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1.強化の使い時

 空へとかかる橋のように、高くそびえ立つ塔がある。白い雲をも突き抜けて、天辺を仰ぎ見ることは出来ない。  今よりも遥かに遠い昔に、恐ろしい魔王を倒した者たちの一人がその塔を作った。  その者の名はラーン·シーター。  彼は誰よりもマナを扱う術に長け、尽きることの無い探究心から、塔に籠もって日々術の研究に明け暮れた。そして数々の術を構築し、膨大へ知識を書き記した。  それは後の世の【魔術】の礎となり、ラーンは魔術の始祖と尊崇される事になった。  そして現代、ラーンの塔は『魔術塔』とも呼ばれ、多くの魔術士達が、彼の人の如く日々魔術の研究に勤しんでいた。 「……紙が見つからねぇな」  オスカー·バークスは本や資料が散らばる足元を見下ろしながら傾げた首を擦る。その表情には焦りの色はない。  十六歳の時に魔術塔へと足を踏み入れ、もうすぐ十年が経とうとしていた。  優秀さから、十代の内に十数名程しかいない上階魔術士にまで上り詰め、塔の上階に研究室まで与えられた。  そして今日に至るまで気ままに、知識を高め、術を磨く日々を送っていた。  一見悠々自適な生活かといえば、決してそうではない。魔術塔では魔術士としての職務以外では塔外へと出ることを禁じていた。  塔の中でしか生きられない暮らしは窮屈この上なく、娯楽といえば魔術に関する書物を読むぐらいしかなかった。  こんな気が狂ったかのような魔術に明け暮れる生活を送っている内に、この部屋の有様だ。 「仕方がない、下に降りてまた申請書を貰ってくるか」  綺麗好きでどちらかといえば細かい性格だった少年時代を懐かしみながら部屋を後にした。    歩調に合わせて左耳につけたピアスの赤い雫が揺れる。魔術士のトレードマークである黒色のローブは重く暑苦しいが、下階(げかい)まで降りてくると、黒い髪を微かに揺らすそよ風が心地よく感じた。  息の詰まるような堅苦しい上階の空気とは大違いだ、と乾いた笑みを浮かべていると誰かが名を呼んだ。  高く澄んだ声はこの塔では聞かないものだ。  駆け寄ってくる足音に振り返ると同時に、今度はキャッと叫ぶ声が聞こえて何かが腕の中に飛び込んできた。  柔らかな感触と甘い匂いを感じながら目線を下へと下ろせば、可愛らしい女が瞳を潤ませた目でこちらを見上げていた。 「も、申し訳ございません!中々お会いする事が出来ないオスカー様をお見かけして、是非ご挨拶をと慌てていたら躓いてしまって」  女は申し訳なさそうに眉を寄せているものの、ぴたりとくっついて離れる様子はない。 (……これは誰だったか?防具屋の娘か?いや食材屋の娘?それとも紙店の娘?)  ローブを着ていないので魔術士ではない。動きの良さそうな身なりから塔に出入りするどこかの商人のようだった。  何処かで見た気もするが、普段上階にいるオスカーは、極稀に下に降りた時に見かける人の顔を一々覚えはいなかった。  考え込んでいると、人が通る廊下で男女が人目もはばからずいちゃついている光景にしか見えない事に漸く気付いた。 (あーこの光景、あいつに見られたらマズイな──)  オスカーは女の細い肩に手を置いてそっと体を離した、そのタイミングで突き刺すような視線──もはや殺気を感じて背筋に寒気が走った。 「オスカー·バークス」  聞き覚えの声が後ろから聞こえてくる。しかし声には聞き覚えがあるが、雪原の荒野のように凍てつくような声色だ。魔術を使っていないのに辺りの空気が一瞬にして凍りついてしまった。 (……マジかよ)  口元を引き攣らせてゆっくりと振り返る。そこには腰に剣を差した騎士の男が立っていた。  白い肌と白銀の長い髪はまるで雪のようで、眉間には深く皺が刻まれて、鋭い眼差しをこちらに向けている。美人顔だからこその凄みもあり、オスカーは表情にこそ焦りを見せないが、ローブの下の背中には冷や汗が滲んていた。 「フィン·アトラン様!」  先ほどオスカーの胸に抱かれていた女は、今度は彼を見て頬を赤らめていた。気が多い女のようだ。  フィン·アトラン──テルティア教団の聖騎士だ。  魔術塔からテルティア教団の拠点都市は、峠を一つ超え、さらに広い高原を抜けた所にある。  ちなみにテルティアというのは古の聖女の名だ。違う大陸より光の導きにより現れて、凶悪な魔物を封印したという伝説がある。  後の世では、混沌の世から人々を救う象徴として、教団や信者達に崇められていた。  歴史も長く格式高い教団ならではの、厳しい序列社会も存在するが、二十代で中隊長を務める彼は、まさに出世街道を真っしぐらに歩んでいる。  