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第52話

実家に戻ってから、1時間ほど経った頃だった。  玄関の方から、「はーい、洸くんが帰って来ましたよ~」と、弦くんの少しおどけたような元気な声が聞こえてきた。  その瞬間、俺たち3人は同時に勢いよく椅子から立ち上がり、我先にと玄関へ走っていく。 「洸! おかえり! 疲れたやろ? はよ家入り!」  まるで小さい頃の洸くんに言うように、元宮さんが嬉しそうに顔を綻ばせる。 「ほら、洸くん、美味しいご飯いっぱい用意してるで? おとうとあらたせんせが作ってくれたからな?」  もう空ですら、サプライズの段取りなんて完全に忘れている。誰が一番に洸くんの機嫌を取れるか合戦が始まったみたいや。 「いや! 洸の大好きなあらたせんせもおるやん! ビックリやなぁ、洸!」  渋っている洸くんの背中を強引に押しつつ、弦くんだけはまだなんとか『サプライズ感』を保とうと必死に盛り上げてくれている。その姿に思わずクスッと吹き出してしまい、お陰でさっきまでの沈んでいた気持ちが少し晴れた気がした。 「……洸くん、おかえり」  怒っている本当の理由はまだわからないけれど、それでも原因は俺でしかないから。真っ直ぐに目を合わせて声をかける。 「いや、待って!! 花束出しっぱなしやん!!」  洸くんの背中を押してリビングに入った途端、弦くんの絶望と怒りと呆れが混ざった叫び声が響いた。  ほんまや、テーブルの上に空が買ってきた花束が堂々と鎮座している。洸くんの行方のことしか頭になくて、全員まったく気づいてへんかった。  肝心の洸くん本人は、チラリとそれを横目で見ただけで、ショックが大きすぎるのか理解するまでにはまだ頭が回っていないみたいや。 「……洸くん、なにかあった? 俺、何か怒らせるようなことしたなら、ちゃんと謝りたいんやけどな」  俺は洸くんの手をそっと握り、彼の顔を覗き込んで様子を伺う。なんだか、子供の頃に泣いている彼をあやしていた時を思い出すな。 「……俺、さっき、聞いてもうた。あらたせんせには、ずっと前から婚約者がおるって」 「あ……、もしかしてさっき一回帰って来てたん?」  このシリアスな空気に全くそぐわない、軽いトーンで元宮さんが声を出す。 「……俺があらたせんせを好きなん知ってて、おとうもあらたせんせも隠してたんやろ!?」  本気で傷つき、怒りながら涙目になっている洸くん。  ごめん、洸くん。めちゃくちゃ不謹慎やけど、今の洸くんがあまりにも愛おしすぎて、周りの大人たちはみんな、目尻を下げて笑い堪えるの止められてへん。弦くんもギリギリ忘れてるかなって思ってたけど、その顔はちゃんと覚えてる顔やな? 「……洸くん、これ、覚えてない?」  俺はポケットから、小さなジュエリーボックスを取り出した。  そっと蓋を開けると、20年もの間、俺が大切に守り続けてきた『折り紙で作られた指輪』が、少し色褪せてはいるものの、その時の姿のまま現れる。 「……何、これ?」 「あ! これ、俺が作ったやつやん! 覚えてるわ、なつかし~!」  弦くんがニコニコしながら俺の顔を見てくる。「大事に持っててくれてありがとうね、新先生」と作った本人の弦くんが一番嬉しそうだ。 「……おとうだけじゃなくて、みんな覚えてるで?」 「覚えてへんの、洸だけやな」  空が優しい声で言い、弦くんがイタズラっぽく洸くんに微笑みかける。 「……これな、洸くんが5歳の時に、俺にプロポーズしてくれた時の指輪」 「……え?」  洸くんの思考が完全にフリーズした。それを見て、周りが我慢できないと言った様子で、急かしてくる。 「もう、もうええから、洸が可哀想や!新、いってもて!」  固まっている洸くんを尻目に、元宮さんが背後から俺のお尻をポンと叩かれて、 「これ、はよ! 持って!」と空に花束を渡される。 そうやんな。はよ、この盛大に拗れた地獄の空気を変えるには、クライマックスまで一気に早送りせな、前に進めへん。  俺はアネモネとホワイトローズの花束を両手で抱え、一歩、洸くんの前に踏み出した。 「……洸くん、俺は、洸くんのことが大好きです。20年前から俺は洸くんだけのものでした。よかったら、結婚を前提にお付き合いしてもらえませんか?」  今は、周りでニヤニヤしながらオーバーリアクションをしている吟遊詩人3人を気にしてる場合じゃない。  俺のこれからの人生を、目の前の愛おしい彼に全部預ける覚悟で、真っ直ぐに気持ちを伝えた。  数秒の静寂の後──洸くんは、ようやく事態の全てを飲み込んだようだった。  涙で濡れた瞳に、いつもの穏やかな光が戻り、愛おしそうに微笑んで、俺の手から大きな花束を受け取ってくれた。 「……俺もあらたせんせが大好きです。きっと……20年前からずっと、あらたせんせしか好きじゃなかった」  一生懸命に言葉を繋いでくれようとしているのは、痛いほど伝わってくる。でも、今の洸くんは嬉しさと涙でもう限界みたいや。  愛おしさが抑えきれなくなって俺は彼のの身体を、包み込むように強く強く抱きしめた。  誰かに見られて恥ずかしいとか、ええ歳して何やってんねんとか、もう、洸くん以外のそんなことなんて、どうでもよかった。  腕の中で、洸くんが子供みたいに声をあげて泣き始める。 『あなたへの純粋な愛を心から固く誓います』  部屋中に広がる家族の温かい茶化し声と爽やかな花の香りに包まれながら、俺は20年越しに、ようやく本当の家族になろうとと彼と一緒に歩き出した。

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