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No.24 八日目・秘書「ある男の正体」

都内の動物園らしく、付属の駐車場というものは、どうやら無い。 だから近隣の時間貸しのパーキングに車を停めようとするが、世の中はまだお盆休み真っ只中、さらに土曜日ともなれば、駐車するまでに時間を食ってしまった。 執事に持たされたミカの麦わら帽子を持ち、万華鏡をジョガーパンツのポケットに入れた。 ユニにリードをつけ、チケット売り場へ走るが、そこで一悶着が起きる。 「ペットを連れてのご入園はお断りしております」 チケットを購入すると、定型文を読み上げるようにそう告げられた。 確かに常識的に考えれば、動物園にペットを連れては入れないだろう。 白い毛がモフモフとした大きな犬は隠しようもなく、強行突破も難しそうだ。 「緊急事態なんだ。小学三年生の女の子が連れ去られて、今この中にいるんだ。この犬ならスムーズにその子を見つけられる」 アクリル板の向こうに座っているチケット売り場の女性は、ピンと来ないようで、首を傾げている。 俺のこの焦りが、ちっとも伝わらないのがもどかしい。 「誰か、特別に許可を出せるような上の人は、そこにはいないのか?頼む、時間がないんだ。一刻も早く、見つけてやりたい」 「少々お待ちください」 彼女は悠長に、どこかへ内線電話をかけている。 イライラとしながらも、周囲に目を配るが、見える範囲にミカの姿はない。 「担当の者は今出ておりまして、一時間ほどで戻りますので、お待ちいただくことになりますが……」 (あぁ、どうしてこうも融通が利かないのだ。とはいえ、彼女もこれが仕事なのだろう。客の無理な要求は、のらりくらりとかわすのが一番だ) 「ねぇ、まだかなぁ。あっちの列に並び直したほうがマシ?」 後ろからも「早くしろ」と言いたげなカップルの声が聞こえてくる。 ユニを連れた俺は列を離れ、自動販売機でミネラルウオーターを購入した。 そして、多少日陰になっている場所にユニのリードを繋ぎ、ミカの麦わら帽子をかぶせて、水を飲ませる。 「ユニ。この日陰でちょっと待っていてくれ。俺がなんとかするから」 そう伝え、俺は一人で動物園へ入った。 園内をキョロキョロと走り回り捜索しながら、俺はある人へ電話をかける。 電話の相手は、とある仕事のプロジェクトで知り合った、都議会議員の秘書だ。 彼のボスは、都立の美術館や、動植物園のイベントに深く携わっていたはず。 お盆休みに電話をする非礼も、俺の個人的な判断でCEOの許可も取らずに彼を動かす無礼も承知の上で、今は彼に頼るしかない。 「もしもし」 「はい」 電話に出た彼の背後から、「パパ、お電話?」と言っている幼な子の声が聞こえる。 同じ秘書という職種から多少親しくしている彼に、早口で事情を説明し「どうか動物園にかけあってもらえないでしょうか」と頼んだ。 「承知しました。それぐらいでしたら先生を通さずに、私の方からの連絡でなんとかなると思います。ただ、聞く限りそれは立派な誘拐事件です。そのお嬢さんを確保したあとには、必ず警察へ通報してください」 彼もとっとと対応し、家族サービスに戻りたいのだろう。 すぐに対応してくれるという。 「ありがとうございます」 俺は、いつかの執事のように、見えない相手に向かって深々と頭を下げた。 この仮は、きっとビジネスで返すことになるだろう。 CEOは何とおっしゃるか。 いや、あの方はきっと今の俺の判断を認めてくださるはずだ。 十数分ほど園の入り口付近を捜索してから、チケット売り場へ戻った。 するとそこには男性職員の方が俺を待っていてくれ、ユニが園内に入る許可をくださる。 「園内にいるスタッフにも通達を出します。捜索対象のお嬢さんの特徴は?」 俺は今朝のミカの姿を思い出す。 確か初めて屋敷で会ったときと、同じ服装だったはずだ。 「淡い紫色のワンピースを着ています。髪はオレンジのシュシュでポニーテール。身長は120センチくらいです」 スマホには執事からの着信履歴が表示されていたが、今は出遅れた分の時間が惜しく、折り返しもせずに俺はユニと広い園内に入った。 — ミカを見つけたのは、やはりユニだった。 鼻をクンクンさせながら長い時間、高低差のある広い園内をうろつく。 キリンのそばにも、コアラ館にも、オランウータンの森にも、ミカはいない。 それでも、ハァハァと息を切らしながら、坂を登ったり降りたりしてミカを探すユニ。 そうして白い犬は急に走り出し、俺をミカの元へ導いてくれた。 広い動物園のかなり奥まで行った、あまり人気の無さそうな草食動物前のベンチに、彼女は横たわっていたのだ。 「ミカ、おいミカ!」 こんなに暑い中、帽子もかぶらず、木陰でもないベンチに座っているなど、どういうことだろうか? 「大丈夫か?ミカ、しっかりしろ」 ぐったりとしているミカに麦わら帽子をかぶせ、お姫様抱っこのように抱えた。 