11 / 47

源泉の奇跡

 急な坂道を白無垢姿のまま上ることは困難を極めた。  頭に被った綿帽子は重たいし、普段から高級な着物など着慣れていない凪にしてみたら、立派な白無垢は邪魔にしか感じられない。 「はぁ、はぁ……あいつら、また源泉に行くのかな……」  滝を横目に、息を切らしながらようやく坂を上がりきると、目の前には見慣れた源泉が広がっているはずだったのに……凪は目の前の光景に思わず目を見開いた。 「すげぇ……」  湯滝村を流れる温泉は真っ青な空のような色だが、その源泉から湧き出る温泉が、満月の光に照らされてキラキラと輝いていたのだ。あまりにも神秘的な光景に、凪は溜息を吐く。夜の源泉がこんなにも美しいなんて、凪は知らなかった。 「綺麗だ……」  そのあまりの美しさに凪の心は熱く震えた。  もっと近くで見てみたい……そう思った時、源泉の水面が大きく波打ち始める。「なんだ?」と思う暇もなく、雷が落ちたかのような音と共に、地面が揺れ動く。次の瞬間物凄い量の湯気と共に温泉が飛沫を上げて空へと駆け上った。  ――これが間欠泉か……。  凪の両親や祖母から、一人で源泉に行ってはいけないと口を酸っぱくして言われ続けた理由が、今になってわかった。  間欠泉は囂々と耳をつんざくような音をたてながら、飛沫を上げ続ける。恐らく高温の温泉が噴き出しているのだろう。  次の瞬間、凪の周りは息さえできないほどの熱気にあっという間に包まれていった。 「ヤバ……! あつ……っ!」  あまりにも予想外の出来事に、凪は死さえも予感する。最後の最後まで考えの甘い自分を呪ってしまった。  湯煙で一瞬目の前が真っ白になり、何も見えなくなってしまう。その光景は、幼い頃源泉に落ちたときととても似ていて……凪は固く目を閉じた。  全身から力が抜けていき、ガクンと膝が折れる。白無垢が汚れちまう……と頭の片隅で思ったが、意識は薄れ、凪の目の前が今度は真っ暗になった。  次の瞬間、体がふわりと浮き上がり、温かなものに受け止められる。  ――あ、この感覚……。懐かしい……。  それは凪がずっと忘れることができなかった温もりと、逞しい腕だった。 「私の花嫁が、危ないところだったではないか。怪我はないか? ……ん?」  懐かしい声に凪はうっすらと目を開けたけれど、まだ少しだけ頭がぼんやりとした。 「なんだ、其方……男か? それにまだ子供ではないか?」 「……湯玄……様……」 「それにその顔には見覚えが……そうか、源泉に落ちそうになったところを私が助けた子供だろう? なんで其方がこんなところにいるのだ?」 「そ、それは……」  怪訝そうな顔をしながら自分を睨みつけてくる湯玄の視線が痛くて、凪は思わず顔を背けた。こんな雰囲気では、本当のことを言い出せるはずなんてない。 「いいから答えろ。なぜ其方がここにいる。ん? まさか……」  答えに窮していた凪だったが、何か勘付いたらしい湯玄。今隠していたって、いずれ話さなければならないことではあるし、そもそも格好から、隠し切れるものではなかった。凪は思い切って口を開く。 「そう、そのまさかだよ。俺が花嫁だ!」

ともだちにシェアしよう!