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メッセージ

「あ、俺ええ事考えた。俺の部屋から壁に穴あけて、空くんの部屋に繋げたろかな?」 「流石にこの時間に警察沙汰は勘弁してくれ」 翌日の夜。ジムのシフトを終えて帰宅した俺は、リビングのソファで10秒に1回はスマホの画面をタップして、未読の通知を確認していた。 昨日、LINEのIDを書いた名刺をドアの下から渡してからというもの、いつ返事が来るか気が気じゃなくて心臓が持たへん。さっき、空くんの部屋の位置を我が家の間取りと思い返してみたら、ちょうど俺の部屋の、たった壁一枚隔てた向こう側だということに気づいたのだ。 そんな俺の突飛な発言に、呆れたような声をかけてきたのは、顔に白いパックをぴったり貼り付けた秀太だ。 「いや、だって一応名刺の裏にID書いて渡したんやで? メッセージで何送ってええんかわからんのは分かるけど、友達追加の通知くらい来てもええやろ?」 「焦りすぎやねん。相手は重度の引きこもりくんやで? 知らんやつの名刺なんて、今頃ゴミ箱行きに決まってるやん」 「知らんやつちゃうわ! シンデレラや!!」 「は?」 あの日、洸が例えてくれたメルヘンな表現をドヤ顔で出しつつも、秀太の言うことが正論なのは分かっている。 でも、いけると思ってん。確かにあの時、ドア一枚を隔てて俺と空くんは会話をしたし、ほんの少しだけ心も通じ合ったはずなんや。 ガックリと肩を落とし、冷えた麦茶を喉に流し込む。 やっぱり、急に映画好きってことにこじつけたんは間違いやったんやろか。そもそも、あの日部屋の中から聞こえた『あいのうた』だって、たまたま流れてただけで、俺が外でなんて叫んだんか気になってドアに近寄ってきただけかもしれんし。 昨日の一連の流れを思い出しては、そんな風にネガティブな思考がドロドロと渦巻き始めた──その時だった。 ブブッ、と手元でスマホが短く震えた。 画面を跳ね上げる。ポップアップに表示されたのは、見慣れない【SO】という一文字のアカウント名。 『こんばんは』 「──ッ、来たァァァァァ!!! 秀太! 洸! 来たで!!」 「うわっ、びっくりした! 弦、声デカい!」 風呂上がりで髪を乾かしていた洸が、ドライヤーを止めてパチパチと目を丸くする。秀太もパックの隙間から眉をひそめた。 「……さっきの部屋の会話、向こうに聞こえとったんちゃう? 通報されてへんかったらええな」 秀太がさも興味なさそうに、ソファに頭を預けて目を瞑り、パックタイムに戻った。 「洸くん! 見て!! 『こんばんは』やって!!」 挨拶だけの短いメッセージを、俺は洸の目の前にわざわざ見せつける。 「やったやん! 流石、弦!」 秀太とは違い、洸はこれがどれだけ凄い進歩なのかを分かってくれている。秀太に見つかって水を差されないように、俺たちはそっと静かにハイタッチを交わした。 しかし、この『こんばんは』に対して、どう返信しようか。俺まで『こんばんは』とだけ返したら、流石に会話がすぐに終わってしまう。 「……疑問系のメッセージ送ったら、返事くるで」 「え?」 「うーん」と頭を掻きむしりながらリビングで考え込んでいると、おもむろにパックを剥がした秀太が、ボソッと呟いた。 「メッセージの最後に『もうご飯は食べましたか?』とか『何を食べましたか?』とか。急に趣味とかを詮索するより、今の『夜』っていう自然な流れに乗せた方がいい」 「ほな、先寝るわ。洸くんもおやすみ」 そう言い残し、さも興味が無いかのような涼しい顔で、秀太は極上のアドバイスを置いていってくれた。やっぱり、なんだかんだ言ってお兄ちゃんやわ。 「うん、おやすみ秀太にぃ」 「ありがとう秀太! やってみるわ、おやすみ!」 片手をあげて自室に入っていく秀太の背中を見送る。 「なんか、第一投って緊張するな?」 洸も俺の前にちょこんと座り、ワクワクした様子でスマホを覗き込んできた。空くんのことがあってから、こうして可愛くてたまらん洸と関わることが前より増えて、俺的には何気にめちゃくちゃ嬉しい。 それにしても、空くんも俺の名刺をゴミ箱に捨てんと、ちゃんとポチポチとIDを入力してくれたんやと思ったら、胸の奥がじわっと熱くなった。 俺は急いで文字を打ち込む。 『こんばんは。俺は今、夜ご飯を食べ終わりました。