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愛おしい

「弦!!」 インターホンを押してドアが開いた瞬間、飼い主の帰りを待っていたわんこのように、空くんが俺の胸に飛び込んできた。突然の、初めての抱擁に動揺しつつも、背中に回された空くんの手が小さく震えていることに気づく。 「ごめんな、無理させたな」 気丈に振る舞ってはいたけれど、今まで接点のなかったお兄ちゃん達を相手にするのは、流石に緊張したんやろう。 「え……空くんと弦さんって……」 案の定、野中さんが驚いて視線を彷徨わせた途端、 「まぁ、見てたらわかるやん?」 と、洸が満面の笑みで遮るように返事をした。いや、俺は全然ええねんけど、こんなにも可愛い空くん側に申し訳ないやろ。こんなその辺になんぼでもおりそうな男が隣におったら。 空くんの背中を優しくさすりつつ、「家入ろか」と促すと、「うん」と弾んだ笑顔が返ってくる。ほんまに、なんって素直で愛おしい子なんや。 「弦、鼻の下のびてる。きもちわる」 「ふふっ、ほんまですね。だらしのない顔してます」 洸の毒舌に、野中さんまで便乗して敬語で攻めてくる。この二人、意外といいコンビかもしれん。 「おー、話終わったん? まぁ、みんなここ座りや」 リビングでは、もとちゃんが笑顔でぽんぽんと椅子の背をたたいた。 「今な、空くんと話しててん。空くんの髪カットしたん、洸やろ? 切ったん半月も前やのに、セットしただけでこれだけ形を保てるのって、すごい技術やで?」 そう秀太に言われた洸は、さっき野中さんの告白を受けた時とは比べ物にならないくらいの、今日一番の笑顔で秀太に駆け寄った。 「ほんまに!? 俺、秀太にぃに褒めてもらえるのが世界一嬉しい!」 今までずっと溜め込んでいた甘えたい感情が爆発したのか、秀太の首元にがばっと抱きついている。……そんな光景を見せられた野中さんは、案の定、またこの世の終わりみたいな絶望の顔をしていた。 「……大丈夫や。あいつら血ぃ繋がってるから、あれ以上何ともならへん」 俺が野中さんに親指を立ててグッドポーズを送ると、ようやく、ほっと表情を緩めてくれた。 「洸くん。俺、そろそろ新店舗出そうかと思っててんけど、良かったらそこで働いてくれへん?」 「ほんまに!? やった!! やっと秀太にぃに認められた!!」 俺、ずっとなんで洸は秀太の店で働かんのやろって思ってた。でも、むしろ突き放して自立させようとしていたのは秀太の方やったんやな。甘いだけじゃない、それも秀太なりのプロとしての愛やったんや。 「あれ、ここじゃみんなの分の椅子足りひんのか。じゃあそろそろ、俺は明日も仕事もあるし帰ろっかな」 もとちゃんが大きな伸びをして立ち上がる。それに続いて秀太も「送ってくわ」と席を立った。俺的にはここから秀太と洸のイチャイチャが始まるんやと思ってたから、優先順位がもとちゃんに切り替わっていることに少し驚いた。 玄関までみんなで見送りに出る。 「親分、お疲れ様でした!」 俺たちの帰還で、少し日常を取り戻した空くんが、もとちゃんに向かって大きく手を振った。 「じゃあね、親分! 明日仕事頑張ってね!」 「親分、おやすみ!」 野中さんは深々と頭を下げてもとちゃんを見送った。 「じゃあ、俺らもゆっくり休もっか」 「そうですね。じゃあ、僕もこれで失礼します。おやすみなさい」 野中さんは俺たちにも丁寧に頭を下げた後、左手に洸からもらったジュースを大事そうに持って、右手で小さく洸に手を振った。 もう!! 絶対それ、野中さんの宝物になるやん!健気すぎてお兄ちゃんキュンやわ! この人、俺の推しに認定してええか!? 「俺も疲れたから、シャワー浴びてすぐ寝るわ。おやすみ、弦、空くん」 野中さんの背中を見送った後、可愛いあくびをしながら、洸も自分の家へと戻っていった。 ほんで、ついに訪れた二人きりの時間。 「……映画、途中までしか観れへんかったから……もうちょっと一緒におれる?」 俺の可愛いわんちゃんが、素直に甘えてくる。 「もちろん。明日オフにしてるから、空くんが眠くなるまでずっと一緒におれるよ?」 そう笑顔で返すと、空くんははにかんで、小さく深く頷いた。 はぁ……それにしてもどうしよ。さっき野中さんの本気の告白を特等席で聞いてしまってから、俺も自分の気持ちをどう伝えるべきか迷っていた。俺、確実に空くんに恋してる。もう、薄々じゃなくてはっきり気づいてたから。 でも、あんな大騒動の直後に、どさくさ紛れみたいに伝えるのは絶対に違うよな、と自分を律していた──はずやった。 「弦、何か飲む? これとこれ、どっちが好き?」 冷蔵庫から、桃とりんごのお酒の缶を持ち出して、空くんが振り返る。その眩しい姿を見ていたら、頭の中の思考がそのまま、せき止められずに口から滑り落ちた。 「……好き」 「ん? ……どっちが?」 クスクス笑いながらそう聞き返す空くんに、俺はもうブレーキが利かなかった。 「……空くんが好き」 言葉がこの世に生まれた瞬間ハッと我に返って身体が硬直する。 「え……」 気まず!! 今絶対そういう雰囲気じゃなかったやんな!?今日一日を労うだけの空気感やったよな!? 「いや、ちゃうねん! ちょっと疲れてて、頭の中の言葉がポロッと漏れたっていうか……!」 あかん、全然言い訳になってへん! 普通に自分の気持ちを認めて追撃の告白をしてるだけやん、これ! 「……俺も好き。弦のこと。こんなに誰かのこと本気で好きになったん、初めて」 空くんが持っていた缶をことりとテーブルに置く。そして、一歩近づき、そっと優しく俺の身体を抱きしめてくれた。 空くんの細い身体から、トクトクと速い鼓動が伝わってくる。それが俺のせいやと分かった瞬間、愛おしさが爆発して理性が消し飛んだ。 「あ、あの……ちゅうしていい?」 あまりの嬉しさと興奮で、耳元で情けないお伺いを立ててしまう。なんや俺、中学生みたいやな。 「……うん、ええよ」 空くんの端正な顔が、ゆっくりと近づいてくる。心臓がバックバクで、今にも口から飛び出しそうや。 触れるような、柔らかくて軽い感覚。そっと唇が離れると、目の前で真っ赤になった空くんが、照れくさそうに笑っていた。 「……初めてみたいな顔してる」 「……まぁ、そんなもんやし……否定はせえへん」 恥ずかしさのあまり、顔中がカッと熱くなる。もう、これどうしたらええんや。 「……まぁ、俺もそんなもん」 俺の言葉を真似して、空くんがいたずらっぽく笑う。 きっと、こんなに魅力的な人が「そんなもん」なわけがないのは、なんとなくわかってる。やけど、ずっと長くこの家で一人きりやった彼の過去は、全部俺の都合で都合よく上書きして、独り占めにしてしまってもええやろか。

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