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 リアン・アスキスは英雄のひ孫。でも、その英雄に秘密があるとしたら。本当は人々を欺いていたのだとしたら。それはリアンの……僕の、罪なのだろうか。 「リアン?」  ルパートが僕の耳元で喋る。背筋をつうっと撫で上げられて、その刺激に思わず声が漏れる。 「ぁ……ん、あぁ」 「考え事か? ちゃんと集中しろよ。なあ」 「ぅん……あ、ァ……はぁ」  背骨に沿って肌をくすぐる指。僕の秘密を。英雄の血筋の由来を。その指が暴いていく。 「ああ。浮いてきたな、鱗」  僕の理性が薄れてきた時。冷静じゃない時。この身には異形の片鱗が現れる。  英雄は、人間じゃなかった。  魔王を裏切った魔族が、ただ人間と利害が一致した結果、英雄になった。勇者は人間に化けていたのだ。それだけ、だった。英雄の力は全部、人間じゃなかったから、持てたもの。それを僕も受け継いでいる。僕は人と魔族の混血だ。 「るぅ……あッ、ン……」  背骨に沿って僕の背に並ぶ鱗に、ルパートは口付け、舌を這わせる。時折肩や脇腹に噛みつかれて、僕はシーツを掴んで震えて、喘いだ。  僕の異形に気付いたルパートは、秘密を言いふらしたりはしなかった。代わりに求めてきたのは、僕に触れること。何故かこの背中の鱗を愛でるのが好きらしい。僕を快感で酔わせては、うっとりとした様子で鱗を撫でる。  僕が受け継いだのは鱗だけじゃない。腕力も、歯や爪の鋭さも。理性が緩むと強化されて。それはたやすく人を傷つける。それなのに。 「ほら、リアン。こっち向け」  ルパートは僕とのキスをためらわない。僕が顎を閉じたら、噛み切ってしまうかもしれないのに、それでも舌をねじ込んでくる。  熱くて甘い舌も、小さくて丸い歯も、短い爪も。ルパートを構成するすべてが、あまりにか弱くて、柔らかくて、壊してしまいそうで怖くなる。 「リアン。気持ち良いか?」  聞かなくてもわかるだろう。僕の体に浮かび上がる鱗が証明だ。  耳殻を噛まれ、びくびく震えて、たまらず僕はルパートの腕を掴んだ。なけなしの理性をかき集めて、怪我をさせないように加減しようとする。  でもそれが可能なのは、ルパートが僕の中に侵入してくるまで。 「あ、あぁ……ルゥ、ルゥ……」  か弱くて、脆くて、熱くて、甘い。それがたまらなく愛おしくて……興奮する。  本気で抵抗するなら、僕はきっと簡単にルパートを殺せる。だけど。弱者に蹂躙されることを許し受け入れて喘ぐ。僕とルパートの秘密の関係。英雄の隠し事を隠したままにしてもらうための。  翌朝、僕が掴んだ二の腕には、くっきりと指の跡が残っていた。痣になりかけている。 「ごめん、ルパート。その腕……」 「ああ、これくらい別に」  僕が多少の怪我をさせても、ルパートはそれをあっさり魔法で治してしまう。本人が言うには、たとえ舌を噛み切られても無詠唱魔法で治せる自信があるそうだ。  僕は怖い。いつか自分が、ルパートを酷く傷つけてしまったら。彼の血肉を『美味そう』だと感じてしまうのではないかと。 「あんた、その呼び方はわざと?」 「え?」  首を傾げた僕の耳元に囁くように、ルパートが言う。 「いつも、最中は可愛らしく『ルゥ』って呼んでくれるのに」 「あ……それは、だって」  お互い王国魔法士団の所属。同じ部署ではないとはいえ、接点は意外と多くある。呼び方は僕なりの線引きだ。  知られるわけにはいかないだろう。英雄の子孫である僕が、男に脅され、体を許しているなんて。しかもそれを、むしろ進んで受け入れているなんて。  そもそもは、勇者の血を欲しがる貴族に、たちの悪い媚薬を盛られたことがきっかけだった。どうにか逃げた先で、伸びて変色した爪を、ルパートに見られた。  ルパートは僕を助けてくれたけど、鱗のことも知られた。かつての勇者の秘密を知られた。それ以来、僕は『黙っていて欲しいなら』と、こいつに抱かれている。 「まあ、いいけどね」  ルパートがにこりと笑う。 「俺だけが知ってる特別な呼び名っていうのも悪くない」  僕はルパートがわからない。こいつは僕のことを一体どう思っているのだろうか。  ***  リアン・アスキスは英雄のひ孫だ。俺、ルパート・キーナンは、ずっとその姿を見てきた。遠くからも……誰より、近くからも。  魔王を倒した勇者の子孫。けれど彼はその血筋だけで認められているわけではない。  艷やかな美しい黒髪と対象的な白皙。少し薄めの唇が弧を描けば、男どもは見惚れ、令嬢たちはきゃあきゃあと黄色い声を上げる。その麗しい見目に加えて、魔法も一流。本人にその気さえあれば、将来は魔法士団長だろうと言われている。  そのリアンが魔法士団宿舎の庭にうずくまり、赤い顔で息を荒げていた時。それを見た俺の正直な気持ちは、助けたいよりも『欲しい』だった。  変色した爪や尖った牙、背筋に浮かび上がる鱗を、恐ろしいとは思わなかった。半分異形と化してもリアンは美しく、それを自分が独占しているのだと思うと、ぞくぞくした。  俺は許されないことをしたと思う。毒を盛られて苦しむ相手を「助けてやる」と言って、組み敷いた。とにかく必死だったんだ。二度とない機会だと思った。もう何年も影から見ていた相手が、手の中に落ちてきたのだから。  まっさらな体を開いて、快楽を教えていった。異形の血筋が知られてもいいのかと問えば、呆気ないくらいにおとなしくなった。  恨まれても、軽蔑されても、仕方がないと思ったのに。リアンは一度も俺を悪く言わない。情事に蕩けた顔も、俺を「ルゥ」と呼ぶ甘えた声も、もしかしたら赦されているのではないかと、錯覚してしまいそうだ。  本人はきっと知らないだろう。本当に理性を飛ばして何も考えられないくらいになると、リアンの鱗は額にも浮かぶ。それはどんな装飾品よりもずっと綺麗で、似合っていると思う。  リアンを脅し、騙すようにして汚した俺は、きっと最低な男だ。でも、本当は好きだと、ずっと好きだったと、言ってしまえば逃げられそうで、言えずにいる。  ***  リアン・アスキスは英雄の子孫だよ。勇者様のひ孫だって、みんな知ってる。影では『賢者様』って呼ばれてるんだ。本人がもう英雄みたいなもんだから。ルパート・キーナンは俺の同期でね。魔法士としては攻撃力に欠けるけど、かなり優秀な治癒士だと思う。  あの二人、いい加減どうにかならないかねぇ。職場で顔を合わせるたびにお互いを意識してるのが丸見えで。近くに居合わせるとむずむずして仕方がないんだけど。  最近は二人の間の空気が甘ったるくて、こっちは胸焼けしそうだ。たぶんもうできてるだろ、あれ。この間なんか同じシャンプーの匂いがしてたぞ。なのに付き合ってないらしいんだよな。  賢者様の方はかなり奥手っぽいから、誰かがルパートの背中を押してやればいいのに。  え、俺?  嫌だよ。自分は寂しい独り身なんだぜ?

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