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【閑話】かわいい私の運命の話

 ピンク色のカーテンに、フリルのついた白い枕。花柄のシーツがかかった、お姫様みたいなベッド。その上にはピンクのリボンが付いたくまのぬいぐるみが、こてんと転がっている。  かわいいものでいっぱいの、かわいい私のかわいい部屋。  そんな部屋にふさわしくない、大きな音がさっきからずっと響いてた。 「なんなの!!!」  怒りのままに花瓶を投げつけると、椅子にぶつかってガシャンと耳障りな音を立てた。  ピンクや黄色の色とりどりの花が散らばる。  棚の上に載っていたクリスタルがたくさんついたキラキラのライトも、床に落ちてあちこちヒビが入ってる。気に入ってたのに、全然かわいくなくなっちゃった。  かわいくなくなったものなんて、もういらない。  後で捨ててもらおうと思いながら、ゴロンとベッドの上に寝転がった。  こんなことをしても全然すっきりしない。それもこれも、全部”あいつ”のせい。天井からつり下がる星の形をしたランプを眺めながら、奥歯をかみしめる。  私はこんなにもかわいくて、大切にされないといけない存在なのに……! どうしてみんな”あいつ”のことばっかり!  思い出したらまたムカムカしてきて、天井に向かって枕を投げつけてやった。  家から一番通いやすいという理由で選んだ高校は地域でも結構評判の学校だから、αも結構いるって聞いてた。それなのに、とびっきりかわいいΩの私にふさわしいαなんていなくて、すごくがっかり。  でも、今年になってついに現れたの。私にぴったりのαが!  名前は佐久間 累くん。背が高くて、顔もよくて、頭もいい。しかも、上位種のα! 一目見て、絶対にこの人が私のαだと思った。もしかして、私たち運命なんじゃない?!  だからね、累くんの教室の近くまでわざわざ行ってみたり、帰りに昇降口で待ってみたりしたんだけど。累くん、とっても鈍くって。  こんなにかわいい私に気づかないとかありえる? もしかして背が高すぎて小さい私は見にくいのかな。なんて思ってたら、ある日から突然累くんと全然会わなくなっちゃった。  なんでだろうと思ってたんだけど、すぐにわかったよ。同じクラスの男の子にしたらすぐに調べてくれたの。  クラスのみんなはβばっかりだけど、私のお願いをすぐに聞いてくれるから好きよ。  みんなもかわいい私と同じクラスで幸せだから、Win-Winってやつだよね。  それで、その子がいうには、累くんは今、三年生のβの男を追いかけてるんだって。なにそれ! って思ったけど、その相手を聞いて私はすっごく嫌な気持ちになっちゃった。  そいつは、七海 千歳。βのくせに、αだといわれてもみんなが納得するくらい、きれいな男。  私も初めて会ったときは勘違いして、話しかけに行ったの。そしたら、すっごい困ったような顔された。  ほんと意味わかんないでしょ? しかも、隣にいた前髪の長い、もっさい男がそれを見て「ぷっ」って吹き出して……、もう思い出したらすっごいむかつく。二度と話しかけてなんかやんないんだから。  そんなヤツをなんでαが追いかけてるの?  意味が分からな過ぎて、その日累くんに会いにいってあげたの。気の長い私だって、そろそろすねちゃうぞ。 「くっさ……」  それなのに、累くんは私が話しかけるなり口を手で覆って、そのきれいな顔をこれでもかってほどしかめた。言葉の意味が分からな過ぎてフリーズ。  その間に累くんは「吐きそ……」とか言っていなくなってた。あれかな、体調が悪かったのかな。タイミングが悪くてかわいそうなことしちゃったかも。  それからは、本当にまったく会えなくなっちゃって。運命じゃなかったのかな~なんて思ってたら、やっぱり私の運命は別にいたの!  その人は、田辺 湊っていう三年生。あんなαがいたのに気づかないなんてびっくり。彼こそ私の運命のα。そう思ったのに。湊くんの横にもあのβがいた。マジでなんなの、あいつ。  でも、いくら美人でも所詮はβの男。Ωの私に敵う要素なんてないじゃん?  絶対そう。そのはずなのに。 「ここで言えないようなことなら聞けない。俺は千歳のそばから離れたくないから」  えっ、どういうこと? 上位のαって独自の言語があんの?  あぁ、そっか。わかった。  