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第14話 番外編 燦々

「璃空は、合コン来るよな!?」  そんな声がたまたま聞こえて、廊下を歩いていた俺は思わず足を止めた。  夏休みも終わり、後期の授業のカリキュラムも確定して、木の葉が色付き始めた頃である。  この日は璃空が2限からで、1限を終えた俺が次の講義のついでに璃空と合流しに、教材を入れておくロッカーへと向かっている最中だった。声が聞こえてきたのは、そのロッカーが置いてある開けた場所だ。    知っての通り、璃空は顔が広い。  俺や縁と行動している事が多いものの、璃空のノリの良さや人当たりの良いところが、彼の周りに人を呼ぶ。  一部の人には『人当たりはいいけど、どことなく踏み込ませない空気を感じる』と言われるらしいが、やはりと言っていいのか、男女問わず人気者であり知名度の高い璃空は、一年の頃からよく合コンや、サークルの助っ人に呼ばれていた。  大抵の場合は、人数合わせと客寄せパンダ的な意味で合コンに呼ばれていて「一次会だけでいいし、会費はいらないから」と言われる事が多かった、というのは本人談である。  男女問わずモテるのに、恋人を作らないことは周りにも知られていたし、璃空と恋人じゃなくてもお近づきになりたい女子は多かったから、合コンは結構盛り上がっていたらしい。  それは何気ない日常話として、璃空が話していたことだ。もちろん、恋人になる前の話であって、今年の夏はそんな話は一度も出なかったわけだが。  今回も合コン行くのかな。  俺としては、璃空の交友関係を狭めるような真似はしたくない。しかし璃空は本当にモテる。チヤホヤされて調子に乗るような奴ではないけれど、正直言って面白くないのが本音だ。でも、楽しんでほしい気持ちもある。  そんな事が一瞬で頭を過ったのと、璃空が元気よく返事をしたのは同時だった。 「悪いけど、俺はパス!」  その声色だけで、璃空がどんな顔をしているか分かってしまう。自分でもわかるくらい頬が緩みかけて、慌てて片手で口元を覆った。 「えぇ!? 何でだよ!」  そんな俺を置いてきぼりにして、納得いかないらしい声の問いに、すぐさま璃空が機嫌良さそうに答えた。   「恋人いるから」  甘ったるい声。寝惚けて名前を呼んでくる時と、全く同じ声色だった。  そんな声周りに聞かせて大丈夫なのかよ俺だったら恥ずかしくて次の日自主休講だが!?  頭の中で喚いたのも束の間。  数秒の沈黙の後、はぁ!? と、ドデカい声が返ってきた。 「お前恋人作んないんじゃなかったのかよ!」 「それは、うん、間違ってはないけど。俺はムリだって諦めてたんだけど、相手が応えてくれたから」  へへ、と笑う璃空はきっと顔をゆるっゆるにして笑っているんだろう。そんなにゆるゆるで大丈夫かと心配されるほど頬を緩ませて。  でも誘ってきた同輩も、こんなところで引き下がるわけにはいかないのか、パンッと手を合わせた音が聞こえた。 「恋人いても人数合わせならいいだろ!? 頼むよ! もう璃空が来るって言っちまったんだ!」 「ごめんけど、無理」 「なんで!? お前の恋人がダメっていう心の狭い奴だからか!?」 「ははっ、んなわけねーし。多分聞いたら、行って良いって言う心の広い人」 「じゃあなんでだよ! 行って良いならいいじゃんよ!」  全くもって同輩の言い分は正しい。そして璃空の言う通り、俺は行って良いというだろう。まあホントは嫌だけど、と付け足したりもするけれど。  万が一でも璃空が浮気することはない――と思いたいだけだが――から、そういう面では安心している。でも実際問題、相手がしつこい場合もある。そういうのが心配だし、と能書きを垂れてみたが、蓋を開けてみればただの嫉妬だ。  合コンに行くくらいだったら、俺と一緒にいてほしい、なんて。    なんともまあ面倒臭い奴に俺もなってしまったものである。  璃空は勘が鋭い所があるから、もしかしたら俺のこういう部分を察しているのかもしれない。そう思ったのだが。 「俺が嫌なんだよ。万が一にも不安にさせたくないから」    さっきのゆるゆるの声とは打って変わって、少し笑みを含んではいても真剣な静かな声で璃空がそんなことを言うから、同輩は黙ってしまったし、俺はまた心臓が可笑しくなってしまったのである。  愛されてるなぁ、と思う。  不安にさせたくないからって、それを簡単に行動に移せてしまう璃空は、すごい。俺ももう少し軽率な行動は避けないとかもな、なんて思いながら、璃空と同輩がいるであろうロッカーのところへ、歩を進めて顔を出した。 「璃空、次の講義行こうぜ」  俺の声を聴いた途端に、ぱっと俺を見て顔をキラキラさせる璃空に笑ってしまった。やっぱり犬みてぇだなこいつ。そんなことを思いつつ、踵を返そうとした時だ。 「良い所に来た、香村! お前、合コン行かねぇ!?」  懲りないな、と思いつつ笑って言ってやる。 「悪いけどパス。恋人のこと不安にさせたくねーし」 「ぐぅ! これが恋人いる奴らの余裕か!」  見事に撃沈してしまっている同輩に笑いながら、璃空と二人でその場を後にする。そういえば、同輩は多分俺の恋人を山川さんだと思っているのだろうが、まあ訂正する必要はないだろう。 「別に合コンぐらい行ってもいいんだぞ?」  講義室に向かいながら念のためと思ってそう言えば、璃空は笑った。 「タダ飯食えるのはいいけど、結局大して楽しくないしな」 「それは言えてる」  一度だけ人数合わせで合コンに行ったことがあるが、気を遣う相手と飲む酒はあまり美味いとは言えなかった。というか酒の味も料理の味もよく分からないのが、正直なところである。目的がないなら行っても結局疲れるだけだし、璃空の言い分は尤もだった。  それにさ、と璃空は俺を覗き込んで、あまったるい満面の笑みで言った。 「それに、酒飲むことになるなら洸と縁と飲んだ方が絶対楽しいし」  どすっ、と大きな音を立てて心臓に何かが刺さった。苦しいけど嬉しさの方が大きくて、俺は一瞬何も言えなくなった。なんでコイツはこんなに俺を喜ばせるのが上手いんだろう。  へへ、と漏れた笑いをそのままに、俺も言ってやる。 「俺もお前らと飲む酒が一番すき」  数度しかまだ経験のないことだけれど、これだけは確信を持って言える。気の置けない恋人と親友と飲んで、くだらない話に花を咲かせるのが一番楽しくて、一番良い時間を過ごせるから。  俺の言葉に璃空は嬉しそうな満足そうな笑顔で、うん、と言った。 「てか、璃空はまだ酒飲めねーだろ」 「うん。だからマジでタダ飯食うだけ」 「メシ食うだけかぁ。それもまあキツイな」 「な。なら、洸んち行って食った方がいいし」 「俺んちでタダ飯食う気かよ。まあいいけど」  そんなくだらない応酬を積み重ねながら俺は思うのだ。  この先、璃空が二十歳を超えて酒が飲めるようになったら、また三人で酒を飲みに行きたい。そして、叶うなら何年、何十年とその回数を重ねられたらいい。俺たちの関係がどんな形に変わったとしても。

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