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 はあはあと荒い自分の呼吸が耳障りだった。熱くて、もどかしくて、刺激が欲しくてたまらない。けれど、目の前にいるのは大して親しくもない男。こいつと、なんて冗談じゃない。そう思うのに体はちっとも言うことを聞いてくれなかった。 「いやぁ。役得だね。君のこんな姿を見られるなんて」  そう言ってディランが笑う。嬉しそうにも、どこか自嘲しているようにも見えた。  騎士団の同期ではあるが、ろくに会話をした覚えもない。そんな相手とどうしてこんな。いや、わかってはいる。違法な薬の出所を調査するはずが、その薬を盛られて、俺が動けなくなったからだ。 「さわるな。これ以上、は……」  俺はディランに押し倒されながら、睨んで、呻いた。 「団長の恨みでも買うかな? でもね、放ってはおけないよ。君、自分の状態わかってる?」  は、と熱い息を吐いて言う。 「……放っておけば、いいだろ」 「見なかったことにしろって? 無理言うなよ、バリー」  ディランが俺の服を剥ぎ取っていく。布が擦れる感触すら、今の俺には毒だった。 「ぅ……いや、だ」 「今ここに団長を呼んでくるのは無理だし、僕で我慢してよ」  ああ、完全に勘違いされている。それもそうか。あんな噂が流れていたのでは。  ディランの手が俺の腹を撫でた。 「ひ、ア……」  堪えきれずに漏れた嬌声。それが出たのが自分の喉からだなんて理解したくもない。 「……でぃ、らん」 「ん。気持ちいい?」  奥歯を噛みしめても、息が苦しいばかりで、体が俺の意識を裏切る。いっそ理性を手放してしまえば、楽になるのだろうか。  俺の服をすべて脱がせ、ディランは自分も上裸になった。 「ぅ、あ。あァ……」  熱を持った体に、ディランの少しひんやりとした肌が触れる。胸元から腹まで密着して、わずかな汗の気配と体温と生々しい感触が快感を呼ぶ。嫌だ。こんなこと。 「ころ、してやる。さわるな……」 「睨んでも無駄。全然抵抗できないくせに」 「なんで、おまえと、こんな」  ディランがにこりと笑う。 「そりゃあ、君がうっかり媚薬を盛られたからだねぇ。僕は気をつけろって言ったのに」  ディランの手が、俺の欲の中心に触れた。 「あっ、あ……いや、いやだ……」 「我慢しない。ほら、楽にしてあげるから。君はただの治療だと思っていればいいよ」 「あッ……んあ、うぁ」  高まり切ったところを刺激されて耐えられるわけもなく。ぶるりと震えた俺を見下ろして、ディランは獲物を追い詰めた猫みたいにぎらぎらした目をしていた。 「いい子だ、バリー。でもまだ足りないよね?」  俺が吐き出したものを、ディランは俺の後孔に塗り付けた。 「いやだ、やめっ……!」 「あれ? ここ、使ってないの?」 「だったら、なんだって……」  そんな場所、触れられるのも初めてだ。それなのに。入り込んできた指を、体が歓迎しているのがわかった。情けなくて悔しくて視界が滲む。 「もしかして泣いてる? え、君……あの噂は」 「……ってない。ないて、ないっ」 「でも」 「うあ。もう……さっさと、済ませろ。じゃなきゃ、ころす」  俺の膝を押さえつけながら、ディランが言った。 「まいったな。この感じ、君……初めてなのか」  俺は腕で雑に目元を拭って、ディランを睨んだ。さっきまで楽しそうに笑っていたディランが真剣な表情を浮かべる。 「痛い思いはさせたくない。だから時間をくれないかな」  ここまでしておいて、急に気遣うつもりか。どうして。 「……そんなの、いるかよ。う、あ……あぁ」 「気持ちいいでしょ。大丈夫、僕に任せて」 「はっ。どうせ……俺のこと、勘違いしてたくせに」 「それは……まさか団長の方が……いや、流石にないか」  気まずそうな顔をして、それでも行為自体はやめようとしない。わかってはいる。今やめられたら辛いのは俺だ。 「う……ぁ、ん、あぁあ……」 「バリー、君、どうして……団長の部屋に呼ばれてたんじゃ」  そんなことを今言われても、こんな状態で説明できるわけがない。 「まあ、いい。今だけは、僕が君の恋人。そう思ってくれたら……」  囁いて、ディランは俺の耳に歯を立てた。 「あ、アッ、いや……やだ、やめ」  ディランが笑う。その笑顔が寂しげに見えたのは、気のせいか? 「ひあ……」 「可愛いね、バリー。いい声。もっと聞かせてよ」 「ぅ、あ……ああ、あッあぁ――」  指ではないものに穿たれる。思考が離散し、頭の中が白く染まる。俺の体は勝手に弾けて、びくびくと震え、もう声を抑えることなどできなかった。  ***  ああ、くそ。まだ違和感がある。ディランが俺の体につけた跡と関節の痛みは、治癒魔法ですっかり消えた。ただ、それで何もかもなかったことになったわけじゃない。忌々しい男を睨めば、流石に気まずそうな顔をする。 