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第6話 期待できそうにない高校生活

 閑静な住宅街とは、駅近ではない場所を指すのだろう。神室邸から最寄りの駅へ行くには、二十分以上は歩かなければならない。電車に乗ってからは二駅と速いが、降りてからは十分程度歩く必要がある。  中学のときよりも長い苦行だ。しかし海莉はそのことを厭うよりも、初めてその往路を進んでいるいま、不安でたまらなくなっていた。  入学式だというのに、同じ有明高校の制服を着た生徒の姿がまったく見当たらないのである。  母や神室も入学式のつもりだったよなと、何度も記憶を確かめながら駅を出ると、ぞろぞろと徐行で進む車の多さが目につき始めた。  もしかしたら、神室と同様に車で通学しているのかもしれない。  納得はしたが、同時に居た堪れなくなった。通り過ぎる車内を窺うに、ほぼ全員が両親を伴っている。たった一人で、しかも徒歩で向かっているのは海莉だけのようだった。    海莉は恥ずかしさとバツの悪さを振り払いながら、門のところにいた教師から案内を受けて、式が行われるという講堂へ向かった。  講堂へ着くと、入口横に備え付けられてあった大きなモニターに、式の座席位置と名簿が映し出されていた。  海莉は一年三組らしく、その下に神室の名前もある。  見知らぬ名前が並ぶ中に義弟の名を見つけてほっとしたのもつかの間、話しかけるなと言われていることを思い出し、むしろ別のクラスのほうがよかったかもしれないと項垂れた。  入学式は中学のときの式典と大差はなく、義父が祝辞を述べたくらいしか面白いことはなかった。  終えたあと生徒たちは教室へ集合する予定らしい。明日以降のスケジュールが発表されるそうで、確認したのちに解散とのことだった。  教室の前にもモニターがあり、さすがは私立高だと感心しながら座席位置を確認したところ、名簿順だからか神室の前の席だった。  同じクラスのうえに前後の席とは先が思いやられる。すでに席に着いている神室を、あまり意識しないように近づいていくと、あと数歩というところで神室と話していた男子が海莉の席に腰を下ろした。 「そこ、俺の席なんだけど……」  遠慮がちに言った海莉に、男子はじろりと睨みを向けてきた。すぐにどいてくれたが、詫びどころか挨拶の言葉すらない。  神室は当然のごとく無視を決め込み、四人の男子たちは、海莉などいないかのように会話を続けている。初対面とはいえクラスメイトにその態度はないだろうと、かちんときた。  しかし、それを表に出す勇気など海莉にはない。ヘタレな自分を情けなく思いながらも、レイにメールでもして愚痴るしかないと、スマホを取り出した。 「途中入学?」  メール画面を開いたとき、左隣の生徒から声をかけられた。強張った笑みと、おずおずとした様子から、自分に近いものを感じ取った海莉は、途端に苛立ちを引っ込めた。 「……だよ。君も?」 「そう。俺は竹村(たけむら)(はやて)。海西中学から来たんだ」 「俺は一ノ……神室海莉。新潟から引っ越してきた」 「神室? もしかして神室理事と関係がある?」 「えっ? ……誰か同じ名字の人いた? こっちに親戚がいるなんて聞いたことないけど……」 「へえ。珍しい名字なのに奇遇だね」    だね、などと苦笑していると、後ろから「神室だって」「まじ?」「隆司知ってる?」と聞こえてきて、神室は「知らない子だよ」と答えていた。本気で隠し通すつもりらしい。  颯とはその後自己紹介をし合って、LINEを交換した。  初日から友人ができるとは幸先がいい。朝から嫌なこと続きで気分が沈んでばかりだったが、終わり良ければ全て良しだと胸を撫で下ろした。    電車に乗り込んでスマホを開くと、レイから何通もメールが届いていた。少しでも喋った相手がいたら知り得た情報をすべて送るよう言われていたため、さっそく友人となった颯のことや、入学式の様子を報告した。  