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中学二年の時に行われた、バース診断。オメガと判定された俺はかなり気落ちしていた。
「え。涼太、オメガなの? あんた子供産めるの」
姉がそう言って落ち込む俺に追い打ちを掛けた。
「うちはお父さんもお母さんもお姉ちゃんもベータなのにねぇ」
母さんは困ったように苦笑していた。
男らしさのない顔は母親に似たのだと思いたかった。嫌な予感はしていたのだ。筋肉のつかない体で他の男子に差をつけられ、体育の授業についていけず、成績が落ちてきていた。
「大丈夫だよ、中村くん」
中学の保健の先生に、近頃は良い薬があるからと励まされた。
「オメガでもちゃんと働いている人は多い。やりたいことを諦めなくてもいいからね」
そう言って、先生はバース性専門の病院を紹介してくれた。
もっとも、俺にはまだ、はっきりとした将来の夢はない。あまり遠くの高校に行くのは不安で、近くの学校に入学できるよう、勉強はそれなりに頑張った。だってオメガなのだ。先生に何を言われたって、長距離の通学には心配しかないだろ。
そうして無事、志望校には合格。薬の副作用もほとんどなく、発情期と言われてもピンとこないくらい。俺はこのまま、オメガであることを気にせず生きていけるんじゃないかと思っていた。
でも。
入学した高校に『運命』がいた。
入学式で運命のアルファに出会い、その場で発情した俺は、ベータの先生たちに保護されて、一応は無事だった。周囲から向けられる視線がなければ、もっとよかったんだけど。
俺の運命の相手は白瀬忠直という、隣のクラスの男子だった。背が高くて、爽やかなイケメン。なるほど、アルファというのはこういうものかと思った。他の生徒たちと比べて、見るからに優秀そう。
入学式を途中で抜け出し、白瀬家と中村家で話し合いの場が持たれたらしい。らしいというのは、俺はそこに参加しなかったからだ。運命のアルファに近付けばまた発情が起きるかもしれなくて、まだ15歳の俺たちが番うのは早すぎるし、とにかく隔離となったのだ。
俺は泣いた。訳が分からなかった。俺の意思じゃない。俺の気持ちじゃない。相手は知らないやつだ。そう思うのに、近付きたくて触れて欲しくてたまらない。運命だからだ。引き離されることが悲しく、顔を見ることもできないのが切なかった。電話で話をすることだけ許されて、べそべそ泣きながら名乗り「会いたい」と言ったのを覚えている。相手も切羽詰まった様子だった。
緊急抑制剤が効いて発情が収まると、今度はどうしてそんなに会いたかったのかわからなくなった。初対面の相手にああまで欲をむき出しにしたかと思うと、羞恥で死ねる。何が運命だ。
俺は病院に運ばれて、抑制剤が強いものに変更された。出会ってしまった以上、運命の番を引き離すのは良くないらしい。どちらかが転校して済む話じゃなかった。けれど、年齢が年齢だ。当分は薬で発情を抑え、番うのなら18歳になってから。それまでにお互いのことを知ればいいということになった。
翌日、俺は休みたかった。だって、どんな顔して教室に入ればいい?
俺はもう、入学式でヒートを起こした有名人だ。悪い意味で目立ってしまった。
いっそ仮病でも使おうかという俺の目論見は、姉の声であっさり打ち破られた。
「涼太ー! 白瀬くんが迎えに来てるよー!」
白瀬。白瀬忠直。俺の運命のアルファ。
なんでそいつが、この家に?
会うのが怖かった。もしもまた発情したら。「もしもの時のために」と渡された、ポケットの中の緊急抑制剤をぎゅっと握った。病院で説明は受けている。今飲んでいる薬は運命の番が相手でも十分な効果を期待できるもので、白瀬も同等の効果がある薬を服用することが決められているから、顔を合わせても問題ないと。でも。
「涼太! もたもたしてたら白瀬くんまで遅刻しちゃうでしょ!」
姉は容赦なく俺を家から追い出した。
もし本当に体調不良だったらどうするんだ、まったく。
「えっと、おはよう?」
爽やかイケメンが至近距離でにこりと笑った。一瞬ドキッとしたものの、それ以上は何もなくて安堵する。
「……なんで、迎えに」
「だって。涼太は僕のオメガだから。心配なんだよ。体調、大丈夫?」
「…………ああ」
呼び捨てていいとは言っていない。『僕の』と言われるのも気に入らない。でもその若干のむかつきが、ちゃんと薬が効いていることの証明だと感じた。
いつかこいつと番うのか、本当に?
あまり考えてたくない。ほんの数年前まで、俺は自分を男だと思っていたし、今でもそうだ。オメガだと言われて、全部すんなり受け入れたわけじゃない。
「行こうか」
白瀬に促されて歩き出す。
「その……お互い、色々あるけどさ。仲良くしたいな。僕は」
そんなことを言われて、ちょっとイラッとしながら白瀬を見上げた。
「あんたは、俺が相手でいいの」
「だって、僕の運命だよ」
「でも男だ。可愛い女の子が運命だったら良かったって、思わないか?」
白瀬が苦笑した。
「選べるものじゃないからね」
その声で、白瀬にも不満がないわけじゃないのだと感じた。運命のアルファに好かれていないかもしれないと考えたら、つきん、と胸が痛かった。オメガの本能がこいつを求めているんだろう。
「僕は――例え運命じゃなくても君がいいって、思えるようになりたい」
白瀬が空を見上げて、言った。
「そのために、君のことを知りたいし、一緒にいたいんだ」
ああ……そうか、そうだよな。
俺たちは運命の番だけど、それ以前に、ひとりの人間同士で、まだ高校に入学したばかりの未成年者で、お互いほとんど初対面で。俺はこいつのことを、何も、知らない。
「……俺も」
好きになりたい、なんて、言うのは恥ずかしくて、言葉を濁す。
「まあ、その。えっと、よろしく?」
白瀬がくすっと笑った。その笑顔に、何故か嬉しいような、くすぐったいような、むずむずした気分になる。
この先、俺がこいつを改めて選んだとして。それは一体、どこまでが本能なのだろう。わからない。でも。
「なんつーか、その」
俺は意味もなく赤面しながら、視線を泳がせた。
「……期待、してる。格好悪いとことか、がっかりさせんなよ。俺の、運命……なんだから」
白瀬がぱあっと笑った。眩しいくらいに。
「もちろん。あ、涼太はどんな人が好み? 僕ができる範囲で涼太に好きになってもらえるように頑張るからね」
白瀬がさり気なく車道側を歩きながら、言う。
「どうせなら、学校一のバカップルとか言われるくらいになりたいねぇ」
「いや、バカップルはやめろよ。そこは『似合いの二人』とかでいいだろ」
「あ、そっか」
俺は白瀬のことを何も知らない。でも、こいつが運命だというのはどうにもならない事実。少しずつ、歩み寄っていけたらいい。
「まあ…なんだ、その。まずは、友達から……」
俺の提案に、白瀬は一瞬、キョトンとした。その顔が、可愛い、なんて。俺はどうなってしまったんだ。
「そうだね。友達から」
白瀬が手を差し出してくる。挨拶の握手かと思ったら、きゅっと握った手を離してくれない。
「そのっ……友達と手を繋いで歩くとか、小学生でもなかなかしないと」
「嫌だった?」
「えっと」
「嫌じゃないなら、このままで」
結局、白瀬は校門まで手を離さなかった。俺も振り払ったりはしなかった。できなかった。その様子は同級生たちにも目撃されていて。
学校一のバカップルへの道は、案外遠くないかもしれない。
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