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第1話 失恋×キス

「ありがとう、瀬波くん!」  そう言って俺に背を向け、彼女は夕焼け色に染まる教室を出ていった。  その華奢な背中が見えなくなって笑顔で振っていた手をゆっくりと下ろし、俺はふぅと息を吐く。 (あ〜、俺ってほんとイイ奴)  俺は瀬波楽斗(せなみがくと)。17歳、高2。  たった今、失恋したところである。  金髪のチャラ男。俺の見た目はそんな感じ。ちなみに軽音部ギター担当。  この見た目のお蔭か、来るもの拒まずな性格のせいか、中学の頃から女の子に困ったことはない。長続きしたこともないけれど。  でも今回は結構本気だったのだ。だから俺なりにかなり頑張ったつもりだった。  でも結局、彼女は俺じゃない奴を選んだ。 「これってアレだ。俺、漫画とかでよくある、なんとかってやつ。ヤジ馬?」 「当て馬な」  俺たちの様子を後ろの席で静かに見守っていた親友、上杉笙真(うえすぎしょうま)のツッコミが入る。 「そうそれ。当て馬!」  振り返って、ビシっと両手で彼を指差す。  ――今はこいつの存在がとても有難い。  この状況で放課後の教室にひとり残されていたら、いくらいつも馬鹿みたいな陽キャで通っている俺でもきっと目から余計な水分が出てしまっていただろう。  こいつとは家が近所で小学校からの付き合い。まさか高校まで同じだとは思わなかったけど。ちなみに部活も一緒で、こいつはベース担当だ。  羨ましいことに俺より10センチも長身で(中学までは俺の方が高かったのに)、俺とは違っていつも冷静で無口。  しかし俺が女の子からクズ呼ばわりされようが、この見た目のせいで周りから白い目で見られようがずっと変わらず俺の友人をやってくれている、俺以上にイイ奴だ。 「そっかそっかぁ。俺って当て馬くんだったか~」 「いいのか? それで」  訊かれて見れば、いつも何に対しても反応の薄い笙真が割とマジメな顔をしていて、俺はもう一度彼女の出て行った廊下の方を見つめた。  今頃、本命くんのとこに追いついた頃だろうか。 「ん~、ま、幸せになってくれりゃ、それでいいかな~と」 「そ」 「ん」  友人の短い相槌に、俺も短い相槌で返す。 「ならさ、ガク」 「ん?」 「俺と付き合うか」 「……は?」  聞き間違えかと振り向けば、いつもと変わらない少し眠そうな目が俺のことをじっと見つめていて。 (あー、そっかそっか。こいつなりに俺を慰めてくれてんのか)  思わずじーんと来てしまった俺は、そんな心優しい友人に笑顔で答えた。 「確かに、お前と付き合ったら楽しそうでいいな」  ガタン、と音を立てて笙真が椅子から立ち上がった。  そのままこちらにやってきて、どうしたとその顔を見上げた俺の肩を掴んだ。 (――え?)  一瞬のことだった。  見慣れた笙真の顔がドアップに迫ったと思ったら、唇に冷たい感触。  それが、笙真の唇だと理解する前にそれは離れていって。 「じゃあ、よろしく。俺、用事思い出したから先帰るわ」  笙真はそう言うと呆然と突っ立ったままの俺に背を向け、自分のバッグを担いでさっさと教室から出ていってしまった。 「……よろしくって、何が?」  ひとり教室に残された俺の小さな呟きは、外から聞こえてくる運動部の掛け声にかき消された。    *** 「何だったんだ……?」  もう何度目か、同じ疑問が口から漏れる。  自室のベッドに仰向けに倒れ込んで頭に浮かんだのはやっぱりドアップに迫った笙真の顔で。   (キス、だよな?)  そう。キスをされたのだ。  幼馴染で親友であるはずの、あの笙真から。 「……え、何これドッキリ?」  俺を慰めるためのドッキリだったのだとしたら大成功だ。  現にあまりに衝撃的過ぎて、失恋したことへのショックは大分薄らいでいた。  でもそのために男友達にキスまでするだろうか。  知らず触れていた唇からパッと手を離す。 (それに、よろしくってなんだ。よろしくって!)  その前の会話を思い出してみる。  アイツが「俺と付き合うか」とか言うから、俺は「楽しそうでいいな」と答えた。  そしたらキス。  そして「よろしく」。  これが女の子とのやりとりなら簡単だ。お付き合いが始まったということだ。  でも相手はあの笙真である。 「あ~~、わっかんねー!」  これは、やっぱり本人に直接訊くのが一番だ。  寝返りを打って枕元で充電していたスマホに手を伸ばしアプリのトーク画面を開く。  ほぼ毎日のように顔を合わせているから笙真とメッセージを送り合うことは殆どない。課題の提出日を俺が訊ねた数週間前のやりとりが最後となっていた。  画面をタップしメッセージを入力しようとして、その指がぴたりと止まる。 (てか、何をどう訊けばいいんだ?)  ――なんでキスしたんだ?  ――冗談だよな?  ――慰めてくれてサンキューな! でもキスとかwww 「んんん~~?」  どれもしっくりこなくて首を捻る。  書いては消し、書いては消しを繰り返し、結局俺はスマホを投げ出した。 「えー、俺明日どういう態度でいりゃいいんだ?」

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