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第1話

校内禁煙の看板を跨いで校外に出るとその場で電子煙草を取り出す。 エアコンの室外機の前。 ここが丁度良い喫煙場所だ。 温風は暑いが、すぐに排出される空気が煙を巻き消してくれる。 やっと終わった集中講座後はここで一服するのが日課だ。 まぁ、喫煙するのは集中講座後だかに限ったことでもないが。 夏期休暇中にすくすく伸びた草を踏みながら大きな室外機の角を曲がると先客がいた。 「げっ」 「うーわ。 学生に向かって、げっだって」 「…吉川くん、こんにちは」 「こんにちは、久保田先生」 人の顔を見て、渋い顔をしたのは準教授の久保田先生。 缶コーヒー片手に紫煙を燻らせている。 「隣、良いですよね。 あざーす」 「まだなにも言ってないよ。 良いけどね」 「でしょ? いつものことですし」 そんなことを気にする間柄でもない。 少なくとも俺はそうだ。 相手が職員だろうと煙草を吸うには此処が一番都合が良い。 そもそも喫煙しに来ているのであって煙草が吸えれば良いんだから、深く気にしたら煙草の美味さが半減してしまう。 ふーっと息を吐き出すと先生は視線を寄越した。 「また新しいフレーバー?」 「っす。 友達に美味いって聞いて。 美味いですよ」 キャラメルみたいな少し苦味と甘さの混ざるにおいに先生は「甘そうだね」と言ちた。 甘いなんてことはないが、においと味覚は錯覚しやすいから強ち間違いでもないのだろう。 「若い子はブランドが好きね」 「そうっすか?」 「iPhoneとか、Apple Watchとか。 生協で安く保障もされるパソコン買えるのに、そういうパソコンも買うでしょ。 煙草も。 みんなIQOSだよ。 ブランド名を吸う訳じゃないのに」 「gloっておじさんくさくないすか?」 「あーあー、本当に若いねぇ。 gloはJTの商品だよ。 一番煙草らしい味がする。 けど、まぁ、一番美味いのは紙だよね」 先生は悪戯気にニヤッと笑って、ポケットから紙煙草の箱を覗かせた。 バイトで紙煙草を見る機会はある。 だけど、先生の手に握られるそれははじめて見る物のように新鮮だ。 「吸ってみる?」 「良いんすか…?」 「一本くらいね。 布教だよ」 ソフトパックの中に収めていたライターを取り出し、トントンと底を叩いて一本取り出してみせた。 昔のドラマとかアニメで見るやつだ、と感心しているとソレがスッと差し出される。 「咥えて。 で、火つけるから吸って。 ベイパーと違って火だからね。 吸いすぎるな」 「っす」 軽く唇で挟むと、先生は慣れたようにライターを弾いた。 その火に先を近付け、葉を吸う。 その途端、いがらっぽい煙が喉を刺激した。 「…ゲホッ、…ケホッ」 「あー、無理すんな。 大丈夫か」 背中を擦ってくれる手は優しいが、喉は全然大丈夫じゃない。 熱いし、なんかヤスリでも飲んでるよみたいな変な感じがする。 煙を肺に入れるなんて出来ない。 喉がそれを拒否している。 美味いとか不味いとかのレベルではない。 先生は思い出したように缶コーヒーを差し出したので有り難く受け取り飲み干した。 苦味がなんとか苦辛さを誤魔化してくれているような…気もしなくもない。 「子供には早かったか」 「子供じゃねぇ…」 いつもヘラヘラしてる先生しか知らないからか、どうにも調子が狂う。 こんな風に大人っぽく振る舞われると…。 「そしたら、こっちは回収。 俺の」 「気にしないんすか?」 「何を?」 先生は小首を傾げながら吸い差しを口に運んだ。 だって間接キスになる…… つぅか、衛生的じゃねぇし… 思うことは多々ある。 けど、一番は今時中学生でも気にしないような女々しいもの。 「はー…、やっぱ紙が一番美味ぇ」 「なんかムカつく」 「ふふん、経験の差だね」 ふーっと吐き出された紫煙が空気に混ざり溶けていく。 それが妙に大人に見えてムカつく。 「味も分かんねぇし、なんかおっさんくさいし、俺はIQOS一択で良い…」 「拗ねんなよ」 先生は「そうだな…」とポツリと雫した。 「紙ってこんな味」 「え…?」 …──ちゅ──… 今、この人なに…した……? 「美味いだろ」 「お……っす」 「おっす?」 先生はまた煙草を咥え深く吸い込んだ。 ドキドキするのはきっと煙草のせいだ。 はじめての紙煙草だから。 先生の、煙草だから。 唇に残っている苦味は、何故かいつまで経っても消えないでいる。

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