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朱花に染まる(六)

「……おや、指が」  しかし、勢いよく倒れ込んだ気持ちとは裏腹に、背中を伸ばしてうんと高く頭上に突っぱねた腕を下ろそうとした無乃(ウーナイ)は、不意にクンと指が引っかかって慌てて身体を支えた。  どうやらほつれた糸に指輪が絡まったらしい。「なら指を引き抜けばすむ」と無乃は手を動かす。その冷静な顔にじんわりと汗が滲んだ。  抜けない、なぜ――  引っかかっているのは指輪のはず。けれど抜こうとするほどに指がきつく締め付けられた。まさか指にも絡まっているのだろうか。  羅冴流(ルオフーリウ)の丁度腰の辺りのはずだが、彼はまだ何も言ってこない。気づいてもいないようだ。  無乃は手についた水滴をきるように指を振る。けれど振りほどこうとするほど余計に絡みつき、躍起になって上下に激しく動かせば、その直後、苛立たしげな羅冴流の手がしっかと無乃の手首を鷲掴みにした。 「……無乃、それはだめだ」  前屈みになろうとしたらしい羅冴流の、押し殺した声だった。 「だめだと? これは……」  無乃の手の甲が羅冴流の嫌がるその硬いものに触れる。さすさすと撫でながらこれは何かなと首をかしげる。 「どうやら、随分……」  顎を揉みつつ思案した。指に引っかかっているのも気になるが、手の甲に触れ、羅冴流がだめだというそれも気になって仕方がない。布越しの熱いものを、指を曲げたり手をずらしたりして大きさと幅をそれとなく計る。腕には羅冴流の少しびくりと震える逞しい足があたっていた。  無乃は必死に遠ざけようとする羅冴流の手をむしろ強引に抗って確かめる。  羅冴流は右利きだから、肘にあたっているのは左側に吊った剣の鞘だ。  つまり、左足の向こうにあって、腰帯の下にあるもの。しかも羅冴流の持ち物らしい。だめとはなんだ?  前屈みになって、まるであれを誤魔化すように…… 「……ひょっとして」  無乃はようやく思い当たった。「まさか……」とすっかり青ざめて顔を覆う。  陰茎―― 「最低だよ、君――」  羅冴流が息を絶え絶えにして言う。  わざわざ撫で擦って猛り立たせた無乃だ。羅冴流は「最低だ、無乃……」ともう一度低く呟くと、赤らんだ顔のまま素早く身を翻させ、項垂れる無乃をあっという間に押し倒してしまう。  無乃は床に引き倒されたまま羅冴流を直視できない。彼が何か言い出す前に口を開いた。 「指に、何かが引っかかってしまって、それを外そうとしただけだよ」  羅冴流の股間の辺りにあるのだし、それをわざわざ剣と左足の手がかりがなければすぐに思い当たらなかったなんて。自分だって同じことをされたら殴り倒している。 「羅冴流、君にしかできない。指に絡まった糸をほどいてほしい。……羅冴流?」  懇願する無乃は、馬乗りになった羅冴流のにらいだような赤い顔に面食らった。食いしばるように瞼を伏せ、眉間には苦痛を耐えて深い皺が刻まれている。  羅冴流は無心を取り戻そうとしたらしい。しかし無乃が「ふぅ……」と嘆息をもらしたばっかりに、羅冴流の理性がはちきれたようだった。糸が引っかかって逃げられないのをいいことに、羅冴流は無乃の手を上から手を重ね、いきりたつ股のそれを握らせた。 「君のせいだ……このまま、なかったことに? 無理だろ」  無乃は硬く立ち上がったそれを掴みながらぐったりと力を抜く。自由な方の手で親指に絡まった糸を解こうとするが、それはむしろ両手で羅冴流をいたぶるようなもの。羅冴流が解いてくれなければどうしようもないのだから、為す術はない。無乃は困ったなあと悠長に微笑んだ。 「……詫びるよ、羅冴流」  そんなもので羅冴流の意思が変わるはずもない。案の定、爽やかな羅冴流が笑顔で言った。 「遠慮するなよ、無乃」  最早それを鎮めるためには他に方法もない。それに無乃の指はどう足掻こうと糸に絡まって取れないのだから、せめて抵抗はしているのだと、目元を覆って息を吐く。 「私なんかが下にいて、集中できるのか……?」  もしこの指が美人の持ち主なら、君も苦労しなくてすむだろうに。  大柄な男が汗を滴らせながら、無乃の心配も他所に必死に声をおさえているのだから無乃は呆れる。  想像力のたくましいやつ……  無乃は勿論その姿を見るわけにはいかないし、あれを扱く音だってあまりにもあけすけで、顔を覆った手の下で冷静にいられるはずもない。羞恥は自然と漏れ出していた。  羅冴流が息を荒くさせると、無乃の身体も反射的に強張ってしまう。それに気づいた羅冴流が無乃の下のものをゆるく掴んでじれったく撫で擦る。淫靡な視線を無乃の男の象徴から悶える顔へ投げかけようとして、けれど吐息をこらえるその口元が苦々しく歪んでいるのを見て咄嗟に顔を背けてしまった。  普段は柔らかな笑みが浮かぶ唇。それが歪んでいるのだから、嫌悪しているのだと思ったらしい。  無乃は引きずり出された下半身の熱が、羅冴流のものとすりあわされる良さに声を殺し、指の隙間から羅冴流の寂しげな瞳に気づきながらも何か言えるはずもない。  衣服の上から握らされていたものが、いつの間にか手のひらに直に触れている。羅冴流の腰の動きとその刺激の仕方、強弱をつけるタイミングまで、無乃は知ってはならない彼の嗜好をまざまざと浴びてしまい、くらくらとするような情欲にあてられていたのだから。

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