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アルファだってろくでもない

 しまった、と思った時には遅かった。俺はもうヒートのフェロモンを抑えられなかったし、目の前にいる男はアルファだった。冒険者として受けた依頼の帰り道、村から街に向かう途中の安宿で二人きり。あっと言う間に組み敷かれて、気付けば半裸に剥かれていた。 「……ソール。まさか君がオメガだとはね」  アルファの男、剣士のバーティが顔をしかめる。息が荒いのは、俺のフェロモンにあてられているからだろう。 「なんでベータのふりなんか」 「そんなの、わかるだろ。自衛のため……だよ」  オメガはオメガだというだけで蔑視されるし、どんな目に遭うかわからない。冒険者なんていう荒っぽい仕事をしていたらなおさらだ。  バーティが熱い息を吐く。それが俺の耳をくすぐって、もどかしさに身を捩る。  抑制剤は、と聞かれて首を振った。 「……落とした。ポーチの底が破れてて」  そうじゃなければ、いくらヒートでも、こいつに押し倒されるなんてことにはならなかったはずだ。  ため息をつかれた。機嫌を損ねたのかもしれないと感じて悲しくなってくる。これもアルファに気に入られたいと思う本能か。 「オメガ用の薬なんて持ってないよ……」  そうぼやいて、バーティは俺に口付けてきた。少し酒の気配がする。比較対象はないけど、たまらなく気持ちのいいキスだった。 「ふ、あぁ……バーティ」  俺の本性はみっともなくアルファを求める。すがりつく腕が言うことを聞かない。でも、なけなしの理性を総動員して懇願した。 「噛まないで、くれ。頼むよ」 「『応急処置』だけしろって? 俺じゃ不満?」  鳶色の目に強く睨まれた。 「……だって。大事なことだろう……」  発情中のオメガがアルファにうなじを噛まれたら、番が成立する。一度番になってしまえば、そのオメガは他のアルファを受け付けない。アルファ側から番の解除をすることはできるけど、番を解除されたオメガは二度と他のアルファと番うことができなくなる。今こいつに噛まれたら、俺の人生を背負わせてしまう。そんな迷惑はかけられない。 「ソール」  バーティが耳元でささやいた。それだけで、腰のあたりがぞくぞくする。 「ぁ……なに?」 「恨むなら薬を落とした自分を恨みなよ」  俺の腰から下にまとわりついていた服が剝ぎ取られて、投げ捨てられた。自分も全裸になったバーティが、覆いかぶさってくる。ああ、いい匂いだ。もっと欲しい。この香りに包み込まれたい。駄目だと思うのに、このアルファが欲しくて仕方がない。全部受け入れたい。腹の中が切なくてつらい。本能と理性がせめぎ合う。  バーティが俺を見下ろして笑った。 「物欲しそうな顔しちゃって」  腹が、胸が、足が、素肌が触れ合う。俺はバーティにしがみつき、少しだけ、泣いた。まったく、オメガなんてろくなことがない。 「あつい、バーティ。たすけて。くるしい……つらい……」 「ソール……」  頬を撫でられ、口付けられて、それから。 「ぅ、あ……あァ、バーティ、あッああッ」  ろくに慣らしもせず侵入してきた熱いモノに喘いで、俺はバーティの背中に爪を立てた。 「……君、もしかして処女なの?」 「はぁ、んう……あ、あァ」  返事をする余裕もなく、のけぞり喘ぎながら、俺はこくこくとうなずいた。  バーティがうめく。 「……そうか……まいったな」  世の中には処女を嫌うアルファも少なくないという。面倒だからとか、遊ぶのには向かないとか、気持ちが重いとか。バーティにとってはどうなのだろう。俺は面倒だと思われたのか?  バーティは剣士、体も鍛えている。比べて魔法使いの俺は、細くて腕力は弱い。魔法がなければ敵うことのない相手。押し倒され、弱い部分をさらけ出し、怖いと思うのが正常な気がする。けれど、今の俺はあらゆる感覚がおかしくなっている。乱暴に揺さぶられて、肌を吸われて、撫でられて、全部、全部気持ちいい。 「うつぶせになれる?」 「あッ……ん……」  簡単に体を裏返されて、後ろから抱かれた。俺の、男としての役目を果たすことのないモノが、健気に薄い精を吐き出す。