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【おまけSS】転職活動を始めた生田くんの独り言②
「連絡すりゃあいいじゃん」
飛び上がりそうになった。いつの間にやら俊介もベランダに出ている。
「……なんの話だよ」
「は? 透とのことだよ。やっぱ何? 付き合い始めたわけ?」
どきりとする。
俊介からは以前も指摘されたことがある。そのときは透が僕のことを好きなんじゃないかって話で、まさかと思っていたけど後から事実であることがわかったのだから、ぼけっとしているように見えてなかなか鋭い。
「……同性の友人相手に、なんでそんな話になるんだよ」
偏見がないのはいいことだとはいえ、なぜ一足飛びで正解にたどり着けるのか、その点は不思議でならない。
「雅紀のほうはわからないけど、あいつは間違いなく雅紀のこと好きだろ。告られたりしてない?」
「えっ……てか、なんでそんな断言できるんだよ」
「あいつがあんなに積極的になってるの初めて見たからだよ。雅紀とは会ってすぐに親しくなってただろ? 俺なんて普通に会話できるようになるまで一年以上かかったからな」
「えっ」
それには驚いた。会話なんて出会ったその日から普通にしていたし、むしろ透のほうが多かったくらいだ。
俊介と親しくしているのも、特別だとは思わなかった……いや、そういえば三年ぶりに会ったと聞く西園寺たちの前でもほとんど喋っていなかった。あれは気が引けていたわけじゃなくて、透の普段の態度だったんだろうか。
僕の前だけ特別ってこと?
「あいつは、男の目から見てもぞっとするほど綺麗ってか、顔が整ってるじゃん。それにスタイルも外国のモデルみたいだし。大学でも話しかけるやつは大勢いたわけ。でも、あいつの本性はただの映画オタクだから、それまでにも散々ドン引きされてきたんじゃねえの? 話しかけられてもろくに喋らないっつーか、相槌すらできないくらいおどおどして、逃げ回ってるばっかだったよ。それでお高くとまってるとかなんとか言って手のひら返されてぼっちやっててさ。なんか可哀想になって、映画の話でもいいから相手してやってたら、少しずつ打ち解けてきたってわけ。仲良くなれば、お高くとまってるどころか世話好きのおばさんみたいなやつなのにな」
確かにあの美貌と性格なのだから、モテるはずだとは思っていた。だとしても確かに中身は気弱な映画オタク。彼にしてみれば見た目で惚れられたところでいい迷惑だったんだろう。御曹司でもあるし、言い寄る連中が数限りないほどいてうんざりしていたのかもしれない。
「ああ、やっぱ告られてはいるんだ? それで悩んでるとか?」
「……だから、なんでそうなるんだよ」
「雅紀とはぴったりだと思うけどな。でもあれか、やっぱ同性だから抵抗があるとか?」
「えっ、いや……」
「だとしても、一晩だけの相手と遊び続けるより、一人に絞ったほうが幸せだと思うよ。……俺のように」
俊介はそう切り出したあと、付き合って半年ほどになる彼女の話を惚気始めた。
僕も知っている相手なのに、顔を合わせても一向に話題にせず不思議に思っていたのだが、やはりうずうずはしていたらしい。
聞く耳半分、もう半分は透のことを考えつつ飲んでいると、0時にもなろうかという時刻にインターフォンが鳴った。
「なんだ? ……早苗 かな?」
「約束してたの?」
「いや、してないけど、雅紀が来てるってことは話したから、仕事が終わって顔出しに来たのかな」
「こんな時間に?」
「……えっ? ああ、確かに来るにしては遅すぎるか。店が閉店するのは8時だし……」
俊介はにやついた顔を収めて、首を傾げながら玄関へと応対に向かった。
まさか。いや、もしかしたら……期待を必死に抑えようとするも、何度ももたげてきてしまう。
「雅紀……」
ドアを開けた様子もなく、俊介が戻ってきた。
「どうした?」
「知らねえおっさんなんだけど。意味わからなくて怖い」
「知らないおじさん?」
透じゃなかった落胆よりも、ぞっとするほうが先に来た。0時に見知らぬおじさんだなんて、確かにホラーめいてる。
「ちょっと見てくんない? 俺にしか見えてなかったら嫌なんだけど」
「……わかった」
そんなこと言うなよ。怖さが増すじゃないか。
なかなか進まない足をなんとか動かして玄関へと向かい、ドアスコープに目をあてる。
おそるおそる見てみると、確かに年の頃40半ばほどのおじさんがいた。
しかし拍子抜け、いや驚いたことに見知らぬ相手ではなかった。
「……小林さんじゃん」
「だれ?」
俊介の驚く声を背に、勝手にドアを開けて呼びかけた。
「どうされたんですか?」
「あっ、ちょっと、雅紀」
「生田様……」
深々とお辞儀をされる。やはり間違いないようだ。
「なんで小林さんが? 透はどうしたんですか?」
「はい。お会いするお約束の日になりましたら、お連れするようにと申し付けられて参りました」
お会いするお約束って、確かに0時を過ぎたから今日だけど……って、まじで?
