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エピローグ

 オルム・シャテニエの名で発行された『シャテニエ号の航海日誌』と『シャテニエ冒険譚』、そして俺の名前で発行された異国の樹木図鑑『緑の指』は民衆の異国への興味関心の高まりと相まって飛ぶように売れた。  それだけでなく、シャテニエ領の活版印刷とそのインクの製造方法についての技術もオルム様は高値を付けて売りさばいた。 「簡単にまねできる技術だからな。ばれないうちに売ってしまおう」  と彼は言っていた。彼の考え通り、いろいろな領地で活版印刷、紙、インクの改良がはじまった。  こうした各地の動きにより、紙はどんどん安価に、そして本はどんどん身近になっていった。 「聞いたか? 王都の大学の学生はみな活版印刷された教科書を使うそうだぞ」 「へえ」 「どこの領地がその印刷をまかされたと思う?」 「まさか」 「シャテニエ領の未来は明るいらしいな?」  そんな話をしていると、オルム様の隣にいたエートルが唇をとがらせた。 「今日は結婚式だというのに、なんでそんな話をしていらっしゃるんですか」  そう、今日は結婚式だ。もちろん、俺とオルム様の。俺たちは教会で誓いを済ませて、披露宴会場として用意された広場の主賓席に並んで座っていた。  席順は右から、付添人のエートル、オルム様、俺、そして、付添人のエラーブルだ。エラーブルの姿はふつうの人には見えないだろうが、それでも俺とオルム様にさえ見えればいいのである。なんたって、今日の主役は俺たちなのだから。  エラーブルは「二〇〇〇年生きたが、人間の結婚式に呼ばれたのははじめてだ」と感慨深そうにしていた。  オルム様が言った。 「そうだな。今日は硬い話はなしだ」  オルム様が立ち上がり、グラスを掲げる。 「今日はみんな楽しんでいってくれ」  彼の乾杯という言葉と同時に、高らかに音楽隊が旋律を奏でだした。  秋の涼しいが吹いている。木々はおだやかに揺れ、時に歌う。  幸せな光景だった。  広場の中心で、ソールとティユルが踊っている。ノワイエは端の方に立ってにこやかにお酒を飲んでいる。プラターヌ医師はもう泥酔してテーブルにつっぷしている。招待された村人たちは豪華な食事に目を丸くしている。  俺はまぶしさに目を細めた。こんな日を迎えられるなど、この春には想像していなかった。  ――それもこれもオルム様と……エラーブルのおかげだな。  俺は隣を振り仰いだ。 「エラーブル、結婚式は、どう? 楽しんでる?」  エラーブルは物珍し気に広場で踊り歌い食べる人々を眺めていた。 「エラーブルも踊る?」と誘うが、「いや、いい」と彼は首を振る。  彼はちらと俺を見て、それから目をそらして言った。 「ああそうだった。おめでとう、とだけ言っておこう。結婚とは、めでたいことなのだろう、人間にとって。理解に苦しむが」 「おめでとう、だけでいいんだよ、こういうときは」 「……人の幸せを祝う趣味がない」 「素直じゃないなあ」  俺は肩をくすめる。しかし、これがいつも毒舌なエラーブルの、精いっぱいの祝辞なのだ。  ふと、エラーブルに名を呼ばれた。 「セルジュ」 「ん? そういえば最近俺のこと名前で呼ぶように」 「なったよな」までは言い切れなかった。  会場となっている広場から、「あっ!」と声があがる。見ると、ひとりの男が北の空を指さしている。 「結婚祝いだ」  エラーブルも北の空を指さす。  北の空、ディヌプの森のある方角から、白い鳥が飛んできた。それが一羽、二羽、ついに空を覆うほどの大群となる。  わ、と民衆から声があがった。  一羽の鳥が俺の膝の上に贈り物を落としていった。 「これ……」  それは一振りの枝だった。手折って来たばかりなのだろうか、まだまだ葉がついている。 「私の本体の枝だ」 「この枝で人の頭を叩けば眷属にできるってこと?」 「いや。それにはその力はない」  エラーブルは首を振る。俺は枝を手に取り、軽く振る。枝は普通の木と同じようにしなり、葉が一枚落ちた。  エラーブルは言った。 「遠くへ行くのだろう? 私も連れていけ。枝を通して、私はお前を見ている。どこの国にも、木はあるからな。なにかあったら助けてやろう」  俺は目を丸くした。まさかエラーブルの口から「助けてやろう」などという言葉が出て来るとは、思ってもいなかった。 「ありがとう」  俺は礼を言ったあとに付け加える。 「でも、まだまだ行かないけどね」  なんといっても、まだエートル様は十歳だ。成人するまでまだ時間はある。そしてそれはそのまま、俺たちがこのシャテニエ領のためにまだ何かできる時間だ。  祝いの席はいよいよ盛り上がっていく。音楽隊はシャテニエ領の賛歌を奏でだす。  それはこの地域の人間ならみんな知っている曲で、簡単に踊れる曲だ。  人々は赤ら顔でいっせいに踊りだす。  幸せな光景だった。  それを見ながら、俺はしみじみとつぶやいた。 「ああ、幸せだなぁ」  オルム様が広場から俺のほうに戻って来て、手を伸ばす。 「セルジュ! 踊ろう!」  手を引かれて、席を立つ。  太陽の光のしたで、彼が笑う。  ――ああっ! 今日もオルム様が眩しすぎるっ!  俺たちは広場の中心で踊った。  俺は何度もオルム様の足を踏んづけて、オルム様は何度も笑った。  踊りながら、人々が歌う。   うつくしい土地シャテニエ。   森とともにあるシャテニエ。   シャテニエの子は緑の子。  俺も声を合わせて歌った。オルム様も歌った。  曲が終わったとき、俺たちはみな肩で息をして、頬を紅潮させいた。  それがおもしろくて、どこからともなく笑いが起きる。  俺とオルム様も見つめ合ってから笑い出した。  せっかくきれいに整えた髪も衣装も、もうすっかり崩れてしまった。でもいいのだ。これがシャテニエの結婚式なのだ。  オルム様が言う。 「セルジュ」 「はい」 「愛している」 「愛しています」  俺たちが唇を重ねると、広場から盛大な拍手が巻き起こった。

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