今夜のおかずはプリップリのシャケです。空くんは何を食べましたか?』 「どう? 洸」 「弦らしくて最高」 洸にお墨付きをもらって、二人で顔を見合わせながら笑顔で送信ボタンを押した。 ──1分、2分。 既読はすぐについたが、返信はない。 「やったやん、未読無視は突破やな」 今は、洸のそのポジティブな言葉に救われる。そうやな、見てもらえただけでも一歩進んだって喜ばなアカン。 「まぁ……気長に待とか?」 そう言ってスマホを置こうとした瞬間、再び画面が光った。 『新くんがオムライスを作ってくれました。ケチャップでハートが描いてあって、気持ち悪かったです』 「……ふっ」 思わず、声を出して笑うてしもた。 文字だけやのに、顔もまだちゃんと見てへん空くんが、ハートの描いてあるオムライスをめちゃくちゃ気まずそうな顔で口に運んでるところが想像できて、ニヤけてしまう。 「え~!! いいなぁ、俺も今度新さんに作ってもらおかな」 「洸くん!? それは、また別のお話になってますよ!?」 「ふふっ、俺もいつか空くんの家に行きたいってこと! みんなで仲良くなって、一緒にご飯食べられたら楽しいやん」 そんなハッピーな未来を、天使みたいな顔でまた言う。もう、弦お兄ちゃんは洸にメロメロや。 「ほんま、洸は天使やな。俺も同じ血が通ってるんやから、天使になれるように頑張るわ」 「ふふっ、褒めすぎやって」 少し照れながら、洸は自分のスマホを覗き込んで、何かを高速でフリック入力しはじめた。 そして、すぐに返信が来た画面を俺に見せてくる。 「新さん、俺にも作ってくれるって」 嬉しそうに見せられた画面には、相変わらず、可愛いうさぎが首を傾げて『もちろんです』とにっこり笑顔でこちらを見ているスタンプがポンと押されていた。なんやねんそのうさぎ、洸に返事するためだけに開発された特注スタンプか。 「はよ返事せな、空くん待ってるで?」 洸が「ふわぁ」と可愛くあくびをしながら、「おやすみ」と自室に入っていった。 「おやすみ、ほんまにありがとうな」 洸に手を振ってお礼を言う。 さて、ここからの言葉のラリー、どこで切ったら空くんの負担にならんのやろうか。 それから、ポツリ、ポツリと、数分に一回のペースで静かなラリーが続いた。 空くんが好きな食べ物の話、野中さんが作ってくれる美味しい料理、お兄さんがお土産に買ってきてくれたお菓子の話……。 部屋のドア越しに2時間体育座りしていた時は、世界の終わりかと思うくらい遠く感じた空くんの存在が、スマホの画面を通して、すぐ隣にあるように感じられる。 少し調子に乗った俺は、次の約束を取り付けるために、渾身の勇気を振り絞って最後のメッセージを送った。 『空くんと話していると楽しいです。今度、一緒にご飯を食べませんか?』 気がつけば夜の12時を回っていた。明日もジムの早番がある。名残惜しさを覚えながら、送信すると、数分後、すぐに既読がついた。 しかし、返ってきたのは文字メッセージではなく、スタンプが一つだけだった。 『ごめんなさい』 クレヨン調の可愛い犬のイラストに、そう書かれたスタンプ。 「……そりゃそうやんな。焦んな、俺!!」 でも、無視して既読スルーするんじゃなく、きちんと断りの返事をしてくれたことが、今は何よりも嬉しい。 『こっちこそごめんなさい!仲良くなれたと思って調子に乗りました。でも、いつか空くんとデートできたらなって本気で思ってます』 少し冗談めかして、あえて軽めのメッセージを送る。これくらいでええねん。このメッセージに別に返事が来なくたっていい。俺の「友達になりたい」って気持ちが、ちゃんと届いてくれたなら──。 チカ、と画面が光る。 『きもちわる』 すぐに返ってきた直球のメッセージに、思わず声を出して笑ってしまった。 敬語じゃなくなった。 それが、俺らが『友達』になれたっていう、空くんなりのサインやろ? ベッドにひっくり返りながら、俺はニヤニヤが止まらんかった。 「きもちわる」なんて辛辣な言葉を送ってくるくせに、その指先は、俺の言葉にちゃんとリアルタイムで反応して、文字を打ち込んでくれたんや。 明日も、明後日も、毎日メッセージ送ったろ。 スマホを胸にぎゅっと抱きしめながら、俺は心地よい眠りへと落ちていった。

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