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第1話 伏竜と墨星

 人魚の歌声を聴くと、恍惚の内に溺れ死ねるという。  ここ|四神王島《スーシェンワンダオ》には人魚が棲むという伝説があった。  毎年、何人もの人間が海辺で何者かの歌を聴き、行方不明になる事から生まれた話かもしれない。    ◆◆◆ 「……これがガキを助けて、捕まったバカな人魚……、だと?」  そんな暴言をオレに吐いてきたのは、濃紺色のスーツを着た、長い黒髪の人間だった。  水槽の中からソイツを睨みつけると、相手は片目を細めた。  その片目や表情から感情は伺い知れない。  不思議な事に、その男は片目に黒い皮のベルトみたいなものを巻きつけており、自ら片方の視界を封じていたのだ。 (なんで片目を隠してるんだろ?)  そんな事をする存在は人魚の世界では見た事がなかったので、ついジロジロ見てしまう。男もオレの事を凝視していて、視線が交じり合うのは、何だか気まずい。  すると男の周囲に居た部下らしき男達が片目男に話しかけた。 「|伏哥《フーゴー》(伏のアニキ)、人魚って実在するんですね! しかも男の人魚って、こんなに見目が良いとは……。こりゃあ、オークションで、かつてない値がつきますよ! 俺ら|青龍門派《チンロンメンパイ》の財源が、また潤いますね!」  何か難しい会話をしてるけど、片目男はフーゴーっていうのかと思って、水槽から顔を出して呼びかけた。 「おい、フーゴー、オマエ、なんで片目を隠してるんだ? それじゃあ前がよく見えないだろ? ニンゲンって、船とかヒコーキとか作れる癖に、結構バカなんだな~」  あはは、と笑うと、フーゴーの周囲の男達が瞬時に引き攣った顔をした。  何でそんなにビビってるのかと思ったけど、フーゴーは眉間を寄せている。  もしかして傷ついたのかな。見た目の割に繊細なんだなと思いつつ、オレは正直な気持ちを伝えた。 「でも、オマエのその顔のやつ、カッコ良いよな!」  フーゴーが片目を見開いた。  おっ? 褒められて嬉しかったのかと思い、オレは大きな声で続ける。 「オレは良いと思うよ! そういうのスキだな!」  水槽の縁に両手を乗せて、しっぽで水面を叩きながら伝える。  心からそう思ったのだ。  そいつは本当に、綺麗な顔の男だったから。  艶のある黒髪に、翡翠色の瞳は意思が強そうで、それでいて冷水のような清廉さを感じる。唇を開く度に漏れる吐息混じりのかすれた声は色っぽく、きっとこいつと出逢った女の子は皆、恋に落ちちゃうんじゃないかなと思うくらい、雄としての魅力と自信に溢れていた。  そんな奴が片目を隠しているのはミステリアスで、その秘密を知りたくなってしまう事だろう。  まぁ、オレは女の子じゃないし、陸地に来たのは、居なくなった姉ちゃんを捜す為だから、ニンゲンにウツツを抜かすとか有り得ないんだけど。  けどオレの言葉にフーゴーは沈黙したまま動かない。 「……」  無言で見つめられるので困ってしまった。 (いや、もしかして人魚のオレの魅力に見惚れちゃったかな~? 人魚はニンゲンと違って不老だし、美形揃いだからさ!)  調子にのったが、直ぐに我に返る。  ま、まぁ、オレは一族の中で一番、見た目も歌もポンコツって言われてるけど……。  そんな風に考えていると、ぽつりと聞こえた。 「……|伏竜《フーロン》だ」  ん?  片目男を見つめると、そいつは再び繰り返した。 「伏竜だ。伏哥ってのは部下からの呼びかけだ。手前に呼ばれる謂れは無ぇ」  そう教えられたので、オレも答えた。 「ふぅん? ニンゲンって、いっぱい名前があるんだな~? あ、オレは|墨星《モーシン》! 星が無い、真っ暗な夜に生まれた希望の子だから墨星って名前なんだって、|白月《バイユエ》が教えてくれたんだ~! それで、伏竜! 聞きたい事があるんだけどさ!」  白月……つまり、オレの姉ちゃんの名前を口にすると、伏竜が片眉を上げた。  しかし、伏竜の周囲の奴らは先程みたいに凍りついてるし、伏竜は露骨に機嫌が悪そうに、舌打ちしながら告げた。 「他人の名前を呼び捨てにしてんじゃねぇ!」 「別に良いだろ、それくらい! オレの名前も呼び捨てでいいからさ! それよりさ、白月を知らない? 数年前に陸に行くって書き残したきり、音沙汰なくてさ……。オレが世界一、大好きなひとなんだ!」  何よりも姉ちゃんの事が心配で大事だから、そう伝えたのに、伏竜は苛々が増していっているように見えた。  それでも、低い声で問うてくる。 「……その女、手前の何だってんだ」 「何って……。この世で一番大事で、大好きなひとって言っただろ?」  言わせんなよ~こんな事~! シスコンみたいじゃーん! と内心でテレテレしながら、尾びれをバタつかせて伏竜を見たオレは、息が止まりかけた。 「……」  伏竜は、まるで死刑宣告をされた人みたいに、形の良い唇をわななかせ、瞳から光を失って見えたのだ。 「フ、伏竜……?」  名前を呼んだけど、伏竜は疲弊した死にかけの獣にでもなってしまったかのように、ゆるゆるとした動作でオレを見つめた。  そしてその顔には、何だか見覚えがあった。  暗く冷たい冬の海で、無抵抗に沈む少年の面影が脳裏をよぎる。  小さな手を引いて砂浜まで連れて行く最中、冷え切った瞳に熱が灯るのを見た気がする。  あの子は無事に生き延びられただろうか……?  人間は海の中で生きられないから砂浜に置いてきたけど、海に還ろうとするオレをあの子は泣きながら追いかけていた。  溺れるから来ちゃいけないと叫んでも、行かないで、傍に居てって、ずっと……。 (あの子、どうしてるかな……)  だが、オレは首を振った。 (いやいやいや! あの子はまだ子供だろうし! 伏竜、オレより老けてて、でっかいし! それより今は姉ちゃんを捜すのが最優先事項だし! 伏竜なんかに構ってるヒマないし!)  気を取り直すも、オレが姉ちゃんの名前を呼ぶ度に伏竜の機嫌は傾いてゆく。  周囲の部下達が伏竜を止めようとするも、伏竜は長い髪を揺らして背を向けて退室しようとする。  そんな相手にオレは慌てて呼びかけた。 「お、おい! 伏竜!」  しかしアイツは肩越しに振り返ると、病んだ笑みを浮かべた。 「……上等じゃねぇか。クソ餓鬼。金を持て余した汚ぇ親父どもに買い回されてこい」 「は?」  問い返すも、伏竜はオレの方を見ずに告げる。 「汚れきった手前でも、手前の女は引かずに受け入れてくれりゃあいいがな」  何言ってんだオマエ! 性格悪いぞ! と水槽の中で叫ぶも、ドアは無情に閉じられたのだった。

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