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第16話

 領民にはさまざまな税が課せられている。まずは成人ひとりひとりに課せられる「人頭税」、小麦などの収穫物の一割を収める「十分の一税」、結婚の許可を得る「結婚税」、成人が死んだ場合にその人物が所有していた家畜を一頭領主に差し出すという「死亡税」、そして残った家畜を相続する者がいる場合は「相続税」を支払わなくてはならない。  さらに共有林――この領地ではディヌプの森――の木を切る「伐採権」、森で家畜を放牧してどんぐりなどを食べさせる「放牧権」などの権利は特別税を納めなくては得られない。  税は金や家畜だけでなく、労働でも支払う必要がある。「賦役」と呼ばれるもので、農民は十日のうち二日は領主の所有する耕作地や公共事業での作業に従事することになっている。  オルム様が提案した保養院設立はこの公共事業にあたり、賦役に当たる農民の半分が保養院の整備の仕事をすることになった。  すぐに公示が出された。公示によると、指揮をとるのはエートル・シャテニエだ。オルム様の甥っ子である。彼はまだ十歳だ。成人前の貴族は人前にあまり出てこないので俺もよく知らないが――。  列をなして歩いているひとりの村人が言った。 「エートル様は先代によく似ていらっしゃるらしいぞ」  隣をあるく村人が相槌をうつ。 「へえ」 「金色の髪に緑の目だってさ」 「いかにもお貴族様って感じだな」 「シャテニエ家のご子息は代々金色の髪をしていたからな」 「オルム様もおきれいな顔立ちだが、髪色は母方の血だな」 「貴族らしくないのがあの方のいいところだ」 「エートル様は貴族らしい方なのかね」 「そうらしいぞ」  俺はこの村人たちの会話を木の陰で聞いていた。  季節はすっかり夏だ。俺は自分の家に置きっぱなしにしている夏の服をとりに戻ってきていた。その道中で村人たちがぞろぞろと歩いているのを見て、とっさに隠れてしまったのだ。  ――別に悪いことをしてたわけでもないけどさ。  春先に無理やり生贄に選ばれて死にかけたばかりである。なんとなく、まだ村人と顔を合わせたくなかった。  村人の足音が遠くなったのを確認してから、俺は道に戻る。 「なんだこそこそと。堂々としていればいいではないか」  隣でエラーブルが他人事のように言う。俺は彼を睨みつけた。 「うるさいなあ! だれのせいでこんなことになったと……!」  もとのもとをたどるなら、エラーブルが生贄など要求しなければよかったのだ。俺がぷりぷりと怒っていると、エラーブルはまた他人事のように言う。 「私は生贄など求めていないぞ。昔、一度だけ同じように森の危機があったときに人間の眷属がほしくて要求しただけだ。それ以降勝手に人間が捧げてきているだけだろう。まったく押しつけがましいことだ」 「え? そうなの?」 「家の玄関にいらないものを勝手に置いて行かれる身にもなってみろ」 「……たしかに迷惑かも。って! いらないものってなんだよ! 人の命だぞ!」  エラーブルはしれっと答える。 「いらないものはいらないものだ。置いていかれるたびに、仕方ないから森の反対側に逃がしていた」 「え? そうなの?」  ということは、生贄に捧げられた人は死んでいないということか。エラーブルはため息をついた。 「あたりまえだろう。貴様は玄関の前で子猫が死にかけていたら放っておくのか? 冷たい奴だ」 「うう……」  俺は言葉につまる。それは助けるだろうけどさ……! 「まあもっとも」とエラーブルは続ける。 「私が生贄を持ち去ってしまっていたせいで人間どもはもっと捧げなくてはと思うようになってしまったようだがな」 「え?」  エラーブルはじろりと俺を見る。 「そう領地の歴史書に書いてあっただろう。いっしょに読んだのに、もう忘れたのかこの鳥頭」 「だれが鳥頭だ!」  つっこんでから、あれ、と固まる。ということはつまり……? 「やっぱり俺が生贄になったのはエラーブルのせいじゃん!」  俺は叫んだ。エラーブルは他人事のように「知らん」と笑った。  家に戻って荷物をまとめる。ひさしぶりの我が家であったが、部屋の隅には埃がたまり、それだけでもう知らない家のように感じられた。  一通り夏物をまとめたあと、俺はふと顔をあげた。 「みんな、保養院の整備に行くんだな……」  保養院の整備は今日からはじまると聞いている。きっと初日はオルム様が来て村人たちに説明をしているはずだ。そしてもちろん、責任者に任命された彼の甥っ子も。  村人と顔を合わせたくない気持ちが半分、もう半分はオルム様の甥っ子を見てみたい気持ちが半分。その天秤は、後者に傾いた。 「ぜったいかわいいよな」  ちびっこオルム様を想像する。はい、かわいい。  エラーブルはあきれ顔だ。 「なんだ、浮気か」 「浮気も何もないだろ!」  そもそも俺とオルム様はそういう関係ではない。  俺は帽子をかぶった。こっそり甥っ子の姿を見に行くのだ。甥っ子はいつも城の奥から出てこない。出てきても、護衛や侍従にぐるりとかこまれている。これは貴重な機会だ。  保養院予定地へ歩き始めた俺の後ろを歩きながら、エラーブルは言う。 「とんでもないな、このむっつり!」 「ちがーう! なんでもかんでもそっちと結び付けて考えるなよ!」 「なにが違うんだ。どうせ甥を見て、幼き日の領主を想像してむふふとしたいだけだろうが。それをむっつりと言うのだ!」 「ぐ、ぐぐぐ」  図星をつかれて、俺は黙った。  こっそりと保養院予定地に行くと、そこにはその日作業にあたる農民が集まっていた。その中心にはやはり、オルム様の甥っ子――エートル・シャテニエがいた。彼は左右を侍女に囲まれ、さらにそのまわりを護衛の兵士に囲まれている。  俺は首を伸ばしてその姿を見た。十歳ということもあり、まだ小さく、頬は桃のようである。黄金を溶かしたような金色の髪に、宝石のような緑の目。高貴な血筋であることが、その所作一つ一つからにじみでているかのようだ。  農民たちはその小さな支配者に魅入った。少年は農民たちに保養院建築の意義を高らかに伝えている。幼いながら立派だ、シャテニエ領の未来は明るい、と農民たちは口々にほめたたえる。  しかし――。 「オルムには似ていないな」  俺は首を振った。エラーブルが反応する。 「好みではない、と」 「ちがーう! 相手は十歳だぞ! そんな話するな!」  俺はまた甥っ子を見た。くるくると渦巻く髪は豪華で、肌は突き抜けるように白い。 「いや、そりゃああの子はきれいな顔だと思うけどさ。うんうん。十年後が楽しみだよな」 「はあ、法律的に許されて見目麗しければ誰でもいいのか。とんだ尻軽だ」 「なんでだよ!」  まったく、エラーブルにつっこんでいたらきりがない。

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