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選ばれた問題児

「…は…?」  その一言に、胸の奥が僅かにざわめいた。  さっきまで心のどこかで余裕を感じていた。 「誰も俺を退学にできない」なんて、免罪符が俺にはあるから。  だけど今は、嫌な予感だけがじわじわと膨らんでいく。  その予感は——的中した。 「君のおじい様は、昨日をもってこの学園を去られた。  ――つまり、世代交代だ。  今日からこの学園を預かるのは、僕。  現学園長、華宮薫だ」  頭の中が、一瞬真っ白になった。  ジジイが…学園長を辞めた…?   「…な、何で…。」 「驚くのも無理はない。突然の議決だったからね。  君のおじい様は、学園での相次ぐ暴力事件、君の愚行の数々の責任を取るため自ら辞任された。  つまり、祖父の情けは昨日で終わりだよ。  この学園の決定権は全て僕にある。」  ジジイは現役時代、教師という仕事に誰よりも誇りを持っていた。  俺みたいな捻くれ者にも真っ直ぐに向き合い、  何人もの問題児を更生させ、一流大学へ送り出した実績もある。    その成果が評価され、学園長になってからもジジイは変わらなかった。  毎朝、誰よりも早く校門に立ち、登校してくる生徒一人ひとりへ「おはよう」と声を掛ける。  くだらない世間話に笑い、悩みを聞き、卒業した生徒が顔を見せに来れば、自分のことのように喜ぶ。  あのジジイは、心の底から生徒が好きだった。  教師という仕事を愛し、この学園を愛し、そのすべてを誇りにしていた。  毎日が、楽しくて仕方がないように見えた。  …俺がこの学園に入学するまでは。   俺が起こす問題のたびに、頭を下げていたのはジジイだった。  どれだけ周囲から責められても、「あいつはまだ変われる」と信じ続けてくれた。  そんなジジイを、俺は少しずつ追い詰めていたことにも気づかず、この立場に胡座をかいていた。  俺がすごいわけじゃない。  守られていただけだ。  俺を守ってくれていたのは、ジジイだった。  だから——そのジジイがいなくなった今。  俺には、何の価値もない。    体から、ふっと力が抜ける。    手首を拘束する金属の手錠が、  先程よりもずっしりと重く感じられた。     「…残念だけれど。」    "王子"の黄金色の瞳がまっすぐと俺を見据える。     「大半の教師、大勢の生徒が君の退学を望んでいる。  この学園の平和のために。」    淡々と語られる事実に俺は言葉が出なかった。 「だから君には、この書類にサインしてもらう。」  ——「退学届け」。  渡される度、生意気に悪態をつき、  目の前で破り捨ててきたあの紙だ。    ……馬鹿だった。    好き放題した罰だ。  これは当然の結末なのだ。 震える指先で書類を受け取り、霞む視界を瞬きで凝らしながら内容に目を通す。  そこには——   「………ぎょ…ぎょうゆだたく…けいやくしょ…?」   「おお!おしい!それは業務委託契約書だね。」   「……は。」  先程までの雰囲気とは一変。  困惑する俺を見て、"王子"と執事が愉快に肩を揺らした。 「た、退学届けは…?」   「そんなもの、ないよ。    例え僕以外の全員が君の退学を望んでも、    僕が判を押さない限り君は退学にはならない。」     「じゃ、じゃあ…なんで俺をここに連れてきた。」 理解が追いつかない。  説教でも無ければ、退学でもない。 ならばなぜ俺を拘束してまでここに連れてきたのか。 "王子"はカップを静かにソーサーに置き、ゆっくりと口を開いた。 「簡単な話だよ。」  雪のように白い人差し指で書類を指さす。 「君は退学にならない。  君を更生させる有効な方法を思いついたんだ。  君は喧嘩も強い、度胸もある。  頭は弱いけど、理解力はあるし、どうやったらみんなの気を引けるのか…なんて、そればっか考えてるせいか頭の回転も早いとみた。」 予想外の言葉たちに思わず目を開く。 「まあ、自分よりも強い相手…伊織を前にして怯んだのは誤算だったけど。それは、伊織が躾してくれると思うから……ね。」  "王子"が視線を向けると、執事はコクリと頷いた。 「何を言ってる…?」 「君のその力を僕が買ってあげるって言ってるんだよ。  住み込みになるけど…もちろん、報酬はある。  衣食住もついてくるし…君にとっても悪い話ではないと思うのだけど。」  "王子"は椅子から立ち上がると、ゆっくりと俺の前まで歩み寄る。  そっと俺の顎に指をかけ、上を向くように引き寄せた。 「神城 朔真。  ——今日から君は僕の専属執事になってもらう。」  

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