気持ちいい。でも、足りない。まだ本当に欲しいものがもらえていない。下腹部がきゅうきゅうと疼く。 「バーティ、あぁ。おねがい。もっと」  もちろん、という返事は耳元から聞こえた。  髪をかき上げられ、首筋に口付けられて、一瞬、理性が戻ってきた。俺はベータに擬態していたから、ネックガードをつけていない。 「やめッ……だめだ、馬鹿!」  うなじを庇おうとした手を掴まれる。詠唱しようにも枕に顔を半分押し付けているし、魔法が使える状態じゃない。筋肉による暴力が急に恐ろしくなる。 「言ったろ、自分を恨めって」 「バーティ! ぅああぁ、ああッ!」  うなじに熱を感じ、全身に強い快感が駆け巡った。噛まれた……そう理解した直後、頭の中は真っ白になっていった。  *** 目が覚めて最初に感じたのは倦怠感。それから関節の鈍痛、あらぬところの違和感と、飢えが満たされた充足感。ほとんど無意識にうなじに触れた。そこは止血のためか布が巻かれていた。 「起きたみたいだね」  横を見ると、バーティがリンゴを剝いていた。全裸で。何か着ろ。せめて下は履け。寒くないのか、こいつ。 「食べられるかな。少しは何かお腹に入れた方がいい」  俺はバーティを睨みつけた。 「噛むなと言った」 「ああ。そうだね」 「なんで、こんな勝手なこと」 「牙が疼いて仕方なかったんだよ」 「そんな理由で!?」  複数のオメガと番えるアルファにとっては、その程度のことなのかもしれない。けれど。 「俺にとっては一生を左右することなのに?」  アルファが傲慢だというのはよく言われることではある。まさかこいつもか。 「あんたの一時の欲で支配されてたまるか」 「待って。勘違いしないで」  リンゴを俺の口元に押し付けて、バーティは俺がいるベッドの縁に腰掛けた。 「一時の欲なんかじゃあない。そこはわかって欲しいな」  まあ、リンゴには罪はないか。そう考えて、しばらく無言でしゃりしゃりとかじった。  肩を抱き寄せられた。すんと首筋の匂いを嗅がれ、背筋を撫で上げられた。いつもより官能的な香りは番になったからか。少し触れられただけでぞくぞくと快感が走り、俺は震えて、息を吐いた。 「やっぱり。まだヒートが終わり切ってないよね」 「そんなことより。なんだよ……わかれとか。いきなり言われても」  バーティは機嫌良さそうに笑って、俺の頭を撫でる。子ども扱いされているようで気に入らない。 「怒らないでよ、ソール。俺はね、もうずっと前から君を噛みたくて仕方なかったんだから」 「…………え?」 「ベータだと思っていたから我慢してた。自分がおかしくなったのかと心配したくらいだよ」  バーティが俺の腰を撫で、わき腹を撫でる。抑えきれない喘ぎが漏れて、機嫌が良さそうなアルファはますます笑みを深くした。  食べかけのリンゴを取り上げられた。ほぼ芯だけになったそれがテーブルの上の皿に置かれる。 「初めてだって知って、余計に欲しくなった」  バーティがささやく。ついでのように俺の耳を食む。 「ん……やめ、」 「まだ誰にも触れられていないんだよね。それなら今俺の番にすれば、もう本当に、完全に、俺だけのものだ。そう思ったら、止まれなかった」 「けど、俺は」  同意していないどころか、半分力づくで噛まれたのだ。簡単には納得できない。 「どうしても嫌?」 「嫌だと言っても、なかったことにはできないだろ」 「それはそうだけど……」  バーティがしょんぼりと眉を下げる。 「……俺は、魔法士だ」 「うん。そうだね」 「誰かと番ったからって、戦うのをやめる気はない」 「いいんじゃない? 無理にやめなくても」 「いいのか、本当に?」  アルファというのは、本能的にも社会上の役割としても、オメガに子を産ませたいはず。でも、俺はそれをする気がないと言っているんだけど。少なくとも、当分の間は。 「ソール」  バーティが微笑んだ。優しげに。 「ねぇ、ソール。俺と番うのは嫌?」 「嫌とか、嫌じゃないとか、今更そんなこと」  すでに番ってしまった以上、俺はバーティに依存して生きるしかない。 「どうせもう、離れられないだろう」 「安心して。離さないから。