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第13話 似ていない家族

 とりあえず店を出たのだが、母の足元はおぼつかず、義父に寄りかかりながら前後不覚の状態になっている。海莉はこれが千鳥足というものかと納得しつつも、はらはらとさせる動きが心配でならない。 「母さん、大丈夫?」  どうすべきかと落ち着かないでいる海莉に、「大丈夫だ 」と、義父は安心させるような笑みを向けてきた。   「ここは天然の温泉があるという話だから、二人で行ってくるといい」 「二人でって、お義父さんたちは……」 「お母さんを寝かせて、父さんも休むことにするよ。せっかくだし、二人は楽しんでおいで」  穏やかな笑みで請け負ってくれた義父を見て、海莉は安堵に息を吐いた。そもそも海莉にできることはない。義父に任せておけば大丈夫だろうと、神室と二人で部屋へ戻ることにした。 「温泉だって。行ってみようぜ」  神室は部屋へ入るやいなや、荷物の仕分けもそこそこに入浴の準備を始めている。なにやら昼間のときよりも浮き浮きとした様子だ。  しかし、そんな気分に水を差そうとも、海莉は二人きりになったら神室に言ってやりたいことがあった。 「レイのことを母さんにバラすなんてひどいよ!」  こんこんと責めてやらねば気が済まない。その思いで怒りをあらわにしたのだが、神室は悪びれた様子もなく、にやにやとした笑みは露とも崩れなかった。   「……事実なんだし、いいだろ別に」 「彼女だなんて誤解させて、あんな言い方しないでよ」 「でも、酔いつぶれるくらい息子のことを心配してるってことがわかっただろ」    思っていたとおり、わざとだったらしい。誤解を解くのに一苦労だったというのに、結果を見越していたとばかりの態度だ。  神室のお陰で母との距離が縮んだのは事実だが、本当に揶揄以外の意図があったのだろうか。 「……親に謝られるって、かなりキツいけど」 「ふん。謝ってくるだけマシだろ……てか、行かないなら俺一人で行くけど」 「行くって、どこに?」 「温泉。サウナもあるみたいだぞ。ほら」  神室は部屋にあったらしいホテルのパンフレットを海莉に見せてきた。浮き浮きとしていたのは、温泉が楽しみだったからのようだ。  反論もそこそこに、温泉のことばかりに気を取られている神室を見ていたら、海莉は自分が過ぎたことを蒸し返しているだけのような気がして、馬鹿らしくなってきた。 「……俺も行くよ。温泉なんて行ったことないし」 「まじ? そういや旅行したことがなかったんだっけ」 「修学旅行で大浴場は使ったけど、おんなじ感じなのかな?」 「俺に聞かれても、知るかよそんなの」 「なんだよ。教えてくれてもいいじゃん」 「……ガチで知らないんだって。俺も温泉は初めて、っつーか家族旅行も母さんが生きてたとき以来だから十年ぶりだし、温泉なんか入った記憶がない」  視線を逸らしながら答えた神室の言葉を聞いて、海莉は驚いた。以前家族旅行について聞いたときは何も話してくれなかった。苛々と態度を急変させたのは、旅行の記憶がおぼろげだったからのようだ。  片親であることと言い、多忙なその親に放置されていることと言い、神室との共通点が増えていく。 「……他の人たちのことを見ていてればなんとなくわかるだろ。先に身体洗うとかだろうし」  神室はいい加減待ってられないとばかりに、支度したものを手にドアへと向かい始めた。 「あ、待って。……忘れるところだった」  海莉が慌ててスマホを取りに戻ると、神室は呆れた様子で肩をすくめた。   「持っていったって、写真なんか撮るなよ」 「撮るためじゃないよ。なんかあったときのためだよ。神室のその仕草、お義父さんにそっくりだよね」 「……なにが?」 「肩をこうやるやつ」  海莉は神室の真似をして肩をすくめて見せた。すると、神室は今度それに対して片眉をあげ、海莉は堪えきれずに噴き出した。 「その眉毛をぴくりとやるのも似てる」  海莉が口元を緩ませて言った言葉に、神室は一瞬きょとんと丸い目をして、すぐにふんっと鼻を鳴らした。 「そんなの初めて言われた」  神室は、顔を隠すようにドアのほうへと向き直り、さっさと一人で出ていってしまった。  まるで恥ずかしかったかのような反応だ。  海莉はまさかと驚きながら慌ててドアに鍵をかけ、神室を追いかけた。 「……そうなの?」 「兄さんは父さんそっくりだから、似てる父子だってよく言われてたけど、俺は母さん似だったから、一度も言われたことがない」  神室がまたも実母の話を出してくれた。  神室の母は、神室が五歳のときに交通事故で亡くなっている。それは母から聞いて知っていたが、神室から実母のことを聞いたのは今夜が初めてだった。ささいなことかもしれないが、義兄弟である神室と家族の話をするというのは、他の誰としても得られない特別な気持ちが湧いてくる。  それは、薄く張られた糸がしっかりとした結びつきになっていくような、親近感が高まる喜びみたいな感情だ。   「お義兄さんのこと知らないからわかんないけど、神室とお義父さんは似てると思うよ。声もそっくりだし、あと気配っていうか、リビングに入ってきたときに、一瞬どっちなのかわからないときがある」 「眼科に行ったほうがいいんじゃないか?」 「……わからないってのは、はっきり見えてないときだけだよ。雰囲気が似てるっていうか」  廊下を進んでエレベーターに到着し、ボタンを押すとすぐに来たので乗り込んだ。人けのなかった廊下だけでなく、中にも誰の姿もない。海莉たちだけのようだから声をひそめる必要はなさそうだ。 「……一ノ瀬とお義母さんもあんま似てないよな」 「あー、そうだね。なんか俺、お父さん似なんだって。写真でしか見たことないけど、少なかったし、写りも悪かったからよくわかんなかった」 「……俺ら四人でいると、誰も似てないから家族に見えないかもしれないな」  神室はにやりと口の端をあげた。似ていないことが寂しいというのではなく、おかしく感じたらしい。 「確かに。誘拐犯と被害者に見えるかな?」  それならばと、海莉もふざけた調子で返してみた。家族となって二ヶ月しか経っていない四人が誰も似ていないなんて、周りにどう映っているのだろうと考えると、そんな馬鹿なことが思い浮かんだ。 「酒で酔いつぶして逃亡を図る計画は成功したな。誘拐犯たちのいぬ間に、スパを楽しんで冷蔵庫のドリンク飲み干してやるか」  さすがにふざけすぎたかなと思いきや、神室もにやにやとした笑みのまま乗ってきてくれた。  海莉の前でだけ別人のように変わる神室は、これまでともまた違う人のように見えてきた。嫌味や口調は相変わらずだが、笑顔は増えたし、冗談を言ってくれるようになった。  あまり人に話せなかった母のことも、神室であれば気詰まりになることはない。義理でも同じ息子という立場であるうえに、一緒に暮らしているからだろうけど、その事実だけでなく、親に対して同じような感情を抱いてきたように思えたからだ。  神室には兄という存在がある。まったく同じとは言えないまでも、親へ向けている感情が近しいというそれだけで、海莉にとっては神室を特別とする理由に十分だった。  神室のことを知るほどに親近感が増し、もっと彼のことを知りたいという好意も同時に覚え始めていた。

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