「なに? 透の知り合い?」
「ああ、透の専属運転手さんで……」
「は? その人がなんで雅紀を? てか、なんで雅紀が知ってんの?」
「それは……俊介だって透の車に乗るんだから覚えてあげなよ」
「そんなことしてもらうわけねえじゃん。酔いつぶれたときに送ってもらったことはあるけど、意識があるときなんて待ち合わせてその場で解散……」
言いかけた俊介は思いついたような顔になる。
「……そうか、雅紀は特別だからか」
思わず顔が熱くなる。
「あ、いや……てか、さっき送ってもらっただろ?」
「それも雅紀がいたからだ。んで、こんな時間に約束してたってのはなに?」
「えっ……」
「だったら最初から透んとこで世話になれよ。面接のこと内緒にしておけとかなんなわけ?」
なにやら不機嫌になっている。
「いや、約束は明日の夕方で、帰る前に顔を合わせようと思ってただけで……」
「嘘つけよ。なんなのもう。痴話喧嘩の間に入るほど暇じゃないんだけど」
「痴話喧嘩って……」
「もう、隠すなよ。水臭すぎだろ。仲間だと思ってたのは俺だけ?」
顔が曇った俊介を見て、申し訳ない気持ちになる。
確かに友人同士が隠れて付き合っていたら面白くないのはわかる。
わかっていても俊介に打ち明けられなかったのは、気が引けていたからだ。
同性同士だからという理由も少なからずあったけど、彼に偏見がないことは前からわかっていたし、多少の気恥ずかしさも同様に、一番はそれらじゃない。
僕なんて透には見合わない。その想いがどうしても拭えず、僕よりも透と親しい俊介に知られるのが怖かったからだ。
「不満があっても雅紀にはぶつけるな」
いきなり胸を射るような声が聞こえて、びくと身体が震えてしまった。
俊介も驚いたのか、不満げな顔が驚愕に変わっている。
「いきなり現れんなよ」
「透様……」
呆れ声の俊介と、驚きに身をすくませた小林さんの前で、透がぽつりと言う。
「……5分待っても来ないから」
「は? 5分? バカじゃねえの? 頼んだ意味ねえじゃん」
「早く雅紀に見てもらいたくて」
「なにを? 見せたいものならさっき会ってたんだからそんときに出せよ」
「いや、そのときに気づいたから」
「気づいたって何?」
「……雅紀がこっちで仕事探しているのなら、家も必要かと思って、その……」
「はあっ?」
玄関を開けたまま、ほとんど外と言っていいところでの立ち話だったせいで、俊介の驚愕の叫びは真夜中の住宅街に大きく反響した。
「雅紀のアパートを探してたわけ? こんな時間に?」
「アパートではなく、マンションだ」
「……頭おかしいんじゃねえの?」
「確かに、どの路線がいいのかまでは聞いていなかったが……」
「そういうことじゃねえよ……って、おい!」
俊介のツッコミを耳にしながら、僕は構わず透を抱きしめた。
途中まで我慢していたけど、もう限界だった。
「人ん家のまえでなにしてんの?」
うん。ごめん俊介。でも今は許してくれ。
「仕事を探していること、なんで知ってるんだ?」
「俊介と話していたのが聞こえて、もしかしたらと……」
確かに面接がどうのとは話していたけど、そこから推測して行動に移すなんて信じられない。
信じられないけど、もしかしたら、不機嫌そうな様子を見せていたのは考え込んでいたせいだったのだろうか。
「明日聞くといいながら、聞く前に行動してるじゃないか」
「ああ。驚かせたくて」
「……なんだよ。怒ったのかと思ってた」
「俺が雅紀のことを? そんなことあり得ない。それより今から見に行くか?」
怒っていないということは、素気なくあしらわれたというのも勘違いだったらしい。
脱力してしまう。ほっとした反動でなおのこと嬉しさが込み上げてくる。
「いいけど、それよりも透の部屋に行きたい」
だからこそその前にしたいことがある。
「……じゃあ、いつ見るんだ?」
顔を赤らめた彼が愛らしい。そんな顔をされたらうずうずとしてたまらなくなるじゃないか。
「明日でいいだろ?」
「……わかった」
答えた彼の手にぎゅっと力が入った。
ああ、愛しくてたまらない。無理。もう我慢ができない。
僕は透の首元にまで腕を回してぐいと引き、その口にキスをした。
「やっぱすでに付き合ってんじゃねえか! そうならそうと早く言えよ」
ぷんすか怒った俊介と、おろおろとする小林さんを尻目に、愛しい男の体温と息遣いを感じながら、僕は幸福を噛み締めた。
なんていい男なんだろう。
誰もが見惚れるほどの美貌やスタイルを持つ御曹司でありながら、僕を愛してくれるばかりか、驚くほどの行動力で喜ばせてくれる。
透と付き合えているなんて奇跡みたいなものだ。
そんな彼からの愛を感じた今、友人のまえだろうが我慢できるはずがない。
今はその幸福を噛み締めさせてくれ。
……いや、待てよ。なんで今だけなんだ?
まるでいつの日か透を失うみたいじゃないか。
彼と離れたくはないし、誰にも渡したくない。
確かに気が引けるときもあるが、だとして不安になっている場合じゃないだろう。
不安なんて感じる暇がないくらいに努力すればいい。
彼に見合うだけの男になって、彼を世界一の幸せ者にすればいい話だ。
そうだ。
幸福にしてもらうばかりじゃなく、僕がする。
愛されたから愛したんじゃない。
愛されなくても惚れていたであろうほどに、僕が彼を愛しているのだから。
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