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第38話

「おー、新久しぶり!」 「新! 久しぶり!」  VIPルームの入り口から、よく通る懐かしい声が聞こえてハッと顔を上げた。  歩いてくるのは、少し目元に渋い皺が増えたものの、相変わらず優しくて年相応の色気を纏った──元宮さんと、その隣で当時と変わらない明るくて甘い笑顔を輝かせている空だ。 「やっと来たか、おじいと美魔女」 「あれ? 本人来るとそうなるんや」 「……いうても、弦、まだくうちゃんの事好きやねん。だから、傷つける事は絶対言わん」  こそっと俺に耳打ちしてくる洸くんに、ふふッと笑い返す。  そっか、好きな人が毎日そばにおるんやもんな。諦められるわけないよな。 ……俺も、そうやったから。 「元宮さん、お久しぶりです! 空も、相変わらずお綺麗で」  そう笑いながら言うと、空は目が合うと同時に俺に強くハグをしてきた。一緒に過ごしている時にはしたこともない、熱いハグ。あの頃の俺らは家族であり、戦友であり、ライバルやった。 「……連絡もロクにせんと。ほんま心配してたんやからな」  俺の耳元で少し鼻を啜る音が聞こえて、思わずつられて泣きそうになった。そうや、あの頃から、空はそういう人やった。もう必要ないと自分では思ってた俺が家族から離れる事を、1番に嫌がってくれた人。 「新、10年ぶりでも相変わらず綺麗やな。……あえて良かったな? 洸」 「ん?」  俺ではなく洸くんにすぐに向けられた元宮さんの視線を追うと、俺たちの様子を伺っていた洸くんが「うん」と満面の笑みで頷いた。 「あ、……今日は僕主役みたいになってますけど、主役洸くんやから、洸くんのお祝い始めましょ?」 「あ! そっか! 洸の誕生日なん忘れてたわ!」 「……素直やないなぁ、どうせ、プレゼントも用意してんねんやろ?」 そう洸くんに言われて、あからさまにパニックになってる弦くん。ふふ、ほんま可愛らしい2人やわ。 「あ! おしっこ!」  急に弦くんが子供のように叫んで、席を立つ。 「ほんま、ええ加減、大人になりや」  と呆れた洸くんが、立ち上がった弦くんのお尻をスパンと叩いた。  そのお尻を素直に摩りながら、弦くんが出ていき── しばらくして、下手くそなハッピーバースデーの歌声と共に、真っ白なホールケーキにこれでもかとイチゴが積まれたケーキを持って、弦くんとスタッフさんが入ってきた。 「もう、いやや! 弦、おしっこの後ちゃんと手洗った!?」 「今はそういう事じゃないやろ! 素直に喜べよ! 小僧!!」  目ん玉ひん剥いて、怒りを爆発させる弦くんに、元宮さんも、空も、俺も、手を叩きながら大笑いする。相変わらず可愛い家族やわ。俺がおらん間も、この家族には愛が溢れてた。  ケーキをスタッフさんに切ってもらいながら、洸くんにもう一度おめでとうを伝える。 「……あらたせんせが、僕って言うの、ひさびさに聞いた。今日は、俺らの前では『俺』やったのに、おとうらの前では違うねんな?」  無意識やったけど、やっぱり元宮さん達の前では「新先生」でおりたいという気持ちの表れやったんやろか。確かに、洸くん、弦くんの前では、後先何も考えずに素直に出てくる言葉を並べて喋ってた気がする。 「……子供達相手やと気使わんでええしな?」 「……やっぱり色々あったんや」 「まぁ、俺、20年前も大人やったからな?」  2人で内緒話をしていると、それを元宮さんと空と弦くんがニヤニヤと見ている。なんだか気恥ずかしくなって、手元にあったお酒を一気に流し込んだ。  お酒が進むにつれて、会話はさらに弾んでいく。子供たちの仕事の話、10年間の元宮家の出来事……。居酒屋とは違うお洒落なラウンジのソファーで、俺たちはまるで昨日も一緒にいたかのように笑い合った。  そして宴も終盤に差し掛かった頃、俺は思い切って、さっき子供達に話した「決意」を口にした。 「あの、元宮さん、空。洸くんや弦くんにはもう伝えたんですけど、実は僕、こっちに帰って来ようと思ってるんです」 「えっ!? ほんまに!? やった!!」  元宮さんは黙って驚いているのに対して、空はあの頃と同じ子供のように無邪気に手を上げた。 「うん。やりたい仕事が前からあって。この年齢での転職はいろいろ迷ったんですけど……今日、立派に大人になった二人を見てたら、僕も負けてられへんなって、さっき決めたんです」  俺の言葉に、元宮さんは一瞬驚いたように目を見張ったあと、深く頷いた。 「そうか……! じゃあ、またあの美味しい料理が食べられるって事やな?」 「……なに? 俺の料理が口に合わへんって事?」 「そんなわけないやん。2人の料理はそれぞれいいところがあって別物やろ?」  少し拗ねている空を、元宮さんが余裕そうに笑って慰めている。 ……あぁ。10年前は、こういうやり取りを見る度に心臓がギュッとなって、苦しかったな。  そんな昔の傷跡を愛おしく振り返っていると、不意に、隣から低くて甘い声が降ってきた。 「……俺も楽しみ。俺の料理も食べてほしいけど、あらたせんせと一緒にキッチンにたってお料理したい。俺の知らん事いっぱい教えてね?あらたせんせ」 小さい頃と同じ無邪気な微笑み。 けど、そこには──あの頃とは違う、洸くんの「大人の男の色気」のようなものも含まれていて、俺の心臓は不意に、少しだけドキリと跳ねた。

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