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半分こ

「ただいまー、もとちゃん連れてきたでー」 俺がリビングのドアを開けると、ソファにいた弦と洸くんが同時にこちらを振り返った。 「あ、もとちゃん、また来たん?」 「ふふ、秀太にぃ、もとちゃん、おかえりぃ!」 二人がいつも通りの笑顔で迎えてくれる。 「おう、ただいま」 まだ少しエントランスでの衝撃から調子を取り戻せていないもとちゃんが、無理に笑って二人に手を挙げた。仕事着のエプロンを外しながら、少し居心地悪そうに椅子に腰掛ける。 そんなやり取りをしながらも、もとちゃんの視線が、時折不安そうに俺へと向くのが分かった。陸さんから叩きつけられたあの『交際宣言』の衝撃が、まだこいつの頭の中をぐるぐると支配しているに違いない。 ──『それ、持っていったらもう帰ってええから』 急な出来事に頭がパニックになっていたとはいえ、さっき自分がエントランスで放った冷たい言葉が、今になって胸にチクチクと突き刺さる。 本当は、もとちゃんが持ってきてくれたその美味いワインを、すぐに開けて家族みんなで笑いながら飲みたかった。車で来てしまったもとちゃんに「これめっちゃ美味いわ!」って見せつけながら、みんなで揶揄って、いつもみたいに楽しい時間を過ごしたかった。 「よし、俺が紅茶淹れるわ。甘いもん食って、今日の疲れ一緒に癒やそうか」 俺は胸の痛みを隠すように、わざと明るく振る舞いながらキッチンへと向かった。 ソファからは、弦と洸くんの楽しそうな声が聞こえる。だけど、俺の心は、カウンターの向こうで俯きがちに座っているもとちゃんの様子が気になって、少しも落ち着かなかった。 キッチンから戻り、テーブルの上に淹れたての紅茶を二つ置いた途端、俺は思わず声を上げた。 テーブルの上には、ぽつんと寂しげに置かれたケーキが、たったの一つ。 「え!? 2つ残しといてって言うたやん!」 俺の言葉に、さっきまで無邪気に弦と笑い合っていた洸くんが、口に咥えていたフォークをそっとお皿に置いた。そこから目を泳がせながら、コソコソと後ずさりし始める。 「……俺、歯磨きしてもう寝よーっと……」 「待て待て、洸くん食べたやろ?」 詰め寄る俺の前に、すかさず弦が立ち塞がった。 「いや! 食べたのは俺!」 胸を張って言い張る弦の前の皿には、ケーキに巻いてあった透明なビニールが、誇らしげに一枚だけ置いてある。対して、今まさに逃げようとしている洸くんの席のお皿の上には、不自然なほど山盛りのフィルムとゴミが積み上がっていた。 俺の分だけじゃなくて、弦の分まで食べてるやん! 「おい、嘘丸出しやぞ。洸くん、四つも食ったな!」 「まぁ、可愛いからええやん。な?」 弦が必死に洸くんを庇いながら、自分のスマホを掲げて見せてきた。 「可愛すぎる暴食系YouTuberの動画撮ったから! 野中さんにはもう送ったけど、秀太にも共有するから!」 弦の、真面目なのか不真面目なのか分からんその表情に、思わず俺もいつものように「ふふッ」と笑ってしまう。 「……じゃあええわ。すぐに動画送れよ」 「相変わらず、ここの兄貴達は洸くんに甘いな」 俺が諦めて弦に笑いかけると、もとちゃんも一緒になってつられたように笑った。 良かった。こいつの引きつっていた顔に、ちょっといつもの調子が戻ってきたみたいや。 「ん、」 椅子に座っていたもとちゃんが、遠慮がちにその残った一つのケーキを俺の方へと押し出してきた。 「これ、秀太が食べ。俺、そんな食べたくなかったし。秀太が食べるの見とくわ」 いつもなら「お、美味そうやん!」って真っ先に手を伸ばすはずのこいつが、顔を少し背けながら、そんな子供みたいな分かりやすい嘘をつく。結局、陸さんからもらったケーキなのが、どうしても気に食わんらしい。 「見とくって……気持ち悪っ。半分こしたらええやんか」 俺はもとちゃんの肩をポンと叩いて、ケーキを彼の目の前へと移動させた。 「しゃあないな、俺が食わせたるわ」 二つ持ってきたフォークのうち、一つをテーブルに置く。そしてケーキの上に載っているパインとスポンジを、バランスよくフォークですくい上げた。 「ん、口開けろ」 照れ隠しに少しぶっきらぼうにそう言って笑うと、もとちゃんは一瞬驚いたように大きく目を見張った。そこから、嬉しさを隠しきれないといった様子で、俺の手からひったくるようにしてフォークを奪い、自分で急いで口に運んだ。 「うん……うまい」 ボソッと小さく呟いて俯いた、その耳の後ろが、ほんのり赤い。 よしよし、と満足して、今度は自分のフォークでケーキをすくおうとした瞬間。 ──強い視線を感じて、パッと振り返る。 案の定、洗面台の陰からハブラシをくわえた洸くんが、そしてソファの上から弦が、二人してニヤニヤ、ニヤニヤとこちらを覗き込んでいた。 「なんやねんお前ら! 見せもんちゃうぞ!」 俺が顔を赤くして怒鳴ると、二人は示し合わせたように声を殺してクスクスと笑い出す。 ほんまこいつらは……いつでも俺ら二人のことを、そんな揶揄って楽しそうな目で見てくるんやから。 「……秀太」 俺の横で、二人のそんな様子を照れ笑いしながら見ていたもとちゃんが、意を決したように、真っ直ぐに俺を見つめてきた。 「明日、俺、電車で来るからさ。……ワイン、一緒に飲む?」 少し低くなったあいつの声が、ストレートに鼓膜を揺らす。 ──アカン、そんな、お前まで俺に恋してるみたいな顔して言うなよ。 今日一日で、陸さんからも、もとちゃんからも、今までにない熱い視線を向けられている。急に特大のモテ期みたいなものがやってきて、こっちの心臓はとっくに限界や。戸惑うに決まってるやろ。 「……うん。明日はもうちょっと、はよ帰れるようにするわ」 俺はいつも通り、ただの『親友』としての立ち振る舞いを忘れない程度に声を整え、少し震える手で温かい紅茶のカップへと手を伸ばした──。

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