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見事な三角

大急ぎで家に帰り、バタバタと荷物を置く。 もとちゃんには『急用ができたから、早く終わらせて帰るから待っといて』とだけメッセージを送り、スマホをポケットに突っ込んで再びエントランスへと走った。 けど──悪夢は、これからやった。 陸さんと合流し、迎えのタクシーに乗り込もうとしたまさにその時、俺の前に見慣れた顔が現れた。 後部座席に滑り込もうとした俺の身体を、手で遮ったのは他でもない、もとちゃんだった。 「……そっか。先に約束した親友の俺より、後に誘ってきた恋人を優先したってわけやな」 低く冷たい声が、夜の空気にじっとりと馴染んで耳の奥へ流れてくる。 「……秀太は、そんなやつやないと思ってたんやけどな?」 昨日の夜、俺に向けてくれていたあの愛おしそうな、恋する表情はどこへ行ったのか。今の彼は、洸くんをあのおっさんから助け出した時とまったく同じ、完全に光の消えた目で俺に笑いかけている。 ……これは、本気で怒らせた。 小さな頃からずっと一緒にいて、どんな俺でも笑って受け入れてくれたもとちゃんが、俺に対してこんな表情を見せたことなんて、今までの人生で一度も無かったのに。 「……ただの急用やって送ったやろ。はよ終わらせて帰るから、家で待っといて」 俺はメッセージに綴った通りの言葉を、もう一度声に出して彼に伝える。陸さんにバレへんようにメッセージを送ったのに、これじゃあ元も子もないやん。 「……そっか。でもそれは、絶対に今日じゃないとあかん事やったん?」 どこまでも低く、冷静に淡々と問い詰めてくるもとちゃんが、本気で怖い。 俺が陸さんを優先させたのは、空くんと弦を守るためや。お前を傷つけるためじゃない。 やけど……結果として、俺はもとちゃんを傷つけている。そして、彼を傷つけている自分自身の心も、刺されたように痛かった。 考えろ。今、俺が一番優先させなあかんのは誰や──。 「秀太さん? 行きますよ?」 俺たちの緊迫しきった空気なんて最初から聞こえていないかのように、陸さんがどこまでも完璧な笑顔を浮かべて車内から話しかけてくる。この状況を、この人は間違いなくすべて分かっている。分かった上で、あえて楽しそうに微笑んでいるんや。 「……とりあえず、終わったら連絡するから。家で待っといて」 陸さんに聞こえないよう、喉の奥で絞り出した小さな、必死の三度目の懇願は、もとちゃんに届いただろうか。 それを確認する間すら、陸さんは与えてくれなかった。 グイッ、と力強い質量で手首を掴まれる。 「あ……」 声を漏らす俺の体を、陸さんはそのまま自分の方へ引き寄せるようにして、半分強引にタクシーの座席へと引き込んだ。バタン、と冷酷な音を立ててドアが閉まる。 走り出したタクシーのガラスの向こう、夜の闇に紛れていくもとちゃんの光のない瞳が、俺の脳裏に焼き付いて離れなかった。 「……っ」 心臓が嫌な音を立てて波打っている。 隣に座る陸さんは、窓の外を流れる夜景を見つめたまま、一言も発しない。車内には、言葉通り底冷えするような沈黙が広がっていた。いつもならスマートにエスコートしてくれるはずのその横顔は、今は凍りついたように冷ややかで、その本心がまったく読めない。 「……秀太さん」 どれくらい走っただろうか。不意に、陸さんが低く、いつもより明らかに温度の低い声で俺の名前を呼んだ。 「……はい」 どうしようもない感情の波に圧されて、気を利かせる余裕もないまま、沈んだ声が出た。 陸さんはゆっくりとこちらに顔を向けると、薄暗い車内でもはっきりと分かるほど真っ直ぐに、俺の目を射抜いてきた。 「元宮さんは、本当に、ただの幼馴染ですか?」 「……そうですね。僕は……そう思ってます」 わかってる。今ここで満面の笑みを浮かべて、『そんなわけないじゃないですか!』と、朝に『浮気ですか』と聞かれた時のテンションで答えられたら良かった。そうできたら、少しはここの空気も楽になったのに。 「……そうですか」 陸さんはそれだけ言うと、ふっと視線を落とした。 ほんまに勘弁してくれ……。俺ももういい大人なんやから、うまいこと切り抜ける演技くらいできたやろ。ほんま、自分が嫌になる。こんな事続けて一体誰が幸せになるっていうねん。 BARに到着しても気分は一切上がらず、頭の中は、一刻も早くこの場を切り上げて家に帰ることだけで一杯だった。 よし、バーに入ったら酒が入った勢いで速攻で「酔い潰れたフリ」をして、陸さんに強制終了をかけさせよう。そう心に強く誓った。 「いらっしゃいませ。あ、陸さん! え! 秀太さんもご一緒ですか!」 カウンターの向こうから、新くんがいつもの穏やかな笑顔で迎えてくれた後、珍しい組み合わせに目を大きくしている。 「こんばんは、お邪魔します」 「こんばんは、新くん。空がいつもお世話になっています」 一歩店に入った瞬間、陸さんはさっきまでの冷徹な空気を綺麗に消し去り、完璧に洗練された大人のエリートの顔に戻っていた。そのあまりの切り替えの早さに圧倒されつつも、俺はカウンターの席に腰掛けるなり、自分の作戦を決行するタイミングをうかがった。

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