私はあんまりお勉強は得意じゃないけど(かわいいからいいんだよってパパもママも言ってたし)、バカじゃないからちゃぁんとわかったもん。  二人とも、あのβが何か吹き込まれてるんだって。自分が上位のαを独り占めしようとして、私の、ん~ん、きっとΩの悪口を吹き込んでるんだ! 絶対そう!! 「むかつくむかつくむかつくむかつくむかつくむかつく~~~!!!!」  もう許さないんだから。 「あっ」  いいこと思いついた。私ってやっぱり頭いいのかも! なんて思っていたら、数回ノックの音が聞こえて、私が返事をする前にドアが開いた。  そういうデリカシーのないことをするのはこの家で一人だけ。 「ちょっと、すごい音したんだけど…って何これ?!」  あぁそういえば、さっきちょっとだけ、ものに当たっちゃったんだっけ。仕方ないじゃん、むかついたんだもん。でも、ちょうどよかった。 「お姉ちゃん、私今から出かけるから。ここ片付けといてね~」  かわいい妹の頼み、断るわけないでしょ? こてんと首をかしげてやれば、お姉ちゃんはグッと眉をしかめる。 「そんな顔すると余計にかわいくなくなっちゃうよぉ?」  鼻で笑って、ひらひらと手を振りながら横を通り過ぎる。お姉ちゃんの悔しそうな顔、最高にウケる。かわいくもないβの存在価値なんて、私のお世話することくらいしかないでしょ。こんなかわいい妹がいて、むしろ感謝してほしいくらいだよ。 「そう思わない~?」 「そうだね、かわいそうなお姉さんを気にかけてあげるなんて優しいね」  うんうん、やっぱりこうじゃなきゃ。今目の前にいるαの男だって、ちょっと甘えて、ご飯を一緒に食べるだけで、私の欲しいもの何でも買ってくれる。だ・か・ら。  私のお願いも聞いてくれるよね? 「最近、ちょっと困ってることがあって……」 「えっどしたの? 僕が力になれることなら何でも言って!」 「あのね、実は学校の先輩に嫌がらせされてて……。私すっごく怖くって……ぐすっ」 「なんだって?! 」  わざとらしく鼻をすすれば、それだけで男は憤慨し始める。ほんとチョロい。  αにとってΩは庇護しないといけない存在。そこをくすぐってやれば、みんな私の思い通り。 「βの男の人なんだけど」 「βの分際で……。大丈夫だよ、全部僕に任せて。すぐに片をつける。きっと、明日にはもう終わってるよ」 「嬉しい! こんなに優しい人ほかにいないよ! 次のヒートの時、頼りたくなっちゃうかも……」 「っ!! もちろん! 連絡来れば飛んでいくから」 「ありがとう……!」  するわけないでしょ、ばーか。  心の中で、べーっと舌と出しながら、男と別れてルンルンと家に帰る。  あー明日が楽しみ。こんなに気分がいいのは久しぶりかも。  そう思ってたのに。  次の日にその男から来たメッセージは、私はイラつかせるだけのものだった。 『ごめん、昨日の話はなかったことにしてほしい』 『えっ、どうして??』 『本当にごめん。でも、悪いことは言わない。彼には手を出さない方がいい』 『どういうこと?!』  そこから返事は返ってこなくなった。電話もつながらない。思わずスマホを投げそうになったけど、それは我慢。  もういい、あんな底辺α。こっちから願い下げ! 私は苛立ちのまま他のαにも同じ話をした。そうだよ、私の言うことを聞いてくれる人は他にもいっぱいいるんだから。  でも、結局他のαもみんな同じだった。  みんな、言うの。「彼には手を出さない方がいい」って。 「どうしてどうしてどうしてどうして……!! 役立たずばっかり!!!」  ここ数日のストレスで噛むようになった左手の親指の爪がボロボロになっている。せっかくかわいいネイルがしてあったのに。  絶対に許さない。今度はどうしてやろうかと考えながら家に帰ると、珍しく玄関にはパパの靴が置いてあった。パパは建材屋さんの社長さん。だから忙しくって、私が起きてる間に帰ってくることはほとんどないんだけど――。  そうだ! パパに頼めばいいんじゃん!! パパはすっごく私をかわいがってくれて、小さいときから私のお願いなら何でも聞いてくれる。絶対に何とかしてくれるはず!!  そう、意気込んでリビングのドアを開けると、ダイニングには頭を抱えるパパと、泣きじゃくるママが座っている。お姉ちゃんはその横に青ざめた顔をして立っていた。 「ど、どうしたの?」  声をかけるなり、みんな一斉に私のほうを向いた。  その目はギラギラと血走っていて、怖い。