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第27話 蚊帳の外

 突然、校長室へ入ってきた優に戸惑っていると、気が付いた時には腕を掴まれ、あっという間に校長室から連れ出されていた。 「あっ、荷物がまだ教室で」 「大丈夫ですよ~。持ってきましたから」  そう言った優の手には確かに千歳のカバンがある。「はい」と手渡され、その用意周到さに、もはや反論の余地はない。  大人しく後についていくと、連れていかれたのは校内にある駐車場だった。  そこに止まっていた累の車よりは少し控えめな白い国産高級車に乗せられ、千歳は訳も分からないまま、あっという間に自宅に送り届けられていた。 「朝は8時くらいでいいですよね? また迎えに来ますね~」 「ちょっと待って! なんで所沢くんに僕は送り迎えをしてもらうことになったんでしょうか??」 「あれ? 姉さんから聞いてないの?」  まず、彼女が優の姉だということも聞いていないし、送迎の話も唐突すぎて理解が追い付かない。千歳の理解力がないだけなのか。そうではなく、αたちの思考についていけないだけだと思いたい。  千歳が理解できたことといえば、αにはαだけの特別な世界があるということ。  そこに、おそらく千歳も巻き込まれてしまったということ。  しかも、千歳が全く手の及ばないところで。    自分のことなのに、自分ではどうしようもないというのは、不安で、どこか腹立たしい。せめてちゃんと説明してほしいと思うのは当たり前ではないか。  でも、優は眉を寄せ、考えこむように「う~ん」と声を漏らした。 「姉さんが話さなかったってことは何か考えがあるんだと思うから、僕からは勝手に話せないかな。僕も全部知ってるわけじゃないしね」  優の答えに、しゅんと千歳は肩を落とした。そもそも優だって急に呼ばれてきたのだろう。多く知らされていないのは同じかもしれない。後で湊に聞いてみようか――、教えてくれるかはわからないけど。 「わかった。でも、送り迎えはしなくていいよ」 「それはダメ。巻き込まれちゃってかわいそうだなとは思うけど、こればっかりは仕方がないから諦めて。あっ逃げるのはなしだからね? 僕が叱られちゃう」 「……わかった」  抵抗しても無駄だと悟り、千歳は諦めの息を吐く。でも、胸の奥では納得できない苛立ちが燻ったままだ。  黙り込んだ千歳を見て、優はまた「う~ん」と困ったような声を出すと、何かをひらめいたようにぱっと表情を変えた。 「さすがにかわいそすぎるから、一個だけ教えてあげる」  そう言って、にやりと口の片隅を上げた優は、さっきの優里恵にそっくりだ。 「姉さんが佐久間の元婚約者だった話は聞いた?」 「うん、それは聞いた」 「僕らはいわゆる幼馴染ってやつでね。婚約も当然家のつながりでしてただけで、子供の時からの知り合いだから気安くはあるけど、お互い特別な感情は一切なし。だから、解消したときも「そっか」で終わり」 「うん?」  優は突然何の話をし始めたのだろう、と千歳は首をかしげた。  そんな千歳の様子を気にすることなく、優は話を続ける。相手の反応をまったく気にしない優の態度に、いいところの家の子は皆こうなのか、と偏見めいた気持ちが湧いてくる。 「解消した理由は話せないけど、言い出したのは姉さんのほうだよ。だから、姉さんが佐久間のことを好きとかそういうのは全くないから。心配しないで」  にっこりと笑う優を見ながら、千歳は考えた。  あれ、これってもしかして……。千歳が優里恵のことを気にしていると思われているのでは――? そう気づいた途端、一気に顔に熱が集まってくる。 「えっ、ちが、別に、きみのお姉さんがあいつのことどう思ってても、僕には関係ないし?!」  慌てて否定するも、上ずった声では何ら説得力はない。確かに、累の隣に座る優里恵を見て、胸に澱がたまったような、何とも言えない気持ちになった。でも、あれは別に、そういった感情ではない。いやいや、ってなに――?! 「ふ~ん?」  いたずらをする前の猫のように目を細め、千歳の顔を覗き込む優から、プイっと視線を逸らす。何やら見透かされているようで、悔しい。 「まっ、僕としては佐久間よりも田辺さんを勧めるけどねぇ~」 「……なんで?」 「だって、佐久間の跡取りの相手なんて重すぎるし。その点、田辺さんは三男でしょ? 気楽じゃん」 「気楽って……」  優の言いたいことはわかるが、湊を軽んじるような言葉に少しムッとする。しかも、今どきそんな古い価値観で。とは思うが、やはりαの世界では違うのだろう。 「それよりなにより、田辺さんのほうが優しくて頼りになりそう。佐久間は自分勝手すぎるし、冷たいもん。唯我独尊って感じ」 「冷たくはなくない?」  前半は完全に同意だ。累は本当に人の話を聞かないし、勝手に動く。でも、一応千歳のことを気遣ってはくれるし、いつも楽しそうにしているイメージだ。だから、冷たいと思ったことは一度もない。 「それは七海さんにだけだよ。あんなふうにしっぽ振ってる佐久間、初めて見たもん。だから、今回こんなことになってんの」  そういわれてしまうと何も言い返せない。  千歳はそれ以上、何も言わないまま、優に別れだけ告げて車を降り、家へと入った。  厳しい残暑にさらされた家の中は熱がこもり、どことなく空気が重たい。  千歳は部屋の空気を入れ替えるため、窓を開けた。  入り込んできた夕方の温い風のなかに混ざる一筋の冷たさが、千歳の頬をそっとなでていく。  自分の気持ちもこうやって窓を開けて、すっきりと入れ替えられたらいいのに。とりとめのないことを考えながら、ぼーっと外眺めていると、ふと視線を感じた。  ちょうど家の前には目深に帽子をかぶった男性が歩いている。普段なら何ともない光景なのに、なぜか心臓がドクンと嫌な音を立てた。  僕を見てた――?  偶然だと思いたいのに、もろくなった心がそれを許してくれない。  千歳は慌てて窓を閉め、床の上で膝を抱えた。

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