海莉の高校生活を気にかけてくれているらしい。すぐに返信が来て、これからも逐一報告するようにと念を押された。  レイも引っ越しを経験している。しかも彼女は別の県どころか異国へ行ったのだ。海莉の比ではないくらいにつらい思いをしたに違いない。  常々『海莉がいたから生きていけるんだよ』などと大げさながらに頼ってくれているのは、環境が様変わりしたせいだったのかもしれない。もしかしたら、そのときの礼をするべく気遣ってくれているのかもしれない。  レイの強さを改めて実感した海莉は、感謝の念を抱きながら、同時に感じたその優しさに胸を熱くした。    しかし、帰宅したあとは一転して、失望に心を沈ませることとなった。  母と義父は夕食の時間までに帰れないらしい。義父たちからだと言って、姫宮から入学祝いののし袋を渡されたが、お金なんかをもらうよりも、直接祝いの言葉をかけられたほうがどれほど嬉しいか。  仕方がないとはわかっていても、義父は壇上で見ただけで、母とは一日顔を合わさないままだった。  入学式という晴れの日にまでこんな扱いをされては、緊張していた自分が馬鹿らしくなってくる。家族に期待するのはやめたほうがいいのかもしれない。  初日から友達もできたことだし、落ち込んでいるよりも、学校生活を充実させるべく気持ちを切り替えよう。  意気込んだ海莉は、翌朝教室へ入って見かけた男子生徒に、さっそく声をかけてみることにした。 「おはよう」  精一杯笑顔を向けて明るく言ったのに、ちらと見られただけで無視をされてしまった。  目が合ったはずなのにと首を傾げつつ、次に目を合わせた女子に「おはよう」と声をかけてみた。しかし、女子は怪訝そうな顔をしながら、すぐに逸らして「行こ」と、近くにいた別の女子とどこかへ消えてしまった。    やはり、中高一貫校という顔見知りばかりの中では、新たに入学してきた生徒はよそ者扱いのようだ。二日目で焦り過ぎだろうかと不安を覚えつつも、こういったことは時間が経つほど話しかけづらくなるとして、負けないぞと覚悟を決めた。  海莉は奮起し、教室の中を順繰りに、全員に声をかけて回った。しかし、みな無視か、素っ気なく「ああ」と答えるだけで、会話を広げる気はさらさらないようだった。 「おはよ、どうしたの?」  自席で意気消沈していたところに、颯がやってきた。 「……途中入学だからって、無視はひどくない?」  海莉は颯に愚痴った。すると颯は顔色を変え、内緒話でもするかのように椅子を近づけてきた。 「俺は覚悟してきたけど、海莉は秋田から来たから知らなかったみたいだな」 「秋田からじゃなくて新潟だけど……知らないって何を?」 「ここは、親の地位とか資産がヒエラルキーに影響してるんだ」 「ヒエラルキー?」 「よっぽど成績がいいとか、部活に貢献したとか、親が地位を築いたとかがなければ、途中入学組の人権なんてないんだよ」  人権とは大げさなことを言う。海莉は冗談を言われているものと思い、から笑いを返した。しかし颯の表情は暗いまま変わらず、声のトーンを深刻げに落としてきた。 「本当なんだって。俺が他の生徒と喋ってるところ見たか? 海莉と……木原(きはら)とも喋ったけど、途中入学組って確信できなきゃ危うく声なんてかけられないんだよ」 「……なんだそれ。ガチだって言うなら、颯はなんでこんなところに入学してきたの?」 「それはあれだよ……ここを卒業すれば、大学でも一目置かれるから、仕方なくだよ」 「一目置かれる? そんな有名校なの?」 「財政界には学歴の派閥とかあるんだよ。大学もちゃんとしたところに行かなきゃ意味ないけど。海莉と同じ名字の神室くんなんて、親の地位だけじゃなく資産も成績も文句無しだ。お兄さんが伝説と言われているくらいの人だったらしいし、そういう人と同級生ってだけで、社会では見る目が変わるんだよ」 「神室……」  言われて後ろを振り向くも、悠々と車で登校してくる神室は、まだ来ていない。 