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第6話 約束

 その後の帰り道、優真とどんな会話をしたかほとんど覚えていない。  いや、ほとんど会話という会話はしなかったかもしれない。  とにかく頭がパニック状態だった。  ……ただ、わかっているのは。 「ただいま」 「ただいま~」  優真と帰る場所が一緒ということだ。  昨日から優真は俺のうちに住むことになったのだから。  つい今朝まで、それを嬉しく思っていたのに。 (好き? 優真が俺を? ラブの意味で?)  あんなふうに直接はっきりと言われても未だに信じられなかった。  でも、優真の唇の感触はまだ生々しく残っていて……。 「おかえりなさーい」  居間の方から母の大きな声が聞こえてきた。 「ご飯もう少しだから、部屋でちょっと待ってて~」 「わかった」  そう返事をしたときだ。 「奏汰!」 「え?」  先に靴を脱いで家に上がっていた優真が楽しそうに笑っていた。 「今日、僕の荷物全部届いたんだ。部屋見に来てよ」  そう何事もなかったように明るく言われて、俺は少し呆気にとられながら頷く。 「あ、ああ」  そして優真に先導されるように俺は部屋のある2階へと上がっていく。 (そういえば、今日優真のベッドが届くって言ってたっけ)  それを思い出して、少しホッとしている自分がいた。  今日から優真は隣の部屋で寝るのだ。だから昨日のように寝ている間にいきなりキスされるようなことはないということで。 (――って、何考えてんだ俺は!)  幼馴染である優真を、まるでキス魔の変態のように。  ……でも、キスをされたのは事実で。 (それにしても優真の奴、普通過ぎないか?)  あんな衝撃の告白をしておいて。  あんなキスをしておいて。(しかも二度も)  俺だけがこんなに動揺して、バカみたいじゃないか。    俺がそんなことを考えているとも知らずに、優真はにこにこと部屋の前に立っていた。  そして俺が近づくと、じゃーん!と効果音つきでドアを開けた。  中の様子を見て、俺は目を大きくした。  少し前まで雑然とした物置部屋だったのに、ちゃんとした一人部屋になっていた。物がまだ少ない分、俺の部屋より綺麗で広く見える。  ベッドと本棚と簡易的な勉強机。そして、何より驚いたのが。 「ピアノ」 「そう、持ってきちゃった」  見覚えのある、白のアップライトピアノだ。  あの頃、優真の部屋にあったのと同じピアノだろう。  白は他ではなかなか見ないからよく覚えている。 「まだあったんだな」 「勿論」  優真の後についてピアノに近づいていく。 「奏汰との約束もあるし、向こうに行っても練習はかかさなかったよ」 「え?」  ――約束?  何か、俺は優真と約束を交わしただろうか。  するとそんな俺を見て優真はふっと笑った。 「やっぱ覚えてないかぁ」  その笑顔が少し寂しそうに見えて、罪悪感を覚える。  しかし、本当に何も思い出せない。   「えっと……」 「いいよ、8年も前の話だし。覚えてなくても仕方ない」  言いながら優真は白い椅子を引いてピアノの蓋を開いた。  鍵盤の上に敷かれた赤い布を外しそれをピアノの天井に置くと優真は椅子に腰掛けた。  そのあとで軽く弾き始めたのは「猫踏んじゃった」だった。 (懐かしい)  ふっと思わず笑みが漏れていた。  この曲もよく隣から聞こえてきたのを思い出したのだ。  大体いつも難しそうなクラシック曲の合間に聞こえて来るので、あ、優真の奴練習に飽きたんだなと思ったものだ。 「キーボードじゃないけど、あとでふたりで合わせ練習しようよ」 「え?」  弾き終わって、優真が俺を見上げた。 「僕はやっぱり奏汰にボーカルをやって欲しい」 「優真……」 「あのドラムの人も言ってたけどさ、今から奏汰の歌いやすい曲に変えたっていいと思うし」 「でも」 「今から新しく女子を入れたりしたら、またなんか面倒事が起きるかもしれないよ?」 「それは……そうかもしんないけどさ」  そもそもの発端が発端なのでそこは強く否定できないでいると、優真はもう一度真剣な顔で言った。 「僕は、奏汰がボーカルのバンドで演奏がしたい」 「……」  俺が視線を彷徨わせていると、階下から「ご飯できたわよ~」という母の大きな声が聞こえてきた。

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