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お迎え

急に、身体がドスンと音を立てたような軽い衝撃が走った。 まだ頭が少しぐわんぐわんと酔ったままで、うっすらと目を開けると──すぐ目の前に、見間違えるはずのない、もとちゃんの顔があった。 「秀太大丈夫か?」 「ん……? もとちゃん……?」 俺が虚ろに呟くと、足元の方から弦が何故かニヤニヤしながら、俺の足を無理やりタクシーの後部座席へと押し込んできた。 「秀太飲みすぎや、ほんまにお前もまだまだ子どもやのぉ」 弦にそんな風におちょくられるなんて、俺も相当ボロボロやな……。 「それにしても、客3人乗りのタクシーに、3人で乗って迎えにくるって、あほすぎませんか?」 外から聞こえてきたのは、呆れながらも笑っている新くんの声だ。 「それほどびっくりしてんて! 秀太が酔い潰れるなんて普段絶対にないから! それに野中さん!そのアホ発言は、一緒に乗ってきた洸くんのこともディスってることになるんやからな!」 弦が外の新くんに必死に訴え返している。 「洸くんはいいんです。それすら愛おしいですから」 「でも、俺は気づいてたで? 新くんに会えると思って、飛び乗ったから。それに空くんだって」 弦の後ろからひょっこり顔を出した洸くんが、無邪気に新くんに笑いかけている。 「そうなんですか? じゃあさっきの言葉は撤回しますけど、控えめにいうて弦さんはいらんかったですよねぇ?」 「ねぇ~?もとちゃんおるのにねぇ~?」 「どう考えても力持ちの俺はいるやろ!! ほんまお前らは……」 弦がため息をつきながら、「おっちゃん、もう出してください!」と運転手さんに声をかけた。と同時に、バタンと後部座席のドアが閉まる。 ──え、弦、結局乗らんの? それにちょっと待って。俺、もとちゃんの膝に寝転んだまま、この体勢で帰されるん? 車が滑らかに発車し、加速する重力のせいで余計に身体が動かない。俺はそのまま、座り直す力も気力もなくて、もとちゃんの太ももの上に身体をまかせた。 車が滑らかに発車し、加速する重力のせいで余計に身体が動かない。俺はそのまま、座り直す力も気力もなくて、全面的にもとちゃんの太ももの上に身体をまかせた。 もとちゃんはそれ以上何も言うことはなく、ただ、手のやり場に困って泳がせているのが、伝わってくるこいつの身体の硬さでなんとなく分かった。 ……なんか、よかった。 あのまま、もとちゃんが怒って自分の家に帰ってしまって、そのまま二度と連絡が取れなくなるかもしれないなんて、心の隅では本気で怖かった。 さっき、メッセージや言葉で何度も『家で待っといて』ってしつこいくらい繰り返したのは──こいつを失うのが、ただ、怖かったからや。 「……ちょっと気持ち悪いかも。背中さすってくれる?」 「あ、うん、この辺?大丈夫?」 ぎこちない手つきで、もとちゃんが俺の背中をさすり始める。別れる直前まで怒ってたのが嘘みたいに優しい。 俺だって、もうちゃんとわかってる。もう、こいつの事をただの幼馴染やとは思って無いことは。 「……ありがとうな。迎えにきてくれて」 「……うん。秀太遅いし、終電あるから、もう帰ろうかと思っててんけど。丁度な、グループラインでメッセージ見てもうたから。やから、仕方なくな。2人も心配して行くっていうから」 あんなに怒りながらも、ちゃんと家で待っててくれたんや。なんてお利口さんな忠犬なんやろう。 俺は身体を上に向き直し、まだ少し拗ねているかのようなもとちゃんの顔を見つめ、その頭を優しく撫でた。 「……たまたまでも、仕方なくでもええよ。俺は嬉しい」 スッと、目尻から涙がこぼれ落ちる。詳しい事情は何も言えへん。やけど、嬉しいもんは嬉しい。それは仕方ないやろ。 俺の涙にあてられたのか、もとちゃんが引き寄せられるように、俺の方へと顔を寄せてくる。──ほんまは、それを受け入れたい。でも、今はまだ、できひんねん。 「あほ、こんなとこで何してんねん」 笑いながら軽く頭を叩くと、もとちゃんは何もなかったかのように、スッと窓の外を眺めた。 多分、勘違いをしてしまった自分に恥ずかしくなって、必死で誤魔化してるんやろう。 でもな、今のでハッキリわかった。──俺ら、確実に両想いなんやなって事は。 ◇ 「秀太、歩ける?」 エレベーターを降りて、家までの廊下。もとちゃんに抱き抱えられるようにして、なんとか玄関へ入る。 こないだまではそんな事無かったのに。好きだと認めてしまえば、こんなに、心臓ってうるさいくらいドキドキするもんなんやな。 それに、酔いも相まって、今はこいつに甘えたくて仕方ない。これはあかん。俺は飲みすぎると少し理性を失うみたいや。 「もう無理や。部屋まで抱っこして」 玄関に座り込んで、立ったままのもとちゃんに両腕を伸ばすと、あからさまに照れた様子で、俺の体をどう持ち上げようかオロオロと迷い始めた。 だけど意を決したように腕が差し込まれ──。 「うわっ、こっわ」 一気に持ち上げられたかと思うと、意外と高い視線に思わず笑いが漏れる。さすが毎日重い酒ケースを運んでるだけはある。身体がブレることなく、めちゃくちゃ安定してる。 「で、この高級ワイン、どこにおいたらええの?」 「ふふっ、えらいええように言うてくれて」 もとちゃんの口調がいつもの調子に戻ってきて、心の底からホッとする。よかった。俺、陸さんとタクシーに乗る前のあの目を見たとき、完璧に嫌われたと思ったから。 「ソファでええよ。しばらく横になったら大丈夫やと思う」 そっとソファに降ろされると、もとちゃんもその隣に腰掛けた。すると、自分の膝をぽんぽんと叩いて、ここに頭を乗せるように促してくる。ほんま、こいつは。ただの善人なんか、それとも天然たらしなんか。こっちの動揺をちっとも分かってへん。 「……ありがとう」 酔いに任せてその膝に甘えると、満更でもなさそうにもとちゃんの口元が緩んだ。 「……ほんま、陸さんとの間で何が起こってんのかわからんけど、無理すんなよ」 「……もしかして、弦に聞いた?」 「まぁ、ちょっとはな? でも、自分達の事が原因やけど、弦も2人の間で何が起こってるかは詳しくわからんって言うてたから」 「……洸くんもその話聞いてた?」 「いや、洸くんがシャワー浴びてる時にコソッと教えてくれてん。内緒にしたいからって。でも、それ聞いてちょっと納得いったわ。……秀太が俺の事裏切るなんて、絶対有り得へん」 「……ふふっ、すごい自信やなぁ」 「……秀太の事は、俺が1番よく知ってるから」 もとちゃんはそれ以上言わずに口を閉じたけれど、耳の裏まで真っ赤に染まっているのが、下からでもよく見えた。 もとちゃんの優しさが俺は愛おしさに胸をいっぱいにしながら、ゆっくりと心地いい眠りへと落ちていった──。

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