「名字が同じだけで関係がないんなら、下手なことはしないほうがいい。ていうか、大人しくしてたほうがいいって」 「大人しくって……クラスメイトに話しかけるなってこと?」  そういうことだよ、と颯が答えたとき、神室が教室に現れた。クラスメイトたちが我先にと挨拶の声をかけ始めたため、海莉たちの耳にも聞こえてきたのである。  同じ家に住む義兄弟としては、差がひどい。  親の名声や成績で人を差別するなんてバカバカしいことこの上ない。呆れて言葉もない話だが、神室が命じるかのごとく「学校では義兄弟であることをバラすな」と訴えてきた理由に納得がいった。  親の前以外では話しかけるなというのも、その延長なのだろう。ヒエラルキーで下位に位置する海莉とは、義兄弟だとしても親しくしたくないらしい。  一見した神室は、人当たりがよく親切で、優しい好青年である。しかし、実態は差別的で嫌なやつのようだ。  自宅で豹変した神室を見て覚悟はしていたものの、これから先も親しくなることはないだろうことがわかって、がっかりした。  帰宅した海莉は、いつものごとくレイに報告メールを送った。心配を煽るかもしれないが、解決は困難のようだし、自分からおもねるのも面倒そうだ。レイと一緒に憤慨して、気分を晴らそうと考えた。 [朗報じゃん。心配しなくてもよさそうだね]  思ってもみなかった返信がきて、海莉は困惑した。 [どういう意味? 俺のこと心配してくれてたんじゃないの?] [してたよ。海莉が新しい学校で充実したらどうしようって。その感じじゃ程遠そうだね] [いや、充実したいだろ普通は。何言ってんの?] [充実した日々なら僕が提供してるじゃん。学校は勉強するだけの場所だよ]  自宅は寝るだけの場所と割り切ったのに、学校は勉強するだけとなったら、楽しみはどこに見出せばいいというのか。 [レイがいるって言っても、そばにいるわけじゃないんだから] [メールにはなるべくすぐ返信するし、電話の時間を増やしてもいい。頻繁に僕と連絡をとっていれば、そばにいるのと同じだよ] [全然違うって。前にも似たようなことを話したけど、レイにジェシカやジョンがいるみたいに、俺もリアルで友達が欲しいんだって] [リアルの友達ってなに? 僕はリアルだよ] [実在してるって意味じゃなくて、直に会える友達のことだよ] [それって、颯みたいな友達を増やすって意味? そんなの必要ないよ。タカシたちなら許容範囲だけど、颯はなしだ。海莉がどうしてもっていうから許してるだけで、本来海莉に他の誰も必要ないんだって]  何を言っているのか意味がわからない。友達は多いほうがいいに決まっているし、許容範囲とか、許してやってるとか、誰も必要ないとか、なぜそんなことを言うのだろう。  海莉はレイの考えが理解できず、出会って初めて怖さを感じた。 [寂しかったら、夜中でも電話かけてきていいよ。海莉のためなら寝不足くらい何てことないし]  返信していないのに、レイからさらにメールが来た。  レイは当然のように好意を示してくれるばかりか、たまにとは言えない頻度で、独占欲めいた感情も出してくる。  独占欲とは、友人が抱いてもおかしくないものだが、多くは恋愛での感情から起きるものだ。もし、彼女の独占欲がそちらの意味でのものなら、好意を抱いている海莉にとって嬉しいことではある。  だとしても確かめることはできない。もし反論されたら気まずくなってしまうだろうし、想いが通じたとしても会えるようになるのは三年後である。  へたに気持ちを確認しあっては、どちらに転んでも不毛な関係となり、今以上につらくなってしまう。   [了解。授業中にごめん] [海莉からのメールならいつもらっても嬉しいから、時間は気にしないで]  レイから気遣われて、いつもなら嬉しさに口元を緩ませるはずが、海莉は複雑な気持ちでため息をついただけだった。

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