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ローストビーフお披露目会

お料理教室大作戦から半月ほど経った、ある日のこと。 弦さんと洸くんのお休みがちょうど重なったこともあり、ついに蜷川家で4人でテーブルを囲むことになった。 残念ながら、秀太さんは新店舗の準備でどうしても外せない用事があるらしく、親分と共に「また別の日にお邪魔させてもらうわ」と、弦さん伝いに報告を受けていた。 「え、洸くん、今ずっとお休みなん?」 食卓に並んだ空くんが、驚いたように目を丸くした。 「うん。あのオーナーの事があった次の日、秀太にぃがお店に乗り込んでな。店長だけに事情を話して、すぐに辞められるように話をつけてくれてん。俺は全然働けてんけど、秀太にぃが心配してくれて。月末までの給料補償と失業保険もらいながら、秀太にぃの新しいお店がオープンの準備に入るまで、丸々休むことになったんよ」 「え~! じゃあ、練習した料理、洸くんに持って行ってあげれば良かった~」 思いがけない真実に、空くんが本気で残念そうな声をあげる。 「あかんやん、空くん。皆さんへの『サプライズ』のために秘密で練習してたんやろ?」 僕が隣から空くんの肩を持つようにして笑うと、「あ、そっか!」と空くんもようやく合点がいったようだ。 そんな風に2人で顔を見合わせて楽しそうに笑い合っていると、対面から少しだけ嫉妬の入り混じった、弦さんの明るい声が飛んできた。 「え~、なんか2人、めちゃくちゃ仲良くなってるやん~」 「……ほんま。新くんのタメ口、初めて聞いたわ」 スプーンで食前のプリンを口に運びながら、洸くんがポツリと呟いた。 ……やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! 脳内でオタクの全細胞が即座に反応した。洸くんが、僕の名前を呼んでくれた! 久しぶりに洸くんの声で再生された『新くん』というその甘美な音色が、僕の中に激しくリプレイされ、頭がどうにかなりそうになる。 「あ! もうそろそろ、お肉のカットいいんちゃう?」 ハッと立ち上がり、嬉しそうにキッチンへと様子を見に行った空くんの背中を見守る。きっと、あの美味しい料理を、大好きな弦さんに早く食べてほしくて仕方がないのだろう。 僕もこのままデレデレと洸くんを見つめていても仕方がない。あの尊いお顔で食前のプリンを食べ終えたばかりのこの方たちに、もっと美味しいものを提供しなければ。僕の人生の役目は、洸くんと、洸くんの周りの大切な人たちを全員幸せにすることなんやから。 「……これ、僕の分も良かったらどうぞ」 僕は自分の分のプリンを、そっと控えめに洸くんの前へと差し出した。 「ほんまに!?」 洸くんはぱぁっと顔を輝かせ、本当に嬉しそうにそれを受け取ってくれた。 あぁ、可愛い。尊い。できれば、その綺麗な口の隅に少しだけついている、もはや宝石と化したプリンのかけらを、親指でスマートに拭ってあげられる関係に一刻も早くなりたい。 けれど、今の僕には到底そんな大それたことは無理な話だ。 「……プリン、少しついてますよ」 素早くティッシュを取り、少し震える手で彼の目の前へと差し出す。 「ん? どこ?」 洸くんは僕から場所を聞こうとせず、すぐ隣に座る弦さんの方を向いて「場所を教えて」と甘えるように顔を寄せた。その様子を、僕はとろけそうな目で見つめる。はぁ……上重兄弟の兄弟愛、今日も身体中に染み渡るほど尊い。 「……野中さんに取ってもらいや。その方が早いやん」 僕の感情を読み取ったのか、少しニヤニヤとした弦さんから、急激な高難度ミッションを言い渡された。 「え……っ!?」と心臓がバクバクと暴れ出し、指先がガタガタと震え出す。 