全身が熱くなっているのが分かる。 俺は、園の救護室に向かって走り始めた。 (ミカ。俺たちが目を離したばっかりに、ごめん。ごめんな) 途中ですれ違ったスタッフの男性が、俺に気が付いてくれる。 「この子が、探していた子ですか?」 「はい。熱中症かもしれません」 彼はユニのリードを持ち、事務所にインカムで救急車の要請をしてくれる。 「もう、大丈夫だからな、ミカ。今、涼しいところへ運んでやるからな」 救護室にも連絡が通っていて、経口補水液や冷たく濡らしたタオルをスタッフの人が持ってきてくれる。 冷房が効く中、ミカが目を開け補水液を口にしたときには、心底ほっとした。 「お父さん、アナタも飲んでください。倒れてしまいますよ」 父親ではないときちんと否定したかったが、長い説明になりそうだったし、俺も喉がカラカラだったので、「いや違うんです……」と小さな声で言いながら、ありがたくペットボトルを受け取った。 さすが動物園のスタッフは、動物の扱いにも長けていて、何もお願いせずともユニへ水を与えてくれていたことにも深く感謝する。 救急隊員とマドカさんが同じタイミングで、救護室へ到着した。 マドカさんは、「ミカーーー」と涙を流しながら、彼女に抱きつく。 ミカも、「ママ」と小さな声ながら返事をした。 結局、ミカを動物園へ連れてきた人物は誰だったのか? さっきのベンチ周辺では、ミカを運ぶことに必死で、怪しい人物を探すこともしなかった。 俺はふと視線を感じ、窓の外を見る。 小柄で可愛らしい感じの男性が、心配そうに救護室の様子を窺っていた。 彼は一人でそこにいて、明らかに不自然なたたずまいだ。 俺は救護室を出て、そっと男に近づく。 顔がはっきり見えてくると、どこかで見たことのある男だと気が付いた。 でも、思い出せない。 仕事の関係者?祭りにいた人間?いや、違う。 確かに知っている男なのに、誰なのかピンとこない……。 男は俺に気が付き、ハッとした顔をして逃げ出そうとする。 だから俺は逃がすまいと飛び掛かった。 彼は手に持っていたカバンを振り回し、必死に抵抗をする。 カバンの金属の留め具が、俺の頬をシュッと掠めた。 「痛っ」と思って頬を触ると、刃物で浅く切ったような傷ができ、血が流れ出ている。 彼は俺が流血したことで、逃げる気すら失ったのか、ヘナヘナとその場に座り込んだ。 「ミカちゃんは?ミカちゃんは大丈夫ですか?僕、子どもの扱いとか、全然慣れてなくて、途中まですごく楽しそうだったのに、急にぐったりしちゃって。もう、どうしていいのか分からず……。とりあえず、飲み物を買いに行こうと、自販機を探しに行っていたときにアナタが現れて……」 「オマエ、よくもそんなっ!」 俺が男の胸倉をつかみかけたとき、救護室から担架に乗せられたミカが出てきた。 マドカさんが、こちらに気が付き、近寄ってくる。 「どうしたの?頬から血が出ているわ」 彼女はハンドタオルを貸してくれた。 血で汚れるのを申し訳なく思いながら、それを借りる。 「ミカ、念のため、近くの病院に運んでいただいて点滴してもらうことになったわ。でも大丈夫だろうって。助かったわ、ありがとう」 彼女の目線が男へ向く。 「アナタ……どうしてここに?」 男はしょんぼりと俯きながら「ごめんなさい」と呟いた。 「ハリーの義理のお兄さんだって名乗る人に、50万円の謝礼を払うからって頼まれたんです……。ハリーの姪っ子が暇にしているから、サプライズで動物園へ連れて行ってほしいって。ドッキリみたいに驚かしてやりたいんだって。彼女は僕のファンだから、きっと喜んでくれるって……。ハリーも、僕が姪っ子のために動いたら、きっと僕に感謝するだろうからって……」 俺はようやく気が付いた。 彼がメンバーカラー紫のムッチだということに。 (なんて浅はかなことを……。元メンバーのこんな愚行をCEOが知ったら、どれだけ悲しまれるか) 俺はムッチの腕を逃がさぬように掴みながら、動物園の入り口へ連行する。 園の外では、パトカーも待機していて、彼らにムッチを引き渡した。 彼もまた、嵌められたのだ。 大きな罪にはならないだろう。 最後に一つだけ彼に尋ねた。 「確認したいことがある。アンタ、どんな車に乗ってる?」 「ぼ、僕は紫の軽ワゴンだけど……」 和彦くんが撮った写真は、こいつの車だったというわけか。 納得していると、マドカさんは俺と警官に、新たな展開を告げる。 「私の元夫の本当の狙いは、無人になった屋敷への窃盗よ。今、執事さんが駆けつけてくれてる。だから秘書さんはユニと屋敷へ戻って。おまわりさん、屋敷のほうへもパトカーの手配をお願いできますか?」 俺はポケットから万華鏡を取り出し、マドカさんへ渡した。 「これ、ミカの宝物なのでお守りに」 ユニと二人で救急車を見送ってから、愛車を停めてある駐車場へと急いだ。

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