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第22話 予想外の大所帯

「……転入生と来たんだ?」  振り返って目にしたのは颯と木原だった。現時刻は十一時近くだ。塾の模試は諦めたのだろうか。 「誰?」  レイから耳打ちされて、たまに話題に出していた颯であることを説明した。 「あいつが颯?」  颯の名を出した途端に眉間の皺を深くしたレイは、まるで海莉の盾になるかのように一歩前へ出た。 「海莉が行けないって言うから模試サボっちゃったじゃん。来ることにしたんならLINEしろよ」 「俺のせいなの?」 「そうだよ」  相変わらずの颯とともに近づいてくる木原は、レイに怯えた顔を向けながらもそばへ来て、海莉に目礼してきた。 「木原くんも神室……くんのファンだったんだ?」 「いや、そういうわけじゃないんだけど……」 「木原は女子目当てなんだよ」 「やめてよ竹村くん」  口を挟んだ颯に木原が真っ赤な顔で抗議したとき、海莉は隣にいたレイからぐいと腕を掴まれた。   「どういうこと? 僕とのデートでここに来たんじゃないの?」 「え……デートっていうか、レイと遊びに来たんだよ」 「でも目的は神室くんだろ?」  ひそめた声でレイと話していたのに、聞こえていたらしい颯が余計なひと言を投げて寄越した。 「神室が目的ってどういうこと?」 「いや、目的はレイと遊ぶためだって」 「さっそくさっき見かけたんだけど、ほらこれ。めちゃくちゃかっこよくない?」  誤解させてしまったレイをなだめたいのに、颯はひょうひょうとした様子でスマホ画面を向けてきた。そこには、水着姿の神室が檜山たちを前に談笑している様子が写っている。遠くからズーム機能で撮影したのであろう画質の粗さだが、間違いなく神室だ。 「海莉は颯と一緒に神室の水着姿を撮りたかったの?」 「違うって」 「そうだよ。あ、俺は竹村颯って言います。転入してくるんだろ? 途中入学みたいなもんだし、よろしくな」  颯にはレイの苛立ちが伝わっていないのだろうか。よくぞこの状態のレイにのんきな声をかけられるものだ。 「……各務です。海莉から話は聞いて知ってるよ」 「まじで? 何話したんだよ、恥ずいな」 「颯は神室のことが好きなんだよね?」 「え、そんなこと話したの? 好きっていうか、憧れてるだけたけど」 「だったら、海莉に近づかないでよ」 「海莉に? 近づくなんて、俺はただ話し相手になってやってるだけだし」 「なってやってる? 何様なの?」 「えっ?」 「話し相手になってあげてるって言うなら海莉のほうだよ。海莉には僕がいるのに、優しいから颯の相手をしてくれてるんだよ」  レイは颯が気に食わないらしい。初対面なのに食って掛かるとは、イギリスの学校でもこんなふうにトゲトゲしていたのだろうか。  どう仲裁するべきかはらはらとしていた海莉に、空気のようだった木原が「あの」と声をかけてきた。 「なに?」 「天王寺さんたちが……」  声をかけてきたはずが、木原の目は別の方向に据えられていた。その視線の先を追った海莉は、なぜなのかをすぐに理解し、どうしようと青ざめた。 「あっちに休憩スペースっぽいところがあったよね」 「どうしたの?」 「いいから」  レイと颯の腕を引き、数十メートルほど先に見える建物へと向かい出したのだが、一歩遅かった。 「神室くんだよね?」  神室を先頭に、男女六人が海莉たちのほうへまっすぐ向かってくる。女子たちは近づいてきた途端にはっと頬を染め、何事かをこそこそと話し始めた。 「ぐ、偶然だね」 「本当に奇遇だ。驚いたよ」 「夏休みだし、あり得ることじゃないかな……」 「そうかもしれないね。僕たちはこれから昼食をとる予定だったんだけど、よかったら偶然を祝って一緒に食べない?」  神室の提案に、檜山たちは「おい」と驚きの声をあげ、颯と木原は青天の霹靂といった顔で固まった。   「ど、どうだろう……俺たちは来たばっかだし……ねえ?」  海莉はおずおずとみなの顔を見渡した。女子たちは嬉しげにきゃっきゃと喜んでいるものの、他は押し黙っている。颯と木原は口をぱくぱくとするだけで、レイは信じられないものを見るような目つきを神室に向けているのみだ。 「こんなところで同じクラスのメンバーに会ったんだ。せっかくだからお昼だけでもどうかな?」  神室は、なんの含みもない優しげな笑みを浮かべている。提案は純粋なものにしか聞こえない。しかし、海莉の目には神室の心のうちが見えていた。  内心は海莉への苛立ちで荒れ狂い、隙を見て文句の一つでも言ってやらねば気が済まないなどと考えているに違いない。その神室がわざわざ誘ってくるということは、拒否すれば面倒なことになりかねない。