「ええよ、自分で取れるし」 僕の完全なキャパオーバーを察したのか、それとも、僕が嫌がっていると勘違いしたのか、洸くんは僕の手からティッシュを素早く奪い取った。そして、あろうことかそれを顔全体に押し付け、どこについていてもプリンが取れるように、ハムスターのように顔をぐしぐしと動かし始めたのだ。 「ぐっ……かわいぃ……っ!」 抑えきれなかった心の声が、口から漏れ出た。これまで必死に我慢してきたものが、あまりの可愛さの前に音を立てて崩れ去った気がした。 「ふふっ、可愛いやろ? 俺の弟」 僕の限界突破した感情のすべてを見透かしているかのような弦さんに小さく頷き、僕は洸くんにこの動揺を悟られる前に、逃げるようにしてキッチンへと移動した。 ◇ 「美味しい! これ、お店で出されるものみたいやん!」 食卓に運ばれた料理を口にした弦さんが、歓声をあげる。 空くんの素晴らしいセンスで盛り付けられた、薄切りのローストビーフの山。その周りには、色鮮やかなアスパラガスやミニトマト、パプリカのグリルベジタブルが美しく並べられている。 僕とは永遠にローストビーフの焼き加減ばかりを練習しまくっていたから、空くんは自分なりに調べて、相性の良い付け合わせを1人でこっそり練習していたのだろう。彼の健気な努力を思うと、胸が熱くなる。 「このマッシュポテトもめちゃくちゃ美味い! ソース上手い事、吸ってて、最高のマリアージュを醸し出してるな!」 「なんなん弦、言葉の意味分かってて言うてんの? なんとなくニュアンスが伝わってくんのも腹立つわ」 相変わらず、お兄さんに対してだけは容赦なく辛辣な洸くんの態度も、見ていてひたすら微笑ましい。僕にもいつか、そんな風に遠慮のない家族みたいなトーンで接してくれるようになる日を、つい夢見てしまう。 「あ……そうや、空くん。前に言ってたお仕事の話やねんけど」 完璧に仕上がった料理を前にして、僕は本題を思い出した。 「ん?」 「僕が働いてるバー、お昼はオーナーの奥さんがカフェをやってるんやけど、その『仕込み』を手伝ってくれたら嬉しいなと思って」 「え? なにそれ、楽しそう!」 少しだけ不安そうに首を傾げた空くんより先に、弦さんがノリノリで身を乗り出してきた。 「……でも、空くん、仕事はまだ早くない? 弦がずっと一緒におれるわけじゃないんやし」 洸くんが心配そうな目をして、空くんと弦さんを交互に見つめる。洸くんは、本当に優しい人や。自分自身だってあの事件で酷い目に遭ったばかりなのに、何より友達の身体と心を真っ先に気遣えるなんて。 「そこは大丈夫です。バーの営業が終わった後に、大まかな仕込みは僕が全部やってしまうので。空くんには始発でお店に来てもらって、6時から8時ごろまでの2時間ほど、仕込みの仕上げやカフェの開店準備を手伝って帰る……みたいな、かなりラフな感じで考えています。僕の休みの前日に合わせるので、仕事が終わったらそのまま一緒に帰ることもできますし」 「なるほどな! 始発の時間やったら人通りも少ないし、俺も仕事前に送っていけるから安心や。なんやったら俺、空くんのお仕事参観もできちゃうかもよ?」 「え、でも……新くんや弦に迷惑かけへん?」 「俺は全然ええよ。始発くらいの時間なんて、いつも公園走りまくってるからな!」 「……ほんま、この人だけ家族の中で体力お化けやからな。遺伝子の突然変異やわ」 洸くんが少し呆れたように、けれどどこか嬉しそうに弦さんを見てフッと笑った。 洸くん、最初は心配してくれていたけれど、これなら認めてくれたということで大丈夫やろうか。 「……じゃあ、新くん、引き続きご指導よろしくお願いします!」 ようやく晴れやかな笑顔を咲かせた空くんを見て、ホッと一安心する。 良かった。今日も、洸くんの大切な周りの人たちを、幸せにすることができた。

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