そんな彼は仕事柄、魔術塔を訪れる事があった。来るのはまちまちで、前に来たのは二カ月前だった。  しかし今やって来るのはタイミングが悪い。オスカーは強い怒りをぶつけてくる彼にどう話を切り出そうかと考えている内に、フィンは舌打ちをした。   「……オスカー·バークス、話がある」  付いてこいと踵を返す。  有無を言わさぬ強引さは相変わらずで、オスカーは呆れたように「はいはい」と返事を返し、その後を追う。 「やっぱりあの噂は本当だったのね。お二人は……」    そうしてひとり残された女は、何かを期待する眼差しで去っていく二人を静かに見送った。  一つに括った長い髪が猫の尻尾のように揺れる。けれど猫と言うよりも犬のような男だと、オスカーはフィンの背中を見つめていた。  目に留まったのは首の辺りで髪を括る飾りだ。傷一つないので大切に使われているのが分かる。十年前、装身具に紋様を彫るのが得意なオスカーがそれをあげたのだが、未だに使っている事に口元が緩ませていると、研究室に辿り着いていた。  フィンは部屋の主に許可を取ることもなく、部屋のドアを空けるとスタスタと入っていく。勝手知ったる我が家のような堂々とした足取りだ。  本来の主であるオスカーも部屋へと入るとドアを閉め、唐突にフィンの手を掴んでドアへと押し付けた。 「おい、オスカー!」  勢い余って背中を打ち付けたフィンは、まだ怒りが収まっていないのもあってキッと睨んできた。  しかしそのつもりで、わざわざ用事を作って塔へとやって来たのを知っている。オスカーは笑みを浮かべ、小声を言われてしまう前に、お望み通りにその唇を奪った。 「っ……ん」  顔の角度を変えて何度も啄んで、緩んだ隙間から舌をねじ込むとフィンは甘えるように首筋に腕を絡ませてくる。オスカーもまた細く締まった腰を抱き寄せた。 「ん、ん……っ、はぁ」  十分に柔らかな感触を味わってから唇を離して顔を見れば、薄っすらと火照る頬と水気を帯びた瞳が見えた。 「……お前の胸元から女の匂いがする。不快だ」  鼻が利くフィンは、邪魔なローブを脱がせると首筋に顔を寄せて強く吸った。マーキングのつもりなのか、煽られているようでぞくぞくと快感が湧き上がってくる。 「だったらお前の匂いで掻き消すか?」  腰をぐっと引き寄せて熱を持ち始めたそこを擦りける。フィンのそこも分かりやすく強調し始めていた。  擦り付け合う互いの感触を感じて、心拍が上がり、体の内側から湧き上がるものが急かして、待っているのももどかしい。 「オスカー……」  熱のこもった声で名を呼んだ。  それが合図だった──。  占領していた資料を全て雑に払い除けて、机が姿を見せるのはいつぶりか。腰をかけるフィンは何も着ていない。そこにたどり着く前に全て脱がせて全てを曝け出させた。  まだ直接触れてもいないのに腹につくほどに仰け反るそれは上から蜜を垂らして、薄い茂みは濡れてぺったりと濡れていた。  首に回らされた腕に強請られて、離れていた時間を取り戻しすように熱い口づけを楽しみながら、早々に窪みの中に指を挿し入れ慣らしていく。久々だと言うのにあっという間に三本も飲み込んで、一人遊びを愉しんでいる事を察する。 「はぁ……聖騎士団は禁欲が不文律だろう?……んっ」 「ん、ぁ、お前が使えと、あんなモノッ、渡したんだろ、あっ」    冗談半分でプレゼントした玩具は無駄に終わらなかったらしい。お愉しみ中のフィンを想像して口角を吊り上げると中で指を曲げそこを潰す。するとフィンはビクンッと腰を揺らした。 「早いな?」  真っ赤な目でキッと睨まれても、今は潤んだ瞳で上目遣いされたようなもので、オスカーはぞくぞくと込み上げる快感を感じながらズボンの前を寛げ、張り詰めたモノを取り出した。    激しく肉が当たる音が響いて、負けじとフィンが声を上げる。いつからか獣の交尾(それ)のように二人は床の上で重なって、高く上げる尻は何度もぶつかり合って真っ赤になっていた。  中はうねり、繋がる口がきゅうきゅうと強く締め付けてくる。余裕のない上擦った声は限界が近い表れだ。  オスカーは駆け上がっていく快感の波にラストスパートをかけた。 「あ、ぁ、あ、アぁあぁあ──」 「くっ──」  二人は続くように、何度目かの熱を放った。  床は汚れ、資料まで汚れてしまっているが気にしている余裕はない。それにどうせ処分しようと思っていたものなので気にも留めていなかった。  オスカーはずるりと腰を引くと横になる。  窓から覗く空は、気づかぬ間にどっぷりと日が暮れて、今は星々が輝いていた。塔の上階から見る夜空は絶景なのだが、ムードもへったくれもない二人が見つめることは無い。 (散々と搾り取られてすっからかんだ)  心地のいい疲労感もあって、オスカーの瞼は落ち始めていた。  しかし体に重みを感じて片目を開ける。体の上にフィンが乗り上がっていた。   「……まだ足りないのか?」 「俺はまだ満足していない」 「悪いが、俺の体は限界だ。手も上がらない」 「貧弱な奴め。なら強化を使え」 「お前は魔術をなんだと思ってるんだ?」  オスカーは呆れた顔でフィンを見上げる。  欲求とタフさは脱帽する程の獣並みだ。 (いや、半分は獣か)  オスカーは小さく笑う間にも、フィンは自らの指で蕾を開かせた。中から白く濁ったもの垂れ出して、その光景は卑猥でしかない。不覚にも静めた筈の熱が目覚めてしまった。 「お前は勃たせているだけで良い、後は俺がやる──ん゛、んん……ぁっ」  徐々に腰を下ろながら目を瞑って感じ入る表情は悩ましくて、こちらまで悩ましてくる。  きつく締め上げながら激しく上下させる腰遣いは流石は騎乗が得意な騎士といった所。あまりの扇情的な姿にオスカーは舌打ちをした。 (なんだか凄く癪だ)  オスカーの体が微かな光に包まれて、そして光が消えると細い腰を掴む。引き締まった腰は掴み心地が良い。どこか不満げな目で見上げると口元は弧を描いていて、オスカーは腑に落ちないと思いながらも己が腰を穿った。  「おい、何だこれは?」  目を覚ましたオスカーにフィンが紙を突きつけた。  紙には【離塔届】と書いてある。それはオスカーがなくした申請書だった。  気づけば辺りは綺麗に整理整頓されており、眠っている間に掃除をしてくれたようだ。   (ほんとタフだな。騎士になってますます体力馬鹿になった)    掃除をしてくれた事に感謝しつつも、昔から底なしの体力には舌を巻く。 (これじゃあどちらが抱かれたか分からねぇな)  フィンに気づかれないようにギシギシと痛む体を術で軽く回復させて、その紙を受け取ろうと手を伸ばした──が交わされてしまい空を切る。  じとりと見つめてくる目は『説明しろ』と訴えかけていた。  オスカーは頭を掻きながらため息をした。 「魔術塔が保有する知識は十分に得た。だから今度は外の世界で見聞を広めようかと思ってな」  力の足りない自分の不甲斐なさから、力を得るために此処へと来た。魔術士として力をつけ、地位もそこそこ上り詰めた。なのでオスカーの此処での目的は果たしたと言っていい。 (それにこの頃は上層部はきな臭い動きがある。巻き込まれるのは御免だ)  自由気ままに生きる為にも、そろそろ潮時だと感じて此処を離れる事を決めたのだった。   「暫くは旅をしていろんなものを見て回る気だ。それで──フィン、俺と一緒に来ないか?」 「は?」 「あっ」  フィンとオスカーは目を見合わせた。  フィンも驚いた顔をしているが、何故か言ったオスカーも驚いていた。 『満足したら帰ってくる。その時は一緒になろう』  と、言おうと思っていた。しかし疲労感からうまく頭が回らず違う言葉を言っていた。  間違えをしてしまったのだ。 「いや違う。帰ってきたら一緒になろうと言おうとした」 「はぁ!?何を間違えたらそうなる!?全然違うぞ!というか一緒になろうってどういう言葉だ!?」 「意味も何もそのままの意味だ」  動揺するフィンに追い打ちをかければ、頬を真っ赤にさせて口をぱくぱくとさせた。  拒絶反応は無さそうな様子に、言葉にする事をずっと迷い続けて、そして決意したオスカーは安堵していた。  しかし、フィンは目を泳がせた後左耳のピアスをちらりと見たの見逃さなかった。 (……やっぱりそうだよなぁ)  この沈黙が答えなのだと、気まずさから首を擦っていると、フィンが「……ダメなのか?」と聞いてくる。 「それは帰りを待っていないとダメなのか?」 「何がだ?」 「一緒になって一緒に行くのは無しなのか?」  自分が旅をする事と、フィンと一緒になる事を別々に考えていたオスカーは、なるほど、と目から鱗だった。  それはフィンも騎士として上り詰めた今の地位があるからなのもある。フィン·アトラン中隊長に英進の話が出ているという噂もあるぐらいだ。 「大体、お前が俺を置いて勝手に何処かへ行こうとする事が気に食わない」 「お前らしい考えだな」  ムッとするフィンにオスカーは思わず声を出して笑ってしまった。  一週間後、 「教団を辞めてきた」 「早くね?まだこっちは申請書受理されてないんだけど」  築き上げた地位をあっさりと捨て、早々に騎士を辞めてきたフィンの行動の早さにオスカーは驚かされた。

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