誰も反応を見せないことだし、一存で決めてもいいだろうと、海莉は承諾の旨を伝えた。    昼食はお店で買うと思いきや神室が用意してきたらしく、冷暖房付きの個室を予約してあるとのことで、向かうと姫宮がローテーブルに重箱を広げていた。外向きでの義兄弟の関係を把握している姫宮は、海莉にも初対面かのような挨拶をして、テキパキと並べたあと去っていった。  八畳に十人という大所帯は手狭だが、なんとか座れそうだ。ただ、箸や取皿は余分にあるのにプラスチックのカップが六つしかない。のどが渇いていた海莉は飲み物を買ってくると言って、一人部屋を出た。 「あれ、神室だよね?」  廊下へ出た途端にレイが追いかけてきた。   「だよ。別人みたいでしょ? どっちも素らしいから、神室は嫌な奴じゃないんだって」 「何言ってるの? 別人みたいに顔を使い分けるやつなんて悪いやつに決まってるじゃん」 「人聞き悪いな。また悪口かよ」  なぜ神室まで来るのか。おまえの飲み物はあったじゃないかと海莉は天を仰ぎたくなった。 「悪口じゃないよ。本当のことじゃん」 「一ノ瀬は俺のファンってことになってんだから、のおまえが俺のこと悪く言ってちゃまずいんじゃないのか?」 「ファンなんて振りをしているだけだよ! 本当は義兄弟じゃん。血も繋がってない、文字ね」 「……そんな大声出していいのか? 義兄弟だなんてバレると、親友が面倒なことになるぞ?」 「隠したいのは神室の都合でしょ? 海莉に嘘をつかせるなんて性格悪すぎる」 「ふん。男のくせに女の振りしてたやつに言われたくないな」 「振りなんてしてない」 「こいつの気を引くために、敢えて写真を送らなかったんだろ?」 「なに言ってるの? 僕は本当に写真を撮るのが嫌で」 「こいつは送ってやってたのにか? それが事実ならそっちこそ性格悪いじゃねえか」  どうして二人は馬が合わないのだろう。  レイとここへ来たのは、神室の予定を聞いたからだった。颯に頼まれたからでもなく、単に遊びに来たわけでもない。偶然を装うのは無理だとしても、学校での品行方正な神室を見せて、好戦的ではない彼を知ってもらいたかったからだ。  そしてあわよくば一緒にレジャーを楽しめたらと目論見、颯といるところに鉢合わせたこと以外は計画どおりだった。  しかし結果は、火に油を注いだたけだったようだ。  とりあえずこんなところで口論させておくわけにはいかない。海莉は自動販売機へ向かいながら、神室に用件を聞き、トイレと返ってきたので、だったら向こうだよと無理やり二人を引き離した。  食事中も近くに置いてはまずい。神室は颯と、レイは天王寺たち女子に囲まれるよう誘導して、なんとか二人を関わらせないようにした。しかしその弊害で、別の問題が起きてしまった。  昼食だけという約束のはずが、天王寺たち女子三人がレイと別れるのを不満がり始めたのである。 「僕は海莉と来たからさ」 「それはわかるけど、せっかくなんだし大勢のほうが楽しくない? 夏休みが明けたらクラスメイトになるんだし」  レイがいくら断ろうとも、女子たちはしつこく言い含めようとしている様子だ。レイの反論があまり強くないからだろう。相手が女子だからか神室や颯とは違って強く出られないようだ。   「そうだよ。竹村くんたちも僕たちとまだ一緒にいたいようだしね」  天王寺たちの目当てはレイだから、少しでも一緒にいたいと望む理由はわかる。しかし、神室がなぜ積極的なのかはわからない。むしろ反対する側に回るものと思っていたのに、文句を言い足りないのだろうか。   「こここ光栄です! 神室くんと一緒に遊べたらめちゃくちゃ嬉しいです!」 「じゃあ、神室たちと颯たちだけで遊べばいいじゃん。僕と海莉はアトラクションのほうにも行きたいし」 「わたしたちも行きたい」  結局のところ、女子のパワーに押し負けた形となり、私服に着替えてアトラクションのあるほうへと向かうことになった。  その道中、海莉はそう言えばと思い出したことで首をひねった。レイはイギリスにいた頃は男女問わずに戦っていたとの武勇伝を語っていた。なぜ天王寺たちにはたじたじとなったのだろう。  後から聞いたことによると、イギリスの女性とは違って、日本人女子は体格も小柄で顔立ちが子供のように幼く、小さい子を相手にしている気分になるからと言う話だった。性別は関係ないと思えるレイでも、子どもが相手と思うと強く出られないらしい。  ということで、男子七人女子三人という大所帯で、まるで青春のごとくの一日を楽しむことになってしまった。

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