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第13話

 本の虫、もとい、司書・ノワイエは知識欲の塊のような人物であるらしい。  彼はさんざん俺の持っている知識がほしいと捲し立てたあと、糸が切れたようにその場に座り込んだ。  そのとき向かいの部屋から物音が聞こえ、俺はあわてて呆然としている彼を連れて彼の部屋に入った。  上級使用人の部屋は俺に宛がわれた部屋よりも広かった。  家具もそれなりの質のものが置かれている。  本棚もある。そこにはノワイエが自費で集めているのであろう本がびっしりと並んでいた。  背表紙を見ると、自然科学から文学まで幅広く読んでいるようだ。  しばらくすると彼は正気に戻り、そして俺への非礼を詫びた。 「すまない、どうかしていた」  見事に直角に腰を折るノワイエを前にして、俺はぶんぶんと首を横に振った。 「いえ……あの、ほんとうに気にしないでください」  エラーブルは後ろでぎゃんぎゃんと吠える。 「いや! 気にさせろ! 謝罪させろ! 書庫の鍵を渡さなければ許さない、と言え! 罪悪感を抱かせるためにいま泣け!」 「んな無茶な!」  思わずつっこむ。虚空に向けていきなりつっこみをいれた俺を見てノワイエが目を丸くしている。俺は咳ばらいをしてごまかした。  ――そういう計画かよっ。  【罪悪感を利用する女狐大作戦】、ほんとうに碌でもない作戦だ。  俺は内心悪態をつきながら、しかし彼の計画を進めるためにつらつらと嘘を並べたてた。 「……あの、夜更けに訪問してすみません。その、ティユルから、あなたが植物図鑑を持っていると伺って……お借りできないか相談したかったのです」 「あ、ああ……」  ノワイエは立ち上がって、本棚から一冊の本を取り出した。その本を俺に差し出す。 「これのことかい?」 「あ、はい」  その表紙にはたしかに【植物図鑑】とある。 「持っていくといい」 「いいんですか?」 「本は読むためのものだ。並べておくものではない」  そう言って、彼は黙った。俺は植物図鑑を受け取った。  沈黙が落ちる。  ノワイエはしんみりとしている。俺に対して罪悪感を抱いているのかもしれない。  エラーブルのせいとはいえ、申し訳ないことをしてしまった。  俺としてはさっさとこの暗い雰囲気の部屋から逃げたいのだが。 「行け! 泣け! めーぎーつーね!」  俺の後ろでエラーブルが謎の応援歌を歌っているから、そうすることができない。  俺はため息をついた。  ――申し訳ないが、計画通りに彼の罪悪感を利用させてもらおう。  なんだかこちらまで罪悪感を覚えてしまう。いや、利用という言葉が悪い。  ――森を救うためだ。「協力」してもらおう。  うん、許される気がするぞ。  俺はおずおずと口を開いた。 「その、さっき、本を書かないかとおっしゃってくださいましたけど」 「ああ……すまない、ほんとうに。酒を飲んでいたわけでもないのに……」 「書いてみてもいいですか?」 「え?」 「その、たしかに、俺があの樹木園でお世話した内容とか、記録しておけたらいいなあって。そしたら、俺以外の人もお世話できるようになりますしね」 「……それは、とてもいい案だ」 「ですよね! その、それで……」  俺は唾をごくりと飲み込んだ。そして切り出す。 「本を書く場所として、書庫をお借りできませんか? 俺の部屋は狭いですし、できれば調べものをしながら書きたいのですけど……」  ノワイエは眉をひそめた。 「……書庫は領主様のものだから、私の一存では……」 「で、ですよねー……」  俺はあっさり引き下がる。ほら、やっぱり駄目だっただろう、とエラーブルに目線を送る。すると。  ――やばい。  エラーブルはまた人差し指を立てている。またやる気だ。  俺は息を止めた。  しかし、エラーブルが指を振るより先に、ノワイエが言った。 「でも、領主様に相談してみよう。あなたは読書家のようだからね」 「は、はい! よかった! ほんとうに!」  俺は大きくうなずいた。そして彼に貸してもらった植物図鑑を抱きしめる。  ちなみに俺は、本に触れるのはこれが人生初である。

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