私が一歩後ずさると、その中でも特にひどい顔をしていたお姉ちゃんが早歩きでこっちにやってきて――、私の頬を思いっきり叩いた。 「きゃーー! なに、するの?! わ、私の顔に!!」 「うるさい!! 全部、全部お前のせいだ!!!」 「はぁ?! 意味わかんない! ねぇ、パパ! ママ! お姉ちゃんがっ!!」  そこまで言って、私は言葉が出なくなった。だって、二人ともすごく怖い顔で私のこと見てたんだもん。 「な、なんで……」 「……お父さんの会社に、取引先の監査が入ったのよ」  お姉ちゃんが言うには、監査に来たのは日本でも有数のグループ企業の傘下の会社で、業界最大手なんだって。  グループの確かな筋からパパの会社が不正をしているっていうタレコミがあったから、抜き打ちで監査が行われたみたい。  そして、パパの会社はそのタレコミの通り、不正をしていた。  当然、取引は中止。それどころか、賠償金を請求される可能性が高いって。そんなことになったら、パパの会社はどうなるの…?! 「もう終わりだ……」  うなだれるパパの声は、それが最悪の出来事であることを語っている。  私はショックだった。いつも優しくて、私を大切にしてくれるパパが悪いことをしてたなんて。 「どうして、パパ…、不正なんか……」  私の言葉にパパがカッと目を見開く。やめてよ、さっきから怖い顔ばっかり。 「全部、お前の、お前のために私は……!」 「はぁ?! なんで私??」 「あんたさ、お父さんの会社は儲かってると思ってたでしょ?」 「そ、そうでしょ?! だから、私の欲しいものは何でも買ってくれて……っ!」  そこまでいって気づいた。私はお勉強は得意じゃないけど、バカじゃないから。わかっちゃった。 「そうよ、不正で手に入れたお金で、あんたのわがまま聞いてやってたのよ! このくそ親は!!」 「お前、親になんて口を……!」 「うるさい!! 私には欲しかった本も服も、行きたかった高校も! 全部全部全部、我慢しろって言ったくせに! こいつにだけは湯水のように金を使って! 挙句の果てに不正してました?! ふざけんな!!」  お姉ちゃんは地味で大人しいβ。それなのに、髪を振り乱して叫んで、今は鬼みたい。醜いな、なんて私は、結局自分には関係ないと思ってた。  だってそうでしょ? 別に私は頼んでないもん。パパが勝手にやっただけ。 「あんたさ、私には関係ないとでも思ってんでしょ」  お姉ちゃんの目、焦点合ってなくない? キモいんですけど。そんな私の心境をお姉ちゃんは知ってか知らずか、急に高らかに笑いだした。怖い、怖すぎる。 「不正のタレコミ、どこからあったかわかる?」 「はぁ? わかるわけないでしょ」 「監査に来た取引先ってさ、佐久間グループ企業なんだと。そこの会長のお孫様があんたと同じ高校にいるんだってさ」 「それが何? 私には関係ないじゃん!」  そう言った途端、パパが急に立ち上がった。何かと思ったら、そのまま私のほうまで歩いていきて、両腕をいきなりつかんだの。 「何?! い、痛いよ、パパ!」 「監査員が言っていた。会長のお孫様がお前にとてもと。だから、こんなありがたい情報を提供してくださったのだと。お前、何をした?」 「な、えっ……まさか、だって……」  さっき、監査に来た取引先はって言ってた…?  体温が一気に下がっていくってこんな感じなんだな。私の顔は今、青くなっているかもしんない。 「身に覚えがあるんだ。はは、ほんとにもう終わりだ」  またお姉ちゃんが笑う。今度は泣き笑いみたいな、不細工な顔で。  私が見たお姉ちゃんの顔は、それが最後だった。 ◇◇◇ 「案外、早かったな」  千歳を家まで送り届けた後、珍しく湊が累に話しかけてきた。  話題は少し前に渡された資料の件だろう。どうやったのか、よく調べてあると堅物である累の祖父が甚く褒めていた。  ついでに、うちのグループに引っ張って来いと言われたのは聞かなかったことにする。 「当たり前だろ。千歳さんの周りにいつまでも害虫をたからせておくわけない」  たとえどんな手を使おうとも、排除するべきものに同情は無用だ。  自分の大切な人を守れなくて、どうしてαを名乗れる。  千歳を守るためならなんだってやってやる。  例えそれが敵の手を取ることだとしても――。  二人はそれ以上話すことなく、互いに背を向けて歩き出した。

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