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覚悟

「さて。君にはこれから四六時中僕の相手をしてもらうことになる。 お互いのためにも自己紹介でもしようじゃないか。」 「自己紹介って…俺はてめえらのことなんとなく知ってはいるが…。」 「それは嬉しいねえ。僕たち、有名人なのかな?」 「あたりめーだろ。  いくらボンボンばっかとはいえ、てめえらみたいに主と執事が同じ学校に通ってるなんて聞いた事もねーよ。」  "王子"が楽しそうに笑う横で、執事の険しい視線が突き刺さる。  その視線に ヒッ…と小さな声が漏れた。 「貴方はもう薫様の専属執事。口の利き方には気をつけるように。」 「…あぁ…?  …チッ  はい、はい…。  気をつけ…ます。」  敬語なんてろくに使ったことはないが、  見よう見まねで言葉を紡ぐ。  執事は満足したようにうんうん、と頷いた。 「言葉遣いとか、作法は伊織が躾をしてくれるから、しっかり学ぶように。  伊織はここの教師みたいに甘くはないからね。  ……さっそくだけど、僕の話をさせてもらうね。  君は知っているみたいだけれど。 華宮薫。高等部1年生。そして本日から、この学園の長になった。  趣味は読書と紅茶。  ああそれから、伊織と遊ぶのも好きだよ。 これからよろしくね。」  『趣味は読書と紅茶』…プロフィールまでキラキラしていて少し引く。  いずれ俺のターンがくる…果たしてまともなことが言えるのか。 「わたくしは 御影伊織 と申します。  薫お坊ちゃまのお世話をしております。    高等部3年生。本日から…貴方とはクラスメイトでしたね。  これと言った趣味はございませんが…強いていえば"躾"でしょうか。  以後お見知りおきを。」 こいつらから度々出てくる、"躾"という言葉の意味を俺はいつか知ることになるのだろうか。  ただひとつ確かなことがある。 きっとそれは…生半可なものではない。  ぐるぐると巡る思考の中で、ふたりが俺をじっと見つめているのに気づいた。  俺の番だ。 「あ……ええと、俺は…神城聖奈…です。  高等部…3年生…です。  趣味…とかはないです…。  ……よ、よろしくお願いします。」  たどたどしい敬語でなんとか自己紹介を終えた。  背中にはどっと冷や汗が伝う。  言葉の節々に気を配ることがこんなに難しいことだとは。 「あはは、趣味はないんだね。  喧嘩…かと思ったよ。平和でよかった。」  こんなところで趣味は喧嘩、なんて言ったら執事とのブレイキングダウンが始まってもおかしくはない。  チラリと執事の方を見る。  腕は…別に太くない。  どちらかというと、スラリとしていて暴力とは無縁のように見える。  ただ、体幹は良さそうだ…。 「…なにか怯えているようなのでお伝えいたしますが、私から手を出す…なんてことはございません。」 「そ、そうかよ。」  なぜだろう。  まったく安心できない。 「ただし。  お坊ちゃまへ危害を加えようとした際は、その限りではございません。」  そんな気はした。    淡々と告げる声に抑揚はない。  だからこそ、怖かった。 「伊織。」   「失礼いたしました。」  御影は一礼する。  反省しているようには見えないが。 「ふふ、ごめんね。  さっきも伝えたけど、伊織は少し僕に過保護なんだ。  伊織が言うように、君がいい子にしていれば僕たちが君に恐怖を与える…なんてことはもちろんないから安心して欲しいな。」 「…わかりました。」  "いい子"——17年生きてきて、その言葉の意味を未だに理解できてない自分がいた。 大人が子供を自分たちの理想に当てはめるための、便利な言葉。 俺にはずっと、そう見えていた。 だから反抗してきたのかもしれない。  今まで"いい子"でいることから逃げてきた俺にとって、  その言葉に向き合うのは簡単では無い。  だがそんな屁理屈はこのふたりを前にして通用するはずがなかった。 「…ここから——今まで好き勝手生きてきた君にとって、過酷な日々が始まるだろうね。  逃げ出したくなることも山ほどあるだろう。  暴力なんて以ての外。  感情だって抑えないといけないし、  自分の気持ちを押し殺して白を黒と言わなければならない時もある。 改めて聞こう。  君は——僕の専属執事になる覚悟はあるかい?」  ほんの数時間前の俺なら、「ねえよ」と一蹴りし、椅子にもたれたまま鼻を鳴らしていただろう。  それがカッコイイ、強さだと思って。  だが、今の俺にその選択肢はない。  学校に残るため。  全てを失わないため。  ——覚悟。 「…おう。  俺、執事やるよ。  あんたの世話でもなんでも、やってやるよ。」   「はは、いい目をしているね。  君に声をかけて正解だったよ。」 薫は満足そうに目を細めた。  パン、と薫がひとつ手を叩くと、  伊織が廊下へと続く扉を開いた。 「さっそく君に仕事を与えたい。  詳しいことは伊織に。  よろしく頼んだよ。」 「かしこまりました。  参りましょうか、神城くん。」  短く告げ、そのまま廊下へと出ていく。  俺は慌てて立ち上がった。  退学寸前の崖っぷち不良高校生の俺が、今日から執事。 どう考えても似合わない。  それでも、もう後戻りはできない。  俺は伊織の背中を追いかけるように、学園長室を後にした。

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