あ、喉は乾いてない?」  口移しで水を飲まされた。甘くて気持ちよくて、我慢できずにもっととねだり、俺はまた押し倒された。熱を持った体は汗ばんで、それが触れ合うと互いの輪郭が溶け合うみたいで、気持ちいい。すがりついて、喘いで。俺はバーティに身を任せた。 「あ、あぁ……ん、うあ……」  声はすっかりかすれて、それでもまだ揺さぶられて。アルファの長い射精を幸せな気分で受け止める。でも、それは本能の話。俺の理性は番に腹を立て、身勝手すぎると苛立っていた。 「ぁ、んっ……俺は、オメガは、物じゃ、ない……」  オメガは何かとアルファの所有物として扱われがちだ。でも、人間として対等に扱われるべきじゃないか。ヒートというどうしようもないものがあるとしても、もっと、ちゃんと。 「わかってるって」  バーティが俺の顔中にキスを降らせる。こいつ、こんなことをする印象じゃなかったけどな。 「ソール。キスしていいかな?」 「もうしてるだろ」 「そうだけど」  バーティが唇を重ねてくる。そのまま侵入してきた舌に、どうしたらいいのかと戸惑う。俺はこういうことに関する経験値がほとんどない。オメガとして自衛するため、色恋はとことん避けてきたのだ。歯をなぞられ、頬の内側や上顎をくすぐられる。気持ちいい。頭の芯からぐずぐずと溶けて流れて落ちてしまいそうだ。  顔を離したバーティが満足そうに息を吐く。気持ちいいかと聞かれて、うなずいた。 「よかった。俺のこと、嫌いじゃないよね?」 「……乱暴で、強引、力が強すぎて、しつこい。きらいだ」 「俺は好きだよ、ソール」  何を言われたのか、咄嗟に理解できなかった。  きょとんと見上げた俺の頬に、額に、またキスをして、バーティが笑う。 「好きだよ。番うなら君がいいと思っていたんだ」  俺は顔を背け、視線を泳がせて、言った。 「そういうことは先に言え、ばか」  ***  その後、バーティの正体が訳ありの貴族で、バーソロミューなんとかという長ったらしい名前があることを知った。お家騒動のごたごたが落ち着いたとかで、俺はバーティの正式な伴侶として迎えられることになった……なって、しまった。嫌だと駄々をこねたものの、オメガの俺は番と離れては生きていけない。オメガなんてろくでもない。もちろんアルファもだ。 「ソール。流石にそれはやめようか」  バーティが苦笑して、俺の手から自分の下着を取り上げた。 「返せ」 「だーめ。ほら、こっちあげるから」  シャツを渡されたものの、匂いの強さという点では少し劣る。  不満が顔に出ていたのだろう。バーティが俺の頭を撫でた。 「それじゃあ、ちょっと出かけてくるけど、いい子にしててね。巣を楽しみにしてる」  本当は行くなと言いたかった。そろそろヒートが近い俺は、番が恋しい。けれど騎士団の仕事ではわがままも言えない。  バーティのシャツを抱え込んで、俺はうなずく。 「なるべく、早く帰ってこい」 「わかってるよ。君の機嫌を損ねたら、魔法士団長から怒られちゃうし」  俺もバーティも冒険者を引退した。戦うのをやめる気はないという俺の願いは、国に仕えるという形で叶えられている。今の俺は魔法士団の隊長のひとりだ。オメガの団員は他にもいて、きちんとヒート休暇がある。  バーティが俺の額にちゅっと口付けを落とした。 「愛してるよ、ソール」 「あ、ああ」  まったく。バース性に振り回されるなんて、くだらない。だけど。 「俺も……」  俺は、熱を持った顔を番のシャツで隠しながら、小声で言った。 「ぁ……あぃ……してる。たぶん……」  ぎゅうっと俺に抱き着くバーティの嬉しそうな気配。それから。 「やっぱり行くのやめていい?」  そんな声がしたから、俺は夫を睨み上げた。 「俺を理由に仕事をさぼるなよ」 「いや、だって。こんなに可愛い番がヒート間近なのに!」 「いいからさっさと行ってこい!」  俺がバーティを怒鳴りつけると、番がいるオメガの使用人が主人を部屋の外へと引きずっていった。  本当に……困ったものだよな。アルファも、オメガも。

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