「薬は抜けたみたいだね」  よかった、と呟くその言葉に嘘はないのだろう。ただ、妙につやつやとしているのが腹立たしい。 「……礼は言わない」 「わかってるよ。強引だった自覚はあるし」  俺は、はあ……と息を吐いた。  俺のことを悪く言う連中は多い。団長のお気に入り。稚児上がり。孤児院出身の薄汚い小姓……俺が団長の部屋を夜間に出入りしているのは確かだ。目撃証言に付け加えられた悪意が尾ひれになって、俺は団長の愛人だということにされていた。  俺は確かに孤児院出身だ。いくら魔法や剣のの腕が確かでも、それだけで見下される理由になる。団長の部屋への出入りに理由があっても、言い訳なんてまともに聞いてもらえない。  おそらくディランも噂を信じていたのだろう。俺が団長の『お相手』をしているという噂を。 「行こうか。歩けるよね?」 「ああ……」  けれど、歩き出そうとしてすぐにディランが足を止めた。 「バリー。君を誤解していたことを謝りたい」  そんなの、今更……。 「事情を知ろうともせずに、変な噂を信じていたこと、申し訳なかった。それで……その。もし君さえ良ければ」  ディランが頬を染めて俺を見た。 「僕の恋人になってくれないかな?」 「責任でも取るつもりか? 俺はか弱い令嬢じゃない」 「そういうわけじゃ、ないけど」 「なら、どうして。理由があるなら説明してみろよ。俺が納得できる形で、な」 「それは、その……」  ディランが言葉に詰まり、俯いた。 「説明できないなら、この話はなしだ。本部に帰るぞ」 「待ってくれ」  腕を掴まれて振り返る。ディランは真っ赤な顔をしていた。 「君が好きだ」 「……理由は?」 「理由なんて」 「理由も説明できないのに、納得しろと?」  振り払おうとして、余計に強く掴まれる。 「わ、わかった。説明する。するから」  ディランが深呼吸をして俺をじっと見た。 「以前から君の剣筋の美しさに見惚れていた。魔法も無駄がなくて素晴らしいと思う。君が育った環境を思うと騎士になるのは大変だっただろう。尊敬、している……」  こんな風に言われたのは初めてだ。 「俺の魔法はそんなに威力がない。それで馬鹿にされているのは知ってるだろ」 「威力ばかりが必要ではないだろう? 燈火の魔法や洗浄の魔法なんかは威力より効率が必要だ。君はそういうのが得意じゃないか」  俺が「でも」と呟いたら、それを遮るようにディランが言った。 「とにかく。君が好きだったんだよ。団長との噂があったから諦めていただけで」  ディランが俺を見据える。 「教えてくれ。どうして、団長の部屋に?」 「……言えない」 「バリー」 「団長の許可なく話せることじゃないんだ」  そういう契約を交わしているから、仕方ないんだよ。  ***  騎士団本部に戻ってからも、ディランは何かと俺にまとわりつくようになった。俺を馬鹿にするやつらから護ろうとしてくれている。ディランはそれなりに良い家の出身だから、ちゃんと壁として機能していた。俺も少しずつ絆されてきていることを否定できない。 「新しい庇護者ができたようだな」  団長が苦笑して言う。 「私の役目ももう終わりか」  確かに俺はこの人に護ってもらっていた。けど。 「団長の庇護が要らなくなってきたのは間違いないですけど。俺の方はまだ役目を降りられそうにないですね」 「ああ……すまないな」  別に謝って欲しいわけじゃない。ただ、前任者から俺が『仕事』を引き継いだように、新しい担当者を見つけてくれればいい。 「あ、そうだ。明日の夜は来られないので、魔晶石に魔法を詰めておきますね」  魔法を込めておけば適性に関係なく引き出して使える、それが魔晶石だ。例えば団長には使えない闇魔法を、一度だけ発動できる。けれどとても高価で珍しく、団長でも二個しか持っていない。 「明日? 何か用事か?」 「デートなんです」  団長が一瞬呆けたような顔をした。それから、ひどく驚いた様子で言った。 「デート? お前が!?」 「団長が言ったんですよ。『新しい庇護者ができた』って」 「まさか……ディランと」 「ええ、まあ。まだお試し期間ですけどね。なので、あなたの不眠症で呼び出されるのは困るんです」  俺は団長が持つふたつの魔晶石に『誘眠』の闇魔法を詰めた。敵を眠らせるための魔法ではあるが、これはしつこい不眠症に悩む団長のための睡眠薬代わりである。 「早く俺以外の闇魔法使いを見つけてくださいよ」 「……そうだな」  団長がほんのわずかに寂しげな顔をした。 「お前とこうして話すのも悪くなかったんだがなあ……」 「そんなこと言われても。俺はもうなるべくここに来ないようにしたいので」  ディランを恋人と呼ぶなら、不安がらせるのも腹立たしい噂も、これ以上長引かせたくなかった。

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