこちらの方が心地いい。何事も分相応が大事なのだ。
俺は尋ねる。
「樹木園の木って、どこの国から来た木なの?」
「いろいろだよ。エンや、バーミーや、それからインレンや……」
「へえ。聞いたことない国ばっかりだ」
「それはそうでしょ。海の向こうの国々だよ。船で運ばれて来たんだから。庶民とは縁のない国だよ」
「ふうん」
聞きながら、俺は少しだけ心配になった。
「それってさ、違う言葉を話したり、違う文化だったりするんだよね?」
「は? それはそうでしょ」
「大丈夫かな……」
「知らないよ!」
俺はひそかにため息をついた。エラーブルにもらった力で木との会話ができるようになったが、果たしてそれは外国の木にも通用するのだろうか。
――もし違う言葉を話したらどうしよう……。
俺の心配をよそに、ティユルは手を叩いて話を進める。
「これで部屋は整ったね。あと足りないものは給金で買うんだよ」
「う、うん」
部屋に入る前に俺は使用人の契約書にサインをしていた。それによると、俺は月に五〇〇〇ドンを受け取ることになるらしい。これはいままでの俺の毎月の収入のおよそ二倍にあたる。
「隣は僕の部屋だから、何かあったら来なよ」
「ありがとう」
「じゃあ、あとは樹木園に案内するよ」
「うん」
彼は歩き出す。俺はその後ろについていく。彼のひとつにまとめた赤毛の毛束が左右に揺れる。
俺は尋ねた。
「ティユルって、何歳?」
「二十歳」
「同い年だ。いつからこの城にいるんだ?」
「代々シャテニエ家に仕えている」
「ふうん」
今後はティユルが質問する番だ。
「どこで庭師の知識を得たのさ?」
「え~っと、生きていたらなんとなく?」
俺が答えると、ティユルはため息をついた。
「また領主様は変なのを連れてきたな……」
「へ、変なのって」
「変なのだろ……。あの方の趣味なのさ。変なのを拾ってくるのが」
ティユルは生真面目な顔でまたため息をついた。
ティユルに案内されて俺は樹木園に足を踏み入れた。
そこは庭園と呼ぶには広すぎ、森と呼ぶには整然としすぎていた。青空に映える青々とした芝生に、その中を抜ける煉瓦の小道。さまざまな形の木々にはひとつひとつに看板が立てられている。入口の横には井戸も用意されている。雨がない時期はここから水をやるのだろう。
「シャテニエ家の権威を誇る、大事な樹木園だよ」
ティユルは念を押すように言う。
一歩足を踏み入れる。右も左も見たことのない木だ。その木が見たことのない枝を伸ばし、見たことのない葉を広げ、見たことのない形の影を落とす。
俺はあっけにとられた。
「知らない木ばっかり……」
「昨夜、勝手に侵入したんだろう?」
「うえ……あ、え、まあ、そうだけど」
そういうことになっている。俺はひらきっぱなしになりそうな口に力をいれる。あっけにとられていてはいけないのであった。
俺はもう知っているけど念のため、といった様子で木々を見て回る。若木が多かった。一番大きなものでも肩ほどの高さだ。ここに植樹されたばかりなのだろう。
俺は言った。
「やっぱり、広いな」
「ええ。最奥にはパメラの木がある。エンの国から来た希少な木だ。この国に一本しかない」
「へええー」
ティユルに示されたそこにあったのは、不思議な形をした木だった。太くて膨らんだ幹に、傘のように広がった枝。葉はほとんどついていない。
「こんな木が、この世界にあるのか……」
もう何から驚けばいいのかわからない。知らない国に、知らない木。
「これが、新しい時代、かあ」
オルム様の言葉が蘇る。新しい時代。海の向こうの国では鉄の塊が地面を走っているのだとか。
「すごいな」
俺はしみじみと言った。
その時。
「いい迷惑だ。引っこ抜かれてここに連れてこられた者たちの身にもなってみろ」
その場にふさわしくない悪態が聞こえた。勢いよく振り返ると、そこには緑の麗人が立っていた。
「えらっ……」
――エラーブル!
俺は出かかった言葉をなんとか飲み込む。突然振り返った俺を、ティユルが怪訝そうに見ている。
俺は呼吸を整えてエラーブルを睨みつける。もちろん伝えたいのは文句だ。
――どこに行ったかと思ったら……。
俺のいかにも不満です、という視線を受けても、エラーブルは涼しい顔だ。
彼は満足そうに笑う。
「うまくやったではないか。庭師になれたようだな」
「……」
「それで? 領主に仕えられた気分はどうだ? 私に感謝しただろう? ん?」
「う、うぅ……」
言いたい。文句を。いっぱい言いたい。
しかしいまはティユルがいる。俺はぐっとこぶしを握った。
「ティユル、もう俺ひとりで大丈夫だよ」
「え?」
「いまから順番に木を見て回るよ!」
「でも……」
「お、俺! 仕事はひとりでやらないと落ち着かない派なんだ!」
「……必要なものがあったら言えよ」
「はい! じゃっ!」
ティユルに手を振り、俺は脱兎のごとく駆けて樹木園の茂みの中に飛び込む。
ティユルが去っていくのを確認すると、俺はようやくため込んだ言葉を吐き出した。
「エラーブル!」
「うるさい。また不審がられるぞ」
「ここで何してるんだよ! というか、なんでずっといないんだよ!」
エラーブルは小首をかしげる。
「指示は済ませただろう。付き添いが必要な歳ではあるまい」
「そうだけど! いや! 付き添いは必要だろ! 俺は樹木園だとか見たこともなかったのに無理な嘘をつかせて……!」
「駒に私が張り付いていたら意味がないだろう。うまくいったことをうじうじと言うな」
「お前なあっ……!」
「それで? 領主とはなにかしてきたのか? 逢瀬の約束くらいしたのだろう?」
「おおおおお逢瀬!? オルム様と!? そんなのしたら死んじゃうよ!」
「……人選を間違えたやもしれぬ……ウサギのように万年発情しおって……」
俺がまだ文句を続けようとしたとき、第三者の声が割り入った。
『威勢のいい眷属だね』
「……あ」
顔を上げる。パメラの木だ。太くて膨らんだ幹。その中ほどに例のごとく口が浮かびあがっている。
『人間の眷属を見たのははじめてだよ……よろしくね、人間』
「……よ、よろしく」
パメラの木は上機嫌で話し出す。
『エラーブル様、この人間が助けてくれるの?』
「ああ、そうだ。もう心配いらない」
エラーブルは慈愛に満ちた顔で答え、いつくしむようにパメラの木を撫でた。
彼は今度は俺に向かって言う。
「先にここの木々と会話していた」
怒りの勢いを失った俺は、仕方なく彼の会話にのった。
「……話せるみたいでよかったよ。よその国から来た木らしいから心配していたんだ」
「話せるに決まっているだろう。国境だのなんだのというのは人間が決めたものだ。……我々には関係ない」
「そっか。それで? なんて言ってた? ここの木って元気ないんだよね?」
樹木園の木々を見渡す。言われてみれば、新緑の季節だというのにどの木も緑が少ない。
「俺は何をすればいいの?」
俺は尋ねる。しかし、エラーブルはそれには答えなかった。彼はさっと俺に背を向けた。
「……私はこれからやるべきことが見つかった」
「え?」
「ここは貴様に任せる。助けてやれ。そう大変な仕事ではない」
「ええ!? そんな無茶な!」
俺の切実な叫びを無視して、エラーブルは霞